第三話 授業

「すごいですね・・・。」


 月曜日。葉月の部屋に訪れた僕は、開口一番にそう言い放った。


「理系科目全て八十点以上。しかも根本的なところが理解できてないと解けない問題もちゃんと解けてるし、解けなかった問題もしっかり部分点を取っている。そして——」


 僕はテストの一点を指さした。


「——ここはまだ習っていないところでは?僕の記憶では、二学期末の後にするはずです。」


「はっ、はい。その、面白くて、よく先々いくので。」


「それはいいですね。『好きこそ物の上手なれ』です。それじゃあ——」


 僕は前回厳選した参考書を指さし


「間違ったところを、簡単に復習して先にいきましょう。振り落とされないでくださいね?」


 

◆◇◆◇

 二週間後。


「はい。これで高三物理終了、並びに高校理系科目は終わりです。かなり急ピッチでしたけど、大丈夫ですか?」


「はっ、はい。曖昧なところはありますけど。」


 素直なのか負けず嫌いなのかわからない私の態度に、先生は失笑した。


「まっ、また笑いましたね!」


「堂々、堂々。落ち着いて。」


「私は馬ですか!」


 両手を構えムガー。猫のように威嚇のポーズをする。そんな他愛無い会話の裏で、私の心はこの二週間で、心なしかかなり軽くなった。なんというか楽になったのだ。


「今はまだ曖昧でいいんですよ。先の内容ですし、またやるんですから。」


 そう言い、先生は笑いかけてくる。心の中が、ポカポカした。何をやっても褒められた昔みたいな気持ちだ。


「来週からは他教科をします。事前に言ってもらった中で、最も伸び代が多いと思った古典からやっていくのでよろしくお願いします。」


「はい。こちらこそ。」


 そう言い残し、先生は帰っていった。


 その後、使った教材を片付けていると、一冊の本が見つかった。


(なんだろう?先生のかな?)


 見かけはとんでもなく古く、いわゆる『古文書』であることがうかがえる。タイトルは掠れていたが、辛うじて読み取ることができた。


「『時津神』・・・?」


 なんだろう。天津神、国津神は聞いたことあれど、時津神というのは聞いたことがない。


「先生が来たときに聞いてみよう。」


 私はそう心にメモをするのだった。

◆◇◆◇

 一方その頃。


 山本晴輝はとある廃神社に来ていた。色の落ちた鳥居に崩れた石段、倒れかけの石塔には時渡神社と掠れて読める。


「調子はどう?」


 突然声がした。見ると崩れた社の方から一人の女がこちらに歩いてきていた。


「別になんともないよ。時神様。」


 そう。彼女は時津神。時を司りし女神にして、時がまだ水や川に例えられる事なく、絶対的なモノ、不可侵なモノと認識されていた、古き時代に生まれた神様である。

 もっとも、現在は信仰する者が消え、自身の存在を維持するのと、二千二十一年(現在)を基準にして、十、二十年前後の時間を辛うじて管理しているに過ぎないのだが。


「ねぇ。あなたももう気づいてるんじゃない?自分の存在が薄くなってきていることに。」


「・・・。」


「まぁ、いいわ。それを承知で禁忌を破ったんだもの。せいぜい頑張りなさい。・・・あっ、そうそう。貴方が助けようとしている子の親。彼女、何かに取り憑かれているわよ。」


「何!?どういうことだ!?」


 聞き捨てならない言葉が耳に入り、質問を浴びせる。だが彼女はいつの間にか消えていた。


「くそ!」


 悪態をつき、土を蹴る。そして空を見上げた。そこには北極星が一生懸命に光っていた。しかし、それは少しずつ弱まっているように見えた。まるで風前の灯火のように・・・。


「頑張るさ。そのためにこっちに来たんだ。」


 拳を突き出し、僕は再びそう誓う。そして踵を返し神社を後にするのだった。

◆◇◆◇

「勉強はどう?」


 私はリビングに呼び出されていた。どうやら勉強の進捗を聞くためのようだ。


「進んでる。」


 私は当たり障りのない返答を口にした。しかし母はため息をつく。


「『進んでる』?進んでるじゃダメなのよ!」


 ドン!母の平手がテーブルを打つ。


「一位を取りなさいって何度も、何度も何度も言っているでしょ!次は取れるって言いなさいよ!ねぇ!」


「あんたは私の娘なのよ!何で一位が取れないの!?」


 唯唯諾々と頭を下げる私に言葉を畳み掛けてくる。気づいたら私は暗い空間にいた。軽くなったはずの心には重石がのり、体にはいくつもの鎖が繋がれている。

 まるで翼を折られた鳥のように・・・、まるで水の底で一生陸に上がることのない魚のように・・・。

 私は必死に明るい方へ手を伸ばす。しかしその手にもまた、鎖が繋がれていた。

 世界が色褪せる。白黒の世界へとなっていく。

 私は話が終わるとすぐに部屋のベットへと横たわり、目を閉じるのだった。

 

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