ゲームセット
トウヤ
1
今回も勝てた。でも正直危なかった。樹はオレの隣で首を捻り、敗因を分析している。
「いつも復帰に失敗するんだよな」
「でもさ、前に言ってたダッシュするクセ直ってきてる」
「そう? 自分じゃ実感ない」
樹はデモ画面に戻って空後を試している。オレはプロコンを置いて手汗をズボンで拭った。肩を回して深呼吸を繰り返す。集中しすぎて目と肩が痛い。変に力が入って、体中が緊張している。
樹がひととおりスネークを動かし終えたあと、スティックを弾いてオレに言う。
「もう1回しない? これで最後」
「まだやんの? まーいいけど…」
凝り固まった目の周りを指で押しながら、渋々承諾する。本当を言えば断りたいけれど、樹が申し込むなら応じる。これはたったひとつ、オレが樹よりも優れているところだから。
樹はオレの兄だ。イケメンで背が高くて、よくモテる。美容室のカットモデルや、インスタのモデルなんかを頻繁に頼まれている。
頭も良い。テストの成績は学年でだいたい5番目ぐらい。休日には予備校に通っているが、本人に言わせれば「だるいだけ」らしい。(じゃあ何で行ってるんだ?)
運動もできる。陸上部に入っていて、棒高跳びを専門にしている。女子いわく、気だるそうに飛ぶ姿がかっこいいらしい。なんなんだろう、その評価は。どうせ一生懸命やってても、褒めちぎるくせに……。
兄である樹のそういう話をされるたびに、オレは面白くない気分になる。相手にそんなつもりはないにしても、遠回しに「それに比べて弟のお前は」と言われているような気になるから。
実際、オレは樹に顔は似ていないし、運動ができるわけでもない。成績も普通で、中の下くらい。
だから、誰かが樹を褒めるたび、オレは「でもオレの方がスマブラつよいし」と思うようにしている。もちろん樹よりゲームが強かったからといって、なんの役に立つわけでもないけど。
「あっ! ああ〜」
トドメの横Bで、場外にクラウドが吹っ飛ばされた。同時に戦績が表示される。3−0。オレがゼロ。
「全然ダメじゃん。ジャスガの成功率低すぎ」
「うっせ」
放課後、教室の隅でクラスメートの葵とスマブラで遊ぶ。葵はオレよりずっとスマブラが強い。なんというか、手数が多いのだ。葵とやっていると、いかに自分が考え無しで操作しているかを思い知らされる。近づけばボコられるし、距離を取れば詰められてふっとばされる。いったいオレはどうすればいい?
「もういっかい!」
「別にいいけど、キャラ変えたら? もっと重いのとか」
「変えたらもっと弱くなる気がする」
「なんか変化なくない?」
ちょうどその時、にわかに廊下のほうが騒がしくなった。女子の声だ。
『こっから見えるよ!』『あの人?』『紫のユニフォーム着てる人』……
あー、と葵が呆れた声を出した。
「あの騒ぎって樹さん関連?」
「しらね」
放課後のこの時間になると、樹がグラウンドで棒高跳びの練習を始めるのだ。その様子が廊下から見えるので、女子が集まって見学を始める。すぐに飽きられるだろうと思っていたが、ここしばらく、連中はずっとあんな感じで姦しく騒いでいる。
「一緒に暮らしてる者としてはどうなの、樹さんは」
「ふつう。別に怒ったりしないし。キレたりとかもないし。たまにスマブラする」
「強いの?」
「オレより弱い。だから葵なら全然勝つ」
「樹さんが負けるところ、あんま想像できん。しかし実の弟さんが言うならそうなんでしょうな」
再戦を申し込むと、葵がファイターを変えた。今度はガオガエンだ。葵はとにかく重量級ファイターにこだわる。オレは中量級のクラウド一択。誰よりも扱いやすいような気がする。負けてるけど。
結局その後も葵に5敗したところで解散になった。もっと強くなってくれと言葉を残されて。くっそー。
