騎士と機械

白上 なる

第1話 騎士と機械

 戦争の影響で、機械化が進んだ世界。

 戦争が終わっても、有用性を見出された機械は、日常的に人に利用されていた。



 ――貴族の屋敷。

 薄暗い廊下に、太った男の怒号が鳴り響く。

「お前はいつになったら成長するのだ!」

「すみません、父上」

 男の前で微動だにせず佇む少年――リト。

 土と汗で汚れた衣服に、右手に握る木剣。その汚れた衣服が、父の怒る原因だ。

「公爵の屋敷を、お前は自ら汚すのか⁉︎」

「ゴメンサナイ」

 二度目の謝罪。

 しかし男は、その棒読みの謝罪が不満だったのか声を荒げた。

「謝罪は、地面に額を擦り付けるものだ!」

 ついに男は拳を振り上げ、それを息子に向けた。

 リトは反射的に目を瞑った。


 バキッ――


 ――しかし、その拳はリトに当たらなかった。

 リトの目の前。二人の間に割り込んできた『兄』の頬に、その拳がめり込んでいる。

「……申し訳ありません。全て僕の教育不足です」

「……! ロイド――」

 リトの呟きを、『兄』は背中で制して、もう一度父に訴えた。

「リトに着替えるよう伝えなかったのも僕です。罰は、全て僕にお与えください」

「フンッ、機械が軍にまで進出しだした今、人の騎士の重要性を考えろ」

 それだけ言い残して、男はその場から消え去った。

「……クソ親父め」

 血が繋がっている者に対する対応じゃない! と敵意の視線を向けるリト。

 だがそこに、リトの『兄』――ロイドの訂正が入った。

「ダメだよリト。父上は、リトに立派な騎士になって欲しいんだ。だからこそ、厳しい」

「分かってるよ。機械に騎士なんか任せられない。……けど、手を出すか?」

 食い下がるリトにロイドは一瞬固まり、その後笑みを浮かべた。

「騎士たる者、正面から堂々と。陰口言うんじゃなくて、その剣で証明する。――リトはなるんでしょ? 立派な騎士に」

 もっと、強くなれ。

 自室に戻る前に見せたロイドの笑みに、そんな意味を感じた。

 その強く、優しく、気高い背中を眺め、リトは今一度心に誓った。

「俺は、強くなる。そして、ロイドと一緒に騎士になるんだ」



 翌日。

 目標のために頑張る者の朝は早い。

 ランニングから始まり、ストレッチ、素振り、模擬戦と。

 その全てに全力で打ち込むリトの横で、ロイドは共に鍛錬を積む。

 二人を並べると、どうしてもリトが劣って見える。だが、それはロイドが優秀すぎる故だ。

「リト! もっと早く、そして鋭く!」

 的に向かって真剣を振るう最中でも、ロイドは横で頑張るリトにアドバイスをする。

 自分がやりながら人に教える。そう容易いことではないのに、それを平然とやってのける兄にリトは嫉妬する。

 けれど、だからってめげたりしない。その嫉妬心を燃料に、ただひたすらに的に剣を突き刺すのだ。

 ロイドの何気ない行動の一つが、知らぬ間にリトの成長に繋がっているのだ。


 その後に行われた模擬戦。

 結果から言えば――今回もリトの負けだ。でも、ただの負けじゃない。

 なぜ負けたか。それは――ロイドの動きがいつもより堅実で、剣裁きも段違いだったのだ。

 本人曰く、「本当に負けるかと思ったから」。

 これは、今までにロイドが本気を出していなかったという事実と、リトの確実な成長の証明に他ならない。

「本当に、騎士になれるかもね」

「かも、じゃなくて、なるんだ!」

「ははっ、これは一本取られたなぁ」

 二人は互いに頭を向けて仰向けになり、天を仰ぎながら笑い合うのであった。



「やつの成長具合はどうだ?」

 夕日が差し込み、黄金色に染まる部屋。

太った男が椅子に腰掛け頬杖をついている。

男の正面に立つ少年は、感情のこもっていない無表情で淡々と言葉を紡ぐ。

「はい。今日、彼は大幅な成長を遂げました」

「クックック……」

 男はこらえきれないと声を漏らし、少年に哀れみの目を向けた。

「そろそろ、お前も任期を終えるか。最期くらい盛大に散って見せろ。――自立思考人型アンドロイド」

「……はい。彼を、最高の騎士にして見せます」



「おっし、ようやくか、ようやくかぁ!」

 父に呼び出されたリトは、真剣を手に部屋を出た。

 なんでも、決闘の申し込みが来たらしい。

 決闘で勝てば騎士団に入団させる――それが、父の提示した報酬だ。

「騎士たる者、正面から堂々と!」

 これまでにないチャンスの到来に、リトは中庭に向かった。


「……」

 兄と一緒に鍛錬を積む中庭。

 そこには、仮面を被り、剣を持つ男がいた。

「お前が決闘の相手か?」

 男の問い。仮面があっても分かる、値踏みするような鋭い視線。

 その紛うことなき騎士のオーラに、リトは生唾を飲み込んだ。

「そうだぜ。お前に勝って、俺は騎士になるんだ」

「ハッ、騎士か。お前ごときがなれると思うなよ?」

 仮面騎士はそう吐き捨てるが、リトは剣を正眼に構え、不敵な笑みを浮かべる。

「それはどうかな? この剣で、それを証明してやる!」

 その声と同時に、リトは駆け出した。

 今まで兄から教授、または盗んだ技で斬りかかる。

 左右上下、いろんな角度から相手を観察し、隙を見つける。

 周囲を駆け回り、全方向に気を逸らす。

 そして――、

(相手の剣から一番遠いところから、脇を狙う!)

