第6話 仲座ボタンは電話する
「でね、ボタン。こっからが面白いんだけどさ」
「はいはい、あんたはもはや何でも面白いでしょうが」
私の友達に、合坂アカネというやつがいる。
「そのカバー裏の暗号にね私が解読した数式を埋め合わせると、日本に実在する住所になるの、すごくない? 」
「そーなの」
よくわかんないくらい、賢い奴だ。
成績は常にトップで、私なんかでは到底理解できない数学の問題を解いて、世界的に認められたらしい。
私もそこそこ賢い方だけど、なんというか桁が違う。高校という檻の中で、皆が鉄砲の腕を競い合っているのに、一人だけミサイルを持ってくるような、そういう場違いなくらいの賢さがある。
「ただ、困ったことに、これ。解釈によっては解答を複数引っ張り出せるんだよね、青森と岩手と、あと、秋田」
「そーいうもんなの? ……てか東北ばっかね」
「うん、そこも小説の描写と一致してるし、どこもあってる可能性は高いんだよね。まあ前半二つは、最近私が考えた未発表の独自解釈だから、確率高いのは秋田かな」
「……新しい解釈って……それまた
「うん、
「ふーん、ま、私からすれば基本の解答から暗号作ってるだけ、その百井シロカって人がすごいってのは充分だけどさ」
そして、この空の下のどこかにはその桁違いと並ぶ奴がいるらしい。
私は数学は極端に得意じゃないけど、高校範囲でわからないところは別にない。アカネほどじゃないけど、そこそこに勉強はできる。
だから一度、気になって、アカネが解いた問題を見せてもらったけど、ハッキリ言ってさっぱり理解できなかった。
用語やそもそもの基本がわからないのは当然だけど、そこをちゃんと組み砕かれて説明されても、その先がまるでさっぱりつながらない。
自分で書いた分厚い論文の内容をアカネが流暢に、しかも多分かなりわかりやすく説明してくれたけど、それでも基礎をぎりぎり理解するので精一杯だった。
アカネはそれで、十分凄いよって言ってくれたけどさ。ちょっとくらいわかるかと思ってた分、敗北感は強めだ。実際、一般的な学生と比較すればできる方なんだと思うけど。なにせ、一緒に聞いていたアオイは開始10分程で寝ていたし。
でも、それを誰に教えられるでもなくゼロから解答を導き出したのが、アカネなわけで。
そしてそのアカネの説明なしに、発表された論文から自力で解読して暗号の一部にまでくみ上げるのが、百井シロカっていう人らしい。
まあ、そりゃ、すごいんだろうな。ちょっと凄すぎて、わけわかんないけどね。
「いや、でもワンチャンあるくない? 私が知らない独自解釈作って、第四の解答とか、ありそうじゃない?!」
「そこまでいったら、暗号として解かす気ないでしょーが。十中八九、秋田だよ」
「まあ、そりゃそっか。……うん、ボタンの意見は常識的でいつも助かるよ」
「それはどうも。平凡で悪かったわね」
「いや、ほんと、ほんと。私、常識ないからさ、すぐ暴走しちゃうし、ボタンにはいっつも感謝してるよ。大好き、愛してる」
「そーですか」
紡がれる感謝の言葉は嘘じゃない、そんな裏表のある奴じゃない。使う言葉はつねにまっすぐで人の心を安心させる。そんな奴なんだ。
好きなことは好きと、嫌いなことは嫌いと。常に自分に正直に生き続けてる、そんな奴だ。
でも、だからこそ。
すごく寂しがり屋で、孤独に悩んでる。そんな奴だった。
だって、私も、アオイも、大学生達も、教授ですら。
誰一人だって、アカネと同じ世界は見えていない。
誰一人だって、この
遥かかなた、誰も持っていない翼を広げてどこまでも高く昇ってく。
そんな、奴なんだ。
「ほんとだって、嘘じゃなーいよ」
「はいはい、ところで、今どこにいんの?」
「ん? 伊丹空港。ぎりぎり夜に出る便があったからさ、目的地もわかったし、このまま東北までレッツゴーってね」
「行動速いわね、相変わらず」
「うん、迷ってる時間が一番生産性ないからね。失敗でもいいから、とりあえず、動いてみようってのが私だから」
「そ、まあ、頑張って」
「ほいほーい」
だからこそ、アカネが、百井シロカのことを話すとき、私には見せたことがない色がその瞳にあった。
溢れるような、期待と慕情。百井シロカの話をするとき、アカネの眼は生まれて初めてクリスマスプレゼントをもらう子どもみたいな、そんな色をしてた。
きっと生まれて初めて、抱えた寂しさを晴らせるかもしれないのだろう。
普段は寂しそうには決して見えないやつだけどね。
気楽なお調子者、天真爛漫、天衣無縫。
どれも合坂アカネという人柄に違いはないけれど。
それでも寂しかったのも本当で。そんなこの子の想いが、もしわかってあげれる人がいるのなら。
それはきっと、いいことなのだろう。
その相手が私やアオイじゃないのは、少し寂しいけどね。
「じゃ、気を付けてね」
「うん、ボタンも元気でね」
「ちゃんと帰って来なさいよ」
「もっちろん」
そんな会話の後、通話を切った。
なんとはなしに、窓の外を見やる。
もう暗い夏空の下、アカネはきっとどこかで、自分の片割れを探してる。
どこまでも高く飛んだ鳥は、雲の上で初めて誰かと出会えたりするのかな。
そんなことを想いながら、私はそっと電気を消した。
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