第5話 合坂アカネは大阪へ

 「たこ焼きうっまいですね、おばあさん」


 「にくまんうまいね、おばあちゃん」


 「ユイさん……この方……どちら様」


 「え、えーと……フェリーでユウキが仲良くなった女の子で……」


 「ちょっと宝の地図の解読キャラを探してたんです。そしたら、ユウキのおばあさんが外国語詳しいよって」


 「おばあちゃん、10っかこくごしゃべれるでしょー」


 「……また、とんでもない方をお連れしたわねえ」


 そんな感じで、私とユウキと、ユウキのお母さんは、彼のおばあちゃんの家まで、お邪魔しているのだった。おのおの軽食を携えて。


 時刻は数時間前まで遡る。


 ※


 私はフェリーの手すりに背を預けながら、白香 モモイの本を読んでいた。


 じっくりと読み切って三周ほど。


 ぽんと表紙を閉じる。


 「……田舎? 北国? 山の奥? 交通の便はあり? っていうか、暗号解読のシーンが楽しかったな。やっぱこれ書いた人、絶対賢いよねえ。ただ、妙に具体的だから別のところに意図があるのかな? 性格は? 内向的? でも思考は多角的だよね。助けてくれる人が多い印象だったな。これが作者のある種の理想だとすると、あまり周囲に助けられてないのかな。うーん……」


 考えれば、考えるほど、白香 モモイの像が明確に浮かび上がってくる。ただ、違和感。若干、明確過ぎる。なんというか、意図的にそういう人間だと想わせるように仕組まれているような……。どちみち、私がこれを百井シロカだという仮定のもとに進めてしまっているから、若干、バイアスかかってるし。


 もうちょっと違う角度で根拠が欲しいところだった。


 「情緒面での変化で見てみる? 主人公の独白で気になった点は? 度々出てきたのが『寂しい』? 寂しがり屋かよ、私もだけどな。ライバルの特徴は? 適応力とコミュニケーションの高さ。敵方の特徴は? 主人公と張り合うだけの何かを常に持っている、何度も競い合う。主要人物が女性に偏ってる。周囲の人間が女性に寄ってる? あるいは逆? 男性に対する悪感情が若干見える」


 呟いたことを、延々スマホで音声入力して、それを見直す。


 頭の中で仮定の『モモイ シロカ』を作り上げていく。そうやって、しばらく深く描写された精神面を抜き出して記録していった。


 「要するにまあ賢い寂しがり屋だ」


 パタンと片手で本を閉じてふうと息を吐く。


 これだけで、位置情報を割り出せる感じではない。大雑把には北のような気がするけれど、はてさて、そこからどう絞っていったものか。


 悩んでいると、ユウキと彼のお母さんが船内の散策をしているのか、こっちにとことこ歩いてきた。手には漫画をもって、周りを見てないから、お母さんがちょっとハラハラしている。


 「ねーちゃん、たからのありかは、なんかわかった?」


 「いや、日本の上の方に進んだらあるかなってくらいだね」


 「へー……、いけんのそれ?」


 「うーん、まだ手がかり足りないかなー、なんかこう暗号的なものがあれば解きがいあるんだけど」


 「あんごーねー」


 ゆうきはそう呟いて、何を想ったか漫画のカバーをかぱっと外した。


 それからその裏を私の目の前にずいと突き出して、見せてくる。


 「こんなん?」


 私はそのカバー裏をじっと見る。


 あー、カバー裏になんか描いてあるパターンの漫画だったわけだ、おまけみたいなの。ギャグキャラがふざけたクロスワードをそこで展開していて———。


 あー、そうか、カバー、カバーね。


 「でかした、ユウキ。それだ」


 「よくわかんないけど、いえい!」


 


 ※




 「———ってなわけで、カバーにヒントがないかって探してたら逆字とか反転した外国語っぽいんですよね。


 ネットで調べて大体のニュアンスはわかったけれど、できればちゃんとわかる人に訳して欲しい。


 ————って想ってたら、ユウキのおばあさんが小説家で外国語詳しい、ってことで頼りに来たしだいです」


 「わたみにふねだなー」


 「渡りに船、ね。それじゃ、ただの海鮮盛だ」


 「はあ……」


 てなわけで、ユウキのおばあさんは若干、訝しげに眉根を寄せながら、それでも私が翻訳した文字群を丁寧に訂正してくれた。


 ユウキとおかあさんは、その間、外に遊びに出てくると言ったので、私とユウキのおばあさんだけが取り残される形になる。


 私は許可をもらって、翻訳する彼女の隣で、書斎に置かれていた本たちを読み漁っていた。その中には、おばあさんの著作も結構な数あったりした。


 「ところで、あなた。お名前は?」


 「合坂アカネです」


 しばらくしてから、ふと思い出したようにおばあさんが声をかけてきた。私は静かな書斎の中、本を適当に漁りながら、答える。おばあさんは口で言葉を紡ぎながら、老眼鏡ごしに私のメモに何か書き足していた。