 リトは仮面騎士の真横から急接近。

 剣を下から斜め上に振り上げるが――その一撃は、簡単に防がれた。

 仮面騎士はリトの剣に対して平行に構え、リトが放つ最高の斬撃を次々と受け流す。

 入れ替わるようにすれ違った瞬間、仮面騎士はガラ空きであるリトの横腹を蹴り飛ばした。

「――カハッ! ゲホッ、ゴホッ!」

 強い衝撃に、膝をついて咳き込むリト。

 仮面騎士との実力差と同時に、謎の違和感を感じた。

(今の一撃。ロイドですら反応が遅れたのに……こいつ、完璧に反応しやがった!)

 絶対的な自信があった。なのに、防がれた。

 何故だ?

 なんでだ?

 あのひと突きは、初見で見切れないはず――

(初見じゃ……ない?)

 リトの脳裏に、そんな説が過った。

 仮面騎士は自分のことを知っていて、何を学び、何を習得したかを知っている。

 だから――どんな攻撃も通用しない。

 そう思った瞬間、

 その体躯が。

 彼の持つ剣が。

 彼の剣裁きが。

 全てが、見知った兄と重なった――。

「ロ、イド……?」

 絞り出すような声。

 だが、仮面騎士は冷徹な声音で返す。

「成長を見込んで多少は期待したが……とても失望したよ、お前には」

「……え?」

「何が騎士だ。その程度の実力で何を目指す」

(なんだ……? 俺は今、なんて言われた……?)

「つまらない。果たしてお前に生きる意味はあるのか」

 そんなことを兄は言わない。そう信じたい……けれど、リトには仮面騎士がロイドにしか見えなかった。

「お前など、機械の足元にも及ばない」

 仮面騎士の言葉が、何倍もの威力でリトの胸を打ち付ける。

 夢を否定された。

 存在を否定された。

 慕い、信じ、大好きな兄に。

 もう立ち上がる意味すら失い、呆然と仮面騎士を見つめる。

 そして仮面騎士は、表情を仮面の中にしまったまま告げる。

「騎士道? 実に下らない。そんなもの――クソ喰らえ」

「っ!」

――その瞬間、リトに一点の火が灯った。

 騎士を無下にするのだけは、許せなかった。

 よろよろと立ち上がり、もう一度剣を構える。

 でも、剣を振るえるかは分からない。

「お、やるか? お前が騎士になりたいと言うのなら、その剣で証明して見せろ」

 そうだ、そうではないか。自分は騎士になるのだ。

 そのための掟が、覚悟が、あるではないか。

 リトは駆け出した。剣先を向け、真正面から。

 相手は剣を持っている。それは、斬られる覚悟があることの証だ。

「うおぉぉぉぉぉぉ!」

 剣を持つ騎士には、剣を持つ騎士として。


 ――騎士たる者、正面から堂々と。


 仮面騎士の胸に刺さる、リトの剣。

 仰向けに倒れ込む仮面騎士に、リトは歯噛みした。

 真っ二つに割れる仮面。

 その向こうには、優しい顔をした、大好きな兄の顔があった。

 ――しかし、傷が付いた部分はの肌は銀色で、目は暗転している。

そこに人間味はなく、まさしく――機械。

「あ、あれ……? なんで、ロイドは……機械なんだ?」

 リトは以前から、「機械は嫌い」の意味を含む言葉をロイドの前で言っていた。

 だが、ロイドはずっとリトに対して笑い続けたのだ。

「ロイド……ロイドォ!」

 気づけば、嫌いなはずの機械の名を呼んでいた。

彼が『兄』じゃないとしても、彼を慕う『弟』として。

 横たわる機械は、自分の正体を知っても名を呼ぶリトに、笑った。

「おめでとう……リト、自分の意思で剣を振るう……それこそが、騎士だ……よ……」

 その言葉を最期に、ロイドの体に一瞬の電流が流れ――完全に動かなくなった。

「ロイド、俺は機械が嫌いだ! でも――ロイドのことだけは大好きだ!」

 自分の行動に後悔し、心からの本音を告げるが、それが届くことはなかった。

 何せ、自立思考方アンドロイドは――既に機能を完全停止していたのだから。


「……分かってた、分かってたのに……!」

 なのに、自分の意思を優先した。

 それを、彼は喜ぶだろう。

 血が繋がっていないとは言え、長年を共に過ごした『弟』の成長なのだから。

 彼の気持ちと自分の想い。

 それらをしっかりと理解しているリトは、『兄』の亡骸を抱え、涙を零した。

「ロイドォォォォォォォォォォォォ!」

 星が煌めく夜。

 思い出詰まる中庭に、一人の騎士が誕生した。

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