第3話 合坂アカネも旅に出る
「と、いうわけで、私、もう一人の全国一位を探しに行ってくるわ」
「「はあ……?」」
夏休みの終業式後に私がそう告げると、友達のボタンとアオイは二人とも揃って呆けたような顔を浮かべた。
「もう一人の一位って……あんたがいつも言ってる、あの人?」
数瞬、早く復帰したボタンが私に呆れ顔のまま尋ねる。
「うん、百井シロカ。よく私と同率一位になってる人」
「居場所……わかんの?」
ちょっと遅れて正気に戻ったアオイが訝しげに首を傾げる。
「いんや、全然。ほぼ、ノーヒント」
「おうい、バカか」
ますます呆れ顔になる二人に、私はにいっと笑いかけた。
「ゲームは始まってから推理するのが楽しいんじゃん。
始まったらね、全力で、私の全てを賭けて見つけ出すの。
あらかじめ、あーしよう、こーしようなんてのは基礎的な部分だけだよ。
今は準備期間だから、旅支度とか体調とかを最大限整える。今できることに全力出すの。
で、始まったら、今度は探すのに全力。
その瞬間にできることに全力を出す。それが楽しいんじゃん」
「天才の理屈はよくわかんないわ……」
「ははは、相変わらずぶっ飛んでんなあ」
そうは言っても、あきれ顔の中にほんのり笑みを浮かべる二人が、私は大好きなのだ。
我ながら、世間一般的には変な奴なのに、この二人はちゃんとそんな私に付き合ってくれてる。うん、いつ考えてもいい出会いだね。ご縁があったのだ、なむなむ。
「と、いうわけで、ごめん! ボタン。今年は夏祭りに一緒に行けるかわかんない。代わりに、旅の途中で花火大会探して写真送るよ」
「はいはい、期待せずに待ってる」
「で、アオイ、ごめんだけどコミケはパス。よさげな同人誌あったら私の分も買っといて」
「へーへー、コミケ頃に東京来てたら、顔出せよ」
「もっちろん」
私はびしっと、窓の外を指さした。方角はなんとなく北東当たり。現在地の九州から逆算して、最も百井シロカがいそうな方角かな。
「待ってろよー、百井シロカ!」
「で、あったら何すんのあんた」
「一緒にテトリスしてくる!!」
「いや、やっぱバカだよ、お前」
友人二人に軽く笑われながら、私はそうして夏休みを迎えた。
準備を確実に終え、両親に見送られ、いざ出発。
楽しい旅の始まりだ。
※
そんなこんなで、夏の日に照らされながら、ちょっと思案。
さて、まずはどこに行こうかな。出発するまでの準備は最大限したけれど、本当にそこから先はほとんど考えていないのだ。
―――とりあえず、適当なバスにでも乗ろうか。資金はそこそこ準備してきたからチケット代は問題ないけど、いきなり飛行機を使うのはどうにも味気ない気がするし。
「やっぱフェリーね」
0.5秒で行き先を決定すると、バスの行き先を確認する。ちょうど近隣の駅まで行くバスだ。乗り継いでフェリー乗り場まで行ける。
「ふっふっふ、さすが私」
賢いだけじゃない、運がいい。
バスが駅に着くまで暇だったので、隣に座っていた五歳くらいの男の子とじゃんけんして遊んだりした。
とりあえず全勝してあげたら、最初はしょげていたけど、途中から顔が驚きに変わって、最後は滅茶苦茶に喜ばれた。
隣にいたお母さんまでついでに、あんぐり口を開けていた。
何回やっても、私が勝つのだ。あいこにすらしてあげない。
「おねーちゃん、どうやんの? それ?」
「統計と心理誘導と、あとは勘だよ少年。グーを出して負けたら、次は相手が何出したいか考えるんだ」
そんな感じで遊んでた。適当にテクニックを二つ三つ授けておいたから、まあ、小学生同士のじゃんけんなら結構勝てるようになるかもね。そうしてバスを降りると少年は、夏用の半袖を着た手足を振り回しながら、私にちょこちょこついてきた。ん? と首を傾げると、お母さんも慌てたように少年の後ろにくっついてくる。
「おねーちゃんも、おんなじみちだ」
「少年、もしかしてあんたもフェリー?」
「うん、おーさかの、ばーちゃんちにいくんだよ。たこやきと、にくまん、たべるんだ」
「いいね、じゃあ私も大阪に行こっかな」
行き先はノリで決まるまの。まあ、人も多いし情報収集場所としては悪くない。というのは建前で、いいな、たこ焼き。お好み焼きの美味しいところを探すのも悪くないかな。
「いやった!!……あれ、いくとこきめてなかったの?」
「うん、気ままに一人旅だからね」
「ふーん、じぶんさがしってやつだ」
「うーん、当たらずとも遠からず。自分に似た人を探しに行くんだよ」
そうやって、しばらく少年とその母親と一緒にフェリーまで向かった。少年のばあちゃんの話を聞きながら。
少年のばあちゃんはなんか昔、小説を書いていたえらいおばあちゃんらしい。あと言葉の端からわかったけど、孫に甘い。どれだけおもちゃやゲームを買い与えているのやら。
あ、そういえば小説で思い出した。
フェリー乗り場に着いたら、少年とその母親とはいったん別れて、フェリーの搭乗口まで行く。適当にチケット売り場を見つけて、一番近い、大阪行きのチケットを購入する。
それから、まだ時間があったので、近くの本屋に行って目当ての本を探す。
目当ての本は比較的早く見つかった。よく見えるところに平積みされているハードカバーを一冊取る。
『数多の登場人物たちが織り成す新進気鋭の情緒的ファンタジー!!』
と帯が書かれたそれを、レジに行って購入した。
フェリー乗り場へ足を戻しながら、思考を回す。
この旅が始まる際に、百井シロカに対する下調べはほとんどしなかった。
ほとんど。まあ、でも手がかりがないわけじゃ、ない。
偶然、本屋で一度、この本を見たときに気になることがあったのだ。
著者名。
正直、安直な推測だ。これが必ずしも、私が普段、模試の結果発表で眼にしている百井シロカだという保証はどこにもない。
でも、まあ、それくらいの方がヒントとしては、いい塩梅じゃない?
