第四話 もう一度

「何かありましたか?」


次の授業。古典を教えてもらっていると、先生がふと聞いてきた。


「・・・えっ?」


「お母君に何か言われましたか?」


 突然の質問に混乱する中、先生が核心をついてくる。

 弱音は吐きたくない。吐いたら今までの私を否定するような気がするから。

 その一心で俯き、黙っていると


「なるほど・・・。」


「・・・。」


 先程の問いを正解と見たのか先生がそんな呟きをもらす。

 そして——


「葉月さん。今日はちょっと外に出ましょう。」


 ——とんでもないことを言った。


「ふぇ?」


 理解が追いつかない。先生と二人で外に出る。男の人と二人で・・・デート?デート!?

 理解しようとしたらしたで顔がゆでたこのように赤くなる。そうやってあたふたしていると


「くくく。要は少し息抜きしましょう、ということです。」


「あっ。」


 もっと恥ずかしくなってきた。


「けっ、結構です!もっと勉強しないと——」「精神的に追い詰めても大した結果は得られませんよ。」「・・・。」


 反論したら間髪入れずに正論で返された。うぅ〜。


「行きましょうか。」


 先生が手を差し伸べてくる。

 私はしばらくそれを見つめると、その手を取ったのだった。


 それからは、色々回った。カフェに行ったりカラオケで思いっきり歌ったり、はたまた全力でテニスの勝負をしたり。負けたり勝ったりしたけど、こんなこと本当に久しぶりでとても楽しかった。


「それじゃあ最後に、僕のお気に入りの場所に行きましょう。」


「えっ。でっ、でも、もう七時ですよ。」


「大丈夫です。さあ、行きますよ。」


 先生が私の手を取り、駆けていく。

 引っ張られている形なのに、不思議と私の中に不快感や痛みはなかった。それどころか、気づいたら並んで走っており、子供のように無邪気にも笑っていた。

 ついた場所は、とある山の頂上だった。


「先生?ここは・・・?」

 

 何故だろう?どこか懐かしい感じがする。

 先生が人差し指をピンっと上に向け


「上を見てください。」


 上?疑問に思いつつ空を見上げる。すると、


「わぁ・・・。」


 思わず感嘆の声を上げた。星がいっぱいに散りばめられ、満天の星空を形成していた。

 中でも目につくのは北極星と月だ。北極星は展覧と輝いていて、月は最後の一片を埋めようとしている。 

 しばし見とれていると先生が、


「『辛い時は空を見上げてみて。貴方の道が、たとえどんなに暗くても、星はきっと貴方のことを見ている。いつどんな時でも、ね。』。」


 私の脳裏にとある情景が、ありありと浮かんだ。幼い私と男の子が遊んでいる記憶だ。どうやら私が引っ越すらしく、それを男の子が嫌がっているようだ。男の子が泣いた。「いやだ。いやだ。」と。

 それに対し、女の子は——私は言った。


「大丈夫。きっとまた会える。絶対に。約束する。」


 それでも泣きじゃくるはー君に、この時私は授けたのだ。魔法の言葉を。


「もし、辛くなったのなら夜空を見上げて。月がなくても、夜空はとても明るい。たとえ私のいない日常が暗い暗い夜だとしても、月のない暗闇だとしても、気づいてないだけで沢山の星がはー君のこと見てる。だから——」


 ——頑張って。


 そこで私の意識は戻った。どうやらぼーっとしていたのは本当に短い時間だったようだ。


「せっ、先生。今のは・・・。」


 私の問いに、先生は微笑みながら、懐かしそうに語った。


「僕に勇気をくれるおまじないです。」


 私の中で、何かが固まった。

 私は佇まいを正し、先生に向き合う。そして、


「先生。私に勇気をください。もう一度、私が私の選択肢を、母が決めたのではない、私の決めた私だけの夢を!道を!歩むために!」


 声は震えている。でも、毅然とした態度で、私は懇願した。



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