【田中麻美、浅尾真綾(5)】
通路の突き当りには、外へ出れそうな窓付きの鉄扉があった。麻美は足早に近づき、バットを利き手に持ち直して外の様子を慎重にうかがう。
「誰も居無いみたい。真綾ちゃん、走ったりできそう?」
真綾の顔はまだ青ざめたままだったが、自分なら大丈夫と、無言のままうなずきを小さく返した。
そんな健気な真綾に笑いかけた麻美は、警戒心をより強めながら鉄扉をゆっくりと開ける。
外の世界は、金属製の歩廊が十数メートルほど先の隣接する建物とを結ぶ屋根の無い連絡通路だった。
微かな蝉時雨が遠くから聞こえる。
突然吹いてきた熱風がふたりの髪を遊ばせるのと同時に、先頭を行く麻美の顔が不愉快そうにゆがむ。
「いったいなんなのよ、ここは!?」
「結構高い所にいたんですね、わたしたち」
真綾が下を覗き込むと、地上には沢山のドラム缶やショベルカー、フォークリフトなどの重機が数台あった。まわりの建物には金属製の様々な形のパイプがいくつも
「ここって、何かの工場みたい……」
ケツバット村でこんな大きな工場を見かけた記憶が無かった真綾は、歩廊を進みながら建物の外の景色に目を凝らす。
遠く森の向こうに棚田が広がって見える。位置からして、ここは山の中だとわかった。
「あの扉も開いてるといいんだけどね」
麻美が真綾の手を引きながら歩廊の中間地点に
建物の中から木製のバットを持つ紺色の作業着姿の男たちが現れたかと思えば、それぞれが手にしているバットを振り上げながら、狭い歩廊を全力疾走でふたりに襲いかかってくる。
「げっ! マジかよ!?」
麻美も掴んでいた真綾の手をサッと離し、バットを両手で握り構えて走り出す。
「麻美さん!」
「この野郎ぉぉぉぉぉぉぉッ!」
男たちがバットを持ち替えるよりも素早く、麻美は絶叫しながら男たちの側頭部や
殴られた男たちは、そのまま歩廊の鉄柵から地上へと悲鳴を上げながら呆気なく落ちていった。
「真綾ちゃん、早くこっちに来て! 早く!」
「えっ? は、はい!」
鬼気迫る表情の麻美にうながされ、真綾も先へと進んだ。
鉄扉を開けると、この建物はやはり工場のようで、眼下にはいくつものベルトコンベアと大量の木材やそれを運び出す機械が見える。天井には蛍光灯が何列もずらりと並び、工場全体に響く何かのモーター音が獲物を狙う猛獣のうめき声のようにも聞こえた。
「ほかには…………よし、もう誰もいないみたいね」
周囲を見渡した限り、どこにも人影は無い。それでも麻美は、警戒を怠ることなく真綾の手を強く引き、壁に沿って続く歩廊を急ぎ足で出口を探しながら下りていく。
麻美の手は汗でびっしょりと濡れていた。
緊張感が否応にもわかる。
真綾は、無力な自分が申し訳なくてしかたがなかった。心のなかで麻美の背中に謝り続けることしかできない現実に、今にも泣きだしそうになってしまっていた。
「こんのぉ、待ちやがれぇぇぇぇ!」
突然聞こえた大きな野太い声。
ふたりは振り返って視線を上げる。途中にあったいくつかの同じ鉄扉から、木製のバットを持った紺色の作業着姿の男たちが続々と姿を現した。
「ええっ!?」
「どんだけいるんだよ!? 真綾ちゃん、急いで!」
「ヒィーッ、ヒッヒッヒッヒィ!」
「待てぇい、コラァァァァァァ!」
「逃がさんぞぉ、ヘッヒッヒッヒャ!」
なんとか捕まらずにふたりは息を切らせながら最下層まで
「はぁ……はぁ……ねえ麻美さん、ひょっとしてあそこが出口かな?」
ほかの扉よりも
「オレらから逃げれっと思うなよぉ!」
「ひぇっへへへ、
気がつけば作業着姿の暴漢たちは、すぐ上の階層まで来ていた。
「クソどもが! とにかく、あそこから出よう。真綾ちゃんは先に行ってて! あたしがアイツらを足止めするからさ!」
「そっ、そんな……麻美さん!」
「大丈夫。あたしは、足の速さには自信があるのよ。すぐに追いつくからさ」
そう言って麻美は、今にも泣きだしそうな真綾に向けて大げさに可愛らしくウインクをして見せた。
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