宝の地図は必ずしも、宝が埋まっているとは限らないほうが面白いわけで。
そのドキドキ感がたまらないわけで。
歩きながら、軽くパラパラと眼を通す。速読は正直、内容の理解とはもっとも遠い技術なのだけど。概要を把握する分には都合がいい。
大筋は、魔法があるここではない世界観。一般的なテンプレじゃなくて、独自の価値観、概念、宗教、世界の秘密に、主人公の出生の秘密。
今のご時世、ちょっと珍しいくらいの練り込まれた世界観。
でもそれらはあくまで、下地に過ぎなくて、あくまでメインはそこに息づく、生々しいまでの感情を持った人々。
時に生死を問い、倫理を問い、感情を問い、価値感を問い、生き方を問うてくる。
ファンタジーと純文学、どっちの要素をとっても充分、一線級の作品だけどその二つが高いレベルで両立しているのが異様な感じだ。
思わず、はしたない笑みを浮かべる。
根拠はない。
根拠はないけど、これを百井シロカが書いたものだと仮定する。
仮定といいつつ、脳内での断定率は9割を超えてるけどね。いやあ、これは百井シロカが書いたものでしょ。ほぼ、間違いなく。
それくらい、これを書いた人は賢い。模試で一位を取れるくらいには。
ま、勘だけどね。物語を考えれるからって、賢いとは限んないし。
それでも、興味と好奇と期待で頬が吊り上がるのを感じる。
じゃあ、スタートはここから。この作品から彼女の居場所を割り出すすべは?
速読で読み切った本を、一度閉じてカバーを眺める。
フェリーに乗ってから、今度はじっくりと読んでみよう。二回いや、三回くらい。
今度はしっかりと、この物語を楽しんで。それでいて、その向こうにいるあなたに思いをはせながら。そして最後にあなたの居場所を突き止めるために。
ああ、本当に楽しみだ。
フェリー乗り場に着くと、さっきの少年がぴょんぴょん跳ねて私を待っていた。
「おねーちゃん、こっちこっち」
「こら、もうあんたは年上に友達みたいに」
私は少年のテンションの高さに軽く笑って、本をカバンにしまった。これは独りになった時にじっくり読もう。
「はは、大丈夫ですよー。ところで少年、名前は?」
「え? ユウキだよ。磯山ユウキ」
「うし、ユウキ。旅の出発記念にパシャリだ」
「いえー!!」
ユウキの肩を掴んでスマホを自撮りモードにすると、目線だけパーカーで隠して満面の笑みのユウキと一緒に写真を撮る。そして、後ろにこっそりユウキのお母さんが映るように写真を収めた。
「これツイッターにあげてもいい?」
「こじんじょーほーてきに、かおかくしといてよ、おねーちゃん。おれじむしょえぬじーだぜ」
「すいません……マセた子で……」
「ははは、いやしっかりしてる。しっかりしてる。私も目線は出してないから」
褒めるとユウキは自慢げに胸を張った。私はその様もついでに写真に収めてから、ツイッターに投稿する。
『旅の出発!! 10連続同率一位へ会いに行くぞ!!』
そうして、お母さんとユウキの顔を隠した写真がツイッター上に流された。
リプライ欄はそこそこ「?」で埋め尽くされるだろうけど、ま、いいでしょ。
どこかのあなたに届けばいい。見てるかどうかは知らないけどね。
私は宝の地図である小説を抱えて、船に乗る。最初のお供は将来有望な子どもと、そのお母さん。うんうん、三人パーティはやっぱり王道だね。
旅の報酬は、果たしてお姫様か、ラスボスか。
どちらにせよ、並大抵の相手ではないだろうね。でもそれがいい。
もしかしたら、私以上に賢い、なんてこともあるかもね。
なんにせよ、あなたに会えば、きっととても楽しいよね。
きっと最近、慢性的に抱えているこの退屈がなくなるくらいには。
さあ、ゲームを始めましょう。
ねえ、百井シロカ。まだ人となりも、声も、顔も、知らないあなた。
私はあなたと遊びたいんだよ。
届くはずのない声を空に向かって投げた。きっといつか、どこかのあなたに届くように。
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