2
重苦しい曇天の日だった。夕暮れに近い時間だからか、校舎には人気が少ない。
そんな中、ミナミは中庭の隅へ足を運んだ。そこは手押し車や熊手が入った、ぼろぼろの用具入れがあるだけの場所だ。用具入れの暗がりに樹が立っていた。
すみません、遅れました。とミナミが言う。いいよ、と樹が言った。
ふと、樹から嗅いだことのある臭いがした。臭いのもとはすぐに見つかった。樹の指に、火のついた煙草が挟まっている。
「先輩って吸うんですか? 意外」
ミナミの問いに、樹が首を振る。
「いや、吸わない。吸ってみたことはあるけど」
「そうですか…」
樹の返事とは反対に、煙草からは白い煙が上り続けている。日がだんだんと沈み、辺りが暗くなっていく中で、その火はいっそう強く燃えているように見えた。
「えっと」
ミナミは困り果てる。この場に呼び出したのは樹の方なのに、彼は何かを話し出す気配がないからだ。タバコの煙を燻らせ、それを吸うこともなく、佇んでいる。
重い空気の中、樹が徐ろに口を開いた。
「翔がさ、ミナミさんのこと話してたんだよ」
わずかに風が吹いた。雨が降り出しそうな、湿って冷たい風だった。
「彼女いるかどうかって、俺に直接聞けばよくない?」
ミナミは何かを言おうとしたが、何を言っても不正解になる予感がした。心を込めた謝罪さえも、素気なく跳ね返されてしまうような。言葉に詰まっていると、樹は諦めたように目を伏せた。
「別にいいけど」
樹はそう言ってミナミの右手首を掴む。咄嗟のことに、彼女は反応できなかった。
「先輩?」
樹は何も言わない。その指先では、煙草の灯が明るく輝いている。
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