6

それからひと月経った、初夏の夜だった。樹は近所の公園へ足を運んだ。自転車を駐めて中に入ると、屋根のついたベンチに葵が腰掛けている。彼の手元ではスイッチの液晶画面が青白く光っていた。樹が近づくと、葵は画面から目を離さず、肩越しに話しかける。

「すみません、こんな時間に」

「葵だっけ。なんでライン知ってんの」

「お願いがあるんです」

「翔のこと?」

「そうじゃなくて」

 葵は鞄の中からもう1台コントローラを取り出した。

「もう一度、俺とスマブラしてほしいんです」

「…なんで?」 

「前にやったとき、完全に舐めプされたから」

 葵は樹に渡すコントローラの動作確認を始めた。デモ画面の白いステージでクッパを動かしながら、自論を語りだす。

「初戦は気のせいだと思ったんです。勝ったはずなのに、全然勝った感じがしない。でも2戦目でタイミングを逃すために、余計な小ジャンプをした。そこからおかしいと思った。明らかに手加減をしている」

 葵は動作確認を終えたコントローラを樹に差し出した。

「本当の実力が読めなかったから、もう一回やってほしい。それだけです」

「別にわからなくてもよくない?」

「翔に言います」

「そっか」

 葵の追求に樹は否定も肯定もしない。ただ頭一つ分上から、葵を見つめている。しばらく逡巡する様子を見せてから、樹はようやくコントローラを受け取った。

「まあいいよ。やろう」

「とにかく、本気出してください」

「うんうん…」

 樹はディディーを選んだ。葵はいつもどおり、クッパ。扱いなれているからだ。

 対戦の結果は明白だった。3回対戦して、3回とも樹が勝った。樹は葵よりも早く立ち回り、攻撃を読んでかわし、できたスキにコンボを叩き込んだ。

 言葉をなくす葵に、樹はコントローラーを返す。

「これでよかった?」

「はい…あの、」

「まだ何かあんの」

「翔から聞いてた話と違います」

 葵の声は震えている。

「『樹はオレより弱い』って言ってました。『樹はオレに勝ったことない』って。でも翔は俺よりスマブラ全然弱いんです。だけど、俺は…「だって」

 樹は葵の話を遮った。公園近くの街灯に、腹が丸く膨れた蛾がたかっている。羽ばたきに合わせて、光源がちらちら明滅した。樹は言う。

「お前には、負ける理由がないから」


 その晩、いつものように翔と樹はスマブラを始めた。樹がコントローラーを手に取ると、翔が待っていたように言う。

「さっき潜ってたらVIP部屋一瞬入った。クラウドが」

「マジ? やっぱ強い?」

「ぜんっぜん違う。速攻ボコられて部屋出された」

「えぐいな」

 そうしてふたりは今晩も試合を始めた。しかしすでに結果は決まっている。翔が勝って樹が負けるのだ。

 これまでもずっと、そうだったように。


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ゲームセット トウヤ @m0m0_2018

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