5
「んぎぎぎ」
「本当に練習したんですか? ぜんっぜんだめじゃん。クラウドのほうがまだマシ」
「もういっかい!」
放課後、葵にピチューで挑んでみたものの、呆気なくふっとばされまくる。葵相手だとかみなりも当たらない。
「こんなにかわいい生き物を踏みつけて、葵さんは心が傷まないのかい?」
「戦場に出してるほうが非道だろ」
結局、あれから榎本さんはオレに話しかけてこなくなった。また再戦を申し込まれたら、オレなりのピチューの使い方を教えたいと思っていたのに。放課後のスマブラ会を観戦する様子もない。前回、弱い弱いと言いすぎて傷つけてしまったのだろうか? ひどいよ! と喚いていた榎本さんは、そこまで傷ついた様子にも見えなかったけど。
次のラウンドのファイターを選んでいるとき、不意に声をかけられた。
「深川くん、お兄さん来てるよ」
「え、樹が?」
教室の入り口を見ると、はいっていい? と樹が近くの女子に声をかけていた。声をかけられた方は慌てて、上ずった声で返事をしている。樹はそれに構わず、ありがとう、と声を掛けて教室にずかずか入ってきた。家と変わらない、マイペースな性格を見せつけてくる。
「翔スマブラしてんの?」
「うんまあ。部活は?」
「ライン見てない? 母さんから連絡来てる。庄司さんが救急車で運ばれたんだって。俺ら別に病院行かないけど、早く帰ってきてほしいって」
「えっまじ? 見ます」
「このあと45分くらいに車で迎え来るって。浜下バス停のあたり」
「やべ、ホントだ」
樹の言う通り、家族ラインには未読が十三通溜まっていた。慌てて既読にして話の流れを追いかける。
「なに翔ヤバそうなの? じゃースマブラ切るけどいい?」
「わり」
ソフトを終了させて電源を落とそうとすると、樹からストップが入る。
「べつにいいよ、まだ30分ぐらい時間あるし。やってたら?」
「えー? もういいよ」
オレとしてはもうそんな気分になれなかった。スマブラはスポーツだ。中断されると集中が途切れるのだ。しかし、葵が思わぬ提案をした。
「樹さんってスマブラやるんですよね?」
葵のほうを振り返ると、プロコンを構えて不敵に笑っている。
「よかったら一戦しませんか?」
「あー……」
返答に困っている樹を見て、オレは話に割り込む。
「いや言ったじゃん。樹オレより弱いんだって。先生相手なら話にもならねーよ」
「それでもさ、たまたまとかあるし」
どうですか? と葵が挑発すると、樹は意外にも承諾した。
「めっちゃ強いって聞いてる。ご指導お願いします」
葵は得意のクッパを選んで、樹は1番使うスネークを選んでいた。場所は終点で、アイテムなしの3本勝負。一番シンプルで実力がわかりやすいルールだ。
結果は、やっぱり3−0で葵の勝ちだった。葵は先輩である樹を相手にしても容赦なかった。クッパは寸分違わずスネークに打撃を打ち込み、スネークは為す術もなく吹っ飛ばされた。樹は負けたにも関わらず、めちゃくちゃ笑っている。あまりに気持ちよくボコられると、人は笑いしか出てこなくなるのだ。
「翔の言うとおりじゃん。葵先生つえー」
「翔とパターン少し似てますね」
葵はそう分析するものの、少し落ちこんでいるみたいに見えた。なんというか、口数が少なくて静かなのだ。いつもはオレに勝つと、下手だの才能がないだのボロボロに非難するくせに。先輩相手だから流石に遠慮しているのだろうか?
翔、と樹が言う。
「そろそろ母さん着くって。いくぞ」
「あ、うん」
オレはカバンにスイッチとプロコンと充電コードを詰め込み、席を立った。じゃあな、と声をかけると、葵は急に顔を上げた。
「でも、樹さん、スマブラうまいですよね」
それを聞いて樹がだらしなく笑う。
「気使われるとすげー傷つくんだけど。別にいいって。実力通りの結果だよ」
「いや、そうじゃなくて…」
葵は開きかけていた口を閉じる。
「いや、何でもない。じゃあ」
「おー」
その場を離れ、教室を出る直前に振り返ると、葵はまだスイッチの戦績画面を見ていた。圧勝したにも関わらず、さきほどの勝敗結果に納得がいかない様子だ。樹も葵の様子を不穏に感じたようだった。
「先生っていっつもスマブラやった後、ああなの?」
「ちがうけど…多分負けても学ぶんだ、先生はさ」
自分でそう言いながら、それでも葵の様子のおかしさが気になった。いつもは勝因についてフレーム数だの読み合いのタイミングだの饒舌に語るのに。
「庄司さん結構元気らしい」
樹がスマホを見ながら、母さんからのラインを読み上げる。
「でもまあ一応早く帰ってきてほしいって。今ガソリンスタンドの近く」
「うーい…」
返事をしながら、それでも葵の曇った表情が自分の中から消えない。
まるで幽霊でも見たような、そんな顔をしていた。
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