 「合坂……合坂、どこかで……ああ。とても難しい数学の問題をお解きになった方ね」


 「————わお、びっくり。ご存じでしたか」


 素性を知られていたことに素直に驚く。私が解いた問題は数学界的には世紀の大発見! な、わけだが世間一般的にはそれが解かれたからなんだというのだって感じだと思ってた。実際問題、私が街を歩こうが、ネットで歌ってみたをあげようが、そのことを知っている人はとても少ない。


 「ええ、以前新聞で読んだの。記憶力はいい方だから。それに確かインタビューが強烈だったから覚えているの」


 「……なんか変なこと言ってましたっけ?」


 あの時のインタビュー、ノリと勢いで返事したから普通に内容覚えてないんだよね……。


 「そうね確か……『』……だったかしら?」


 「……」


 老婆が少し、意地悪気に、でも御淑やかに笑った。人生は積み重ねていけば、そんな笑みができるのかと、ちょっとぞわっとした。うちの教授じいちゃんもこういう顔を時々する。


 「『同い年に私と同じくらい賢い奴が入ればな―』ともおっしゃってたかしら」


 「……」


 「この本を書かれた方が、その同い年の賢い方なの?」


 私がメモと一緒に手渡した白香 モモイの著作をもって、老婆は少し意地悪気な笑みのまま、そう問うてくる。


 というか、名前とインタビューだけでそこまで情報割り出してくるかね。探偵か?


 「……もしかしてミステリー作家とかだったりします?」


 「残念、恋愛小説家で通っているの。大事なのは想像力ね」


 言われて、手に取りかけた彼女の著作を見下ろした。老人と老婆が二人見つめ合って、港の桟橋に座っている表紙が描かれている。帯には『年老いた先の恋はもういらないものですか?』と煽り文句が書かれていた。……なるほど。どっちかっていうと、心を読まれたのかな。


 「はい、できたわ。大体、あっていると思うけれど」


 「……ありがとうございます」


 老婆は回転いすを回すと、すっと私にメモを差しだした。苦笑い気味に、老婆からメモを受け取る。そこには私が走り書きしたメモの隣に単語の一つ一つに大まかなニュアンスまで添えて、丁寧に注釈を入れてくれている。うん、ありがたい。


 「助かりました……これでなんとかなりそうです」


 私がそう言って、頭を下げると老婆はふふふと笑って優しげな眼でこちらを見た。それから、少し何かを懐かしむように目を細めた。


 「私もね、昔は自分が実は独りなんじゃないかって想って、それを分かってくれる誰かを探した時があったわ」


 そう言った彼女はとてもとても、遠い、懐かしい記憶を私に重ねてみているみたいだった。


 「そっか、そうですよね。————多分、誰にだって」


 「ええ……ちなみにそれを探した私がどうなったか、聞きたい?」


 そう言った彼女はまたちょっと意地悪気で、私の答えをどこか楽しんでいるみたいだ。


 「……いーえ、自分で探します。見つけ終わったら、答え合わせさせてください」


 「ふふ、そうね。若い方の旅は誰にだって邪魔していいものではないわよね。ごめんなさいね、老婆心だったわ」


 「いえいえ。それに、同じ答えになるとも限りませんもんね」


 「ええ、そうね。誰しも答えは違うものだから。あなたが出会いの先にどんなものを見るのか、とても楽しみだわ」


 そう言って、私達は二人して、小さな書斎で笑い合った。


 暗号の鍵は見つかった。


 あとはパズルを解いていくだけ。


 ゲームの駒を一つ進めて、私は本を手の中でくるりと回した。


 「ところでおばあさん、写真撮ってツイッターにあげてもいいです?」


 「いいわよ。かわりにあなたの電話かラインを教えてくださらない?」


 「ええ、喜んで!」


 二枚目の旅の記念を手に入れて、さて、次はどこへ行こうか。

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