拾参ノ妙 彷徨く幻妖
「お願いだから、もう何処かへ行って。ここに、たくさん置いておくから。お願い。お願い。お願いします。お願い……」
さとみは、
そこには、
立ち込めた妖気は月明りさえも闇の中へ吸収し、物体の影を消し、薄黒いシルエットのみを浮かび上がらせている。
巫音と棗は、犬飼さとみを追跡して、この公園の一画に辿り着いたのだった。
巫音は、隠形を解いたのか、生垣の陰に身を沈め、取り敢えず、さとみの動向をうかがう。
棗は、さらに低い姿勢で巫音の後ろに隠れるようにしながら、同じように様子をのぞき見る。
棗の心中はというと、本当は引き返したい気持ちでいっぱいなのだが、右腕のヤモリの
よくよく見ると――普通はよく見れば見えるというものではないとは思うが、一見、気が触れたように見えるさとみの行動は、当の本人であるさとみの立場に立てば、
棗の眼は、さとみの周りを
それは、一見、純白の猫のように見えるが、猫からは二回りは大きく、
耳まで裂けた口角は、鋭い牙を
首から後は、白い闇が妖雲の塊のような躰を形作っている。
そのあやふやで不明瞭で
青白く放たれる異様な妖気が、
棗は、息をも止める
その騒ぎに
ピクッと耳を動かし異音を捉えると
先が二つに分かれた尻尾を持ち上げ、ゆっくりと向きを変えると、棗に正対する。
棗を
ミギャー。
と同時に、棗に向かって高く跳ね上がった。
すかさず巫音が地面を蹴る。
一回転すると、妖異と棗の間に割り込む。
膝立ちに体勢を整えると、素早く折り鶴を放った。
三連の折り鶴が、矢のような勢いで宙を舞う。
向かってくる折り鶴を縫うように避け、巫音の首筋を
「妙!!」
巫音は、
妖異の爪とぶつかり合い、結界が青白く光を放つ。
結界が消えると同時に妖異が後方へ
妖異は、空中で姿勢を整えると着地、と同時に跳ね上がる。
折り鶴を難なくかわすと、再び、巫音に襲い掛かった。
「妙!!」
巫音の結界。
結界との激突寸前、妖異が二つに分裂、その片割れが結界を越え巫音に
迎え撃つ三連の折り鶴。
向かってくる折り鶴を、またもや縫うように避け、妖異が巫音に
ボズッ。
鋭い爪が制服の
深く
「痛ぅ」
巫音は、右腕を押さえ顔を地面に
分裂した妖異は一つに融合すると、一度、
そして、
まさに今の巫音は、完全に無防備といえる状態で、次の一撃を
――えっ、何?これ、結構、ヤバいんじゃない?
棗は、
――オ、オレの出る幕なんか、な、ないって……。
棗は、徐々に
――オレに手伝えることなんてあるはずがない。
オ、オレは、ここまで。
織紙巫音も言ってた。
そうだ、言ってた。
少々、後ろめたさを感じた棗は、巫音の言葉を借りることによって、自らの行動がやむを得ないことなのだと思い込もうとした。
棗が振り返って逃げ出そうとしたそのとき、右の手首から肩にかけて、稲妻が駆け上がるような強烈な
ぎくりとして足を止める棗。
ヤモリが
「どうやら、お前さんは少し痛い目に合わないと分からんようじゃのう」
葛乃葉の
棗にとっては、戻るにしても進むにしても死の匂いが色濃くなるばかりであるが、戻れば確実に死が待ち受けていることを考えると、進む方がまだ生還の可能性を残しているといえよう。
――くそっ、もう
棗は、
小石が数個と折れた枝。
枝は、太めで折れたところが尖っている。
――これ、使える?せめて木刀ぐらい手に入らないかなぁー。
ゲームの初期武装でも、もう少しマシな武器を持っているのではないかと、棗は落胆する。
後は、棗が背負っている、スクールリュック。
しかし、中には当たり前の筆記具と教科書などしか入ってはいない。
棗は、周辺に落ちている小石を拾い集め、木の枝を後ろ手にズボンのベルトに挿すと、一度深呼吸し、小石を次々と妖異に向かって投げつけた。
いくつかのうちの一つが、妖異の腹の辺りに鈍い音を立てて当たる。
ミギャー。
妖異は怒りを
青白く光を帯びた
――や、やばい。
顔面蒼白となり、棗の全身から冷たい汗が
次の瞬間、妖異が棗に向かって
棗は、素早く生垣の中に
続くようにして、妖異も生垣の中に
ボズッ
妖異の爪が
棗は、背負っていたスクールリュックを強く前に押し出す。
爪が
リュックに爪が深く突き刺さり、妖異の動きが一瞬止まる。
棗は、ズボンのベルトに挿しておいた枝を抜いて、
バズッ。
恐る恐る目を開く棗。
枝は、妖異の頭から
しかし、妖異は、全く
枝は、妖異の
妖異の牙が、ゆっくりと棗に近づく。
棗は、出来る限り
妖異の牙が棗の
棗の眼に映る風景が灰に覆われる。
背中部分が
灰を振り撒く妖異の向こうに眼をやると、何とか膝立ちになり、肩で荒い息をしながらも、腕を前に振り切った
赤い折り鶴の翼が、妖異の背中部分を
妖異が悲鳴のような鳴き声を上げながら走り去る。
走り去った先には、わなわなと立ち
さとみは、瞳に涙を浮かべ、
「わ、わたしは、こ、こんなことしてなんて、た、頼んでない。」
さとみは、呆然自失といった面持ちで宙を見つめ、イヤイヤをする子供のように左右に顔を振りながら後ずさり、走り去っていった。
残されたのは、開け散らかされたペットフードと、
そして、腰を抜かして
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