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 重苦しい曇天の日だった。夕暮れに近い時間だからか、校舎には人気が少ない。

 そんな中、ミナミは中庭の隅へ足を運んだ。そこは手押し車や熊手が入った、ぼろぼろの用具入れがあるだけの場所だ。用具入れの暗がりに樹が立っていた。

 すみません、遅れました。とミナミが言う。いいよ、と樹が言った。

 ふと、樹から嗅いだことのある臭いがした。臭いのもとはすぐに見つかった。樹の指に、火のついた煙草が挟まっている。

「先輩って吸うんですか? 意外」

 ミナミの問いに、樹が首を振る。

「いや、吸わない。吸ってみたことはあるけど」

「そうですか…」

 樹の返事とは反対に、煙草からは白い煙が上り続けている。日がだんだんと沈み、辺りが暗くなっていく中で、その火はいっそう強く燃えているように見えた。

「えっと」

 ミナミは困り果てる。この場に呼び出したのは樹の方なのに、彼は何かを話し出す気配がないからだ。タバコの煙を燻らせ、それを吸うこともなく、佇んでいる。

 重い空気の中、樹が徐ろに口を開いた。

「翔がさ、ミナミさんのこと話してたんだよ」

 わずかに風が吹いた。雨が降り出しそうな、湿って冷たい風だった。

「彼女いるかどうかって、俺に直接聞けばよくない?」

 ミナミは何かを言おうとしたが、何を言っても不正解になる予感がした。心を込めた謝罪さえも、素気なく跳ね返されてしまうような。言葉に詰まっていると、樹は諦めたように目を伏せた。

「別にいいけど」

 樹はそう言ってミナミの右手首を掴む。咄嗟のことに、彼女は反応できなかった。

「先輩?」

 樹は何も言わない。その指先では、煙草の灯が明るく輝いている。

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