オレも帰り支度をしているところに、バレー部のミナミさんがクラスに戻ってきた。自席の引き出しから制汗剤スプレーを取って、教室を出ていく……と思ったら、進路を変えてオレの方へやってきた。
「深川くん」
「……なに?」
オレは平静を装って、ぶっきらぼうに答えた。教室にはオレとミナミさん以外誰もいない。ミナミさんからは制汗剤の香りがした。右の手首にヘアゴムが2本巻かれている。
「どうしてまだ残ってるの?」
目を見るのも胸を見るのも躊躇われたので、喉元を見た。かすかに汗ばんで光っている。
「べつに。残ってたら悪い」
「ううん、そうじゃなくて。珍しいなって思って」
奇妙な沈黙が流れる。それが苦しくなって、「じゃあ」とかばんを持って立ち去ろうとしたが、直後に呼び止められた。
「ね、深川くんって、お兄ちゃん樹さんだよね?」
「まあ」
「樹さんってさ、彼女いるか知ってる?」
「いや知らん」
落胆。また樹かよ、と思う。樹樹樹。せっかく女子とふたりきりで話せたと思ったらこれだ。みんな樹の話しかしない。
「バレー部の先輩がさ、樹さんのこと好きなんだって。それで、彼女いるか知りたいって言ってて。深川くん、聞いてくれない?」
「は? やだ」
「いいじゃん! お願い! てか私も気になるし」
じゃ〜おっぱい揉ませてよ。って言いたい気分になる。そんなこと言ったら明日からオレはこのクラス全員から無視されるだろう。
「オレもう帰るから。どいて」
「えー残念」
ミナミが前からどいて、道を譲る。オレはうんざりした気分で帰路をたどった。
もちろん、樹に罪はない。でもこういうことばかり続くと、流石に嫌になってくる。
でも、樹に彼女がいるかどうかはオレも少し気になった。そしてもしいるんだったら、それをおおっぴらに皆に言ってほしい。そしたらオレへ、こんな風に矛先が向けられることもなくなるだろうし。
「あのさあ」
夕飯後、いつものスマブラをしているとき。オレは樹に話を持ち出した。
「樹ってさ、彼女いるの?」
「んー?」
オレは樹に面と向かって聞くのがなんとなく怖くて、わざと試合が盛り上がっているときに話しかけた。そのとき、樹は真下の段に入り込んだピコピコハンマーを取ろうとしていた。しかし、やにわに画面が止まる。ポーズがかけられたのだ。
「何?」
「いや、なんでもない」
「なんでそんなこと聞くの」
うげげ、と思う。それとなく答えを引き出したいと思っていたが、樹は真面目に聞くつもりらしい。オレは止まった画面から目を離し、手元を見た。
「オレのクラスにミナミっていう女子がいて。バレー部の。それが樹に彼女いるか教えてほしいって言われた」
「なんだそれ。翔関係なくね」
「いやさあ、でも聞いてくれって言われたし。バレー部の先輩が樹のこと好きなんだって。しらんけど」
「そもそも俺その子見たことないんだけど」
「いやだから聞くなって。オレはただの伝書鳩です」
「ふーん」
「いいから続きやろ」
「うん」
樹がポーズを解いて、もう一度画面が動き出す。解除直後、オレは投げを仕掛けたが、あっさり躱された。虚しい空振り。
その後ガケぎわで競り合って、寸分の差でクラウドの凶斬りでスネークを落とした。今回も樹の負け。試合が終わったあと、樹が言った。
「俺、そのミナミさんになんか言ったほうがいいの?」
「興味なきゃほっておいていいんじゃね」
そう返事をしながらも、オレの頭のなかでは体操着越しの大きな胸が揺れている。オレはミナミさんに興味あるけど。でもミナミさんはオレに興味はなくて、樹に興味がある。
樹が充電コードを探す背中を見ながら、オレは長くため息をついた。樹の機嫌は悪くなるし、結局彼女がいるかどうかは聞けなかったし。悪いことばっかりだ、と思った。
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