第2話


「早坂くん、だよね?」


 日直日誌を書いていると、不意に人影が差しこんだ。


 顔を上げると、そこにいたのは見覚えのない女子生徒。いや、どっかで見たことある気はするが、接点はなかったと思う。


 俺は日直日誌を書く手を止めると。


「そうだけど。なんで俺のこと知ってるんだ?」


「Cクラスの友達に聞いたの。あ、私は涼風結衣すずかぜゆいっていいます。よろしくね」


 聞いてもないのに、勝手に自己紹介をしてくる。涼‥‥‥なんだって? まぁいいか。


「あ、ああよろしく。それで、何か用か? 伝言とかなら俺じゃなく、直接担任に言ってくれると助かるんだが」


「……ううん、早坂くんに用があるの。あ、でもその前に一つ聞いてもいいかな」


「俺に? じゃあ手短に頼めるか。この後用事があるんだ」


「う、うんわかった。じゃあいきなり聞いちゃうけど、早坂くんって、今カノジョいたりする?」


「いない」


 速攻で否定する俺。話を早く終わらせるためだ。


「そうなんだ。欲しいとかは思わないの?」


「微塵も」


「み、微塵も……なんだ。でも私、早坂くんのこと好きな子、一人知ってるよ?」


「別に気を遣わなくて大丈夫だ」


 現実の女子との接点が一ミリもない俺が、どうして好意を持たれるというのか。


 さすがに、俺の頭はお花畑じゃない。現実くらいちゃんと見れる。


「気を遣ったわけじゃないんだけどなぁ」


 もし、本当に俺に好意を持っている人間がいるなら不憫だな。


「で、結局何の用なんだ? 俺にカノジョがいるか聞きたかっただけか?」


「……あ、えっとね早坂くんに伝えたいことがあるの」


 俺は小首を傾げて彼女の次のセリフを待つ。


 もじもじと少しの間言いよどむと、覚悟を決めたのか深呼吸してから。


「好きです。この前早坂くんを見かけたとき、一目惚れしちゃったみたいなの! だから、私と付き合ってくれないかなっ」


 と、俺に向かって告白してきた。


 は? 何を言ってるんだこの人は……。


 俺の見てくれは、かなり良心的に評価して中の上がいいところ。一目惚れするわけがないだろう。


 状況を整理すると、罰ゲームで告白してきたってパターンが有力か。


 まぁ罰ゲームだろうと、そうでなかろうと俺の回答は変わらない。


 俺は深々と頭を下げると。


「ごめんなさい」


 と、真っ向から告白を断った。


 俺には好きな子がいるのだ。彼女を差し置いて、誰かと付き合う気はこれっぽっちもない。


「……? えと、ごめんね? もう一回言うよ。好きです、早坂くん。私と付き合ってください」


 俺の返答が伝わらなかったのか、懲りずにもう一度告白してくる。


 だが、何度繰り返そうが俺の返答は変わらない。


「ごめんなさい。付き合えません」


「‥‥‥なん、で‥‥‥」


 振られると思っていなかったのだろうか。


 まぁ容姿端麗だし、スタイルも良いもんな。普通の男子高校生なら二つ返事で了承していることだろう。


 だが俺は違う──俺は──


「え、いやいや早坂くん、カノジョいないんだよね?」


「ああ、現実にはいないよ」


「じゃ、じゃあなんで? なんで私じゃダメなの⁉︎」


「俺、二次元にしか興味ないから。だから、三次元リアルでカノジョ作る気はないんだよ」


 二次元しか愛せないのだ。


 冗談ではなく、本気で。


 気持ち悪いだとか、ヤベー奴だと思うかも知れないが、大いに構わない。俺は俺の生きたいように生きているだけだ。


 というか、俺からしてみれば、なぜ三次元で恋愛ができるのか不思議で仕方ない。二次元のが可愛いし、性格もいい。三次元が勝ってる要素がない。


 まぁ、何はともあれ、そんなわけで俺は現実で誰かと付き合うつもりが微塵もなかった。



「え、えっと……は?」



 しばらく呆然とする彼女を傍目に、俺は日直日誌を書き終え帰路についた。

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