第二話 過去問
二人が退出した後、私は苛立ちを机や椅子といった、物にぶつけていた。
「あーもう。何なのよ何なのよ何なのよ!」
私が苛立っているのはあの家庭教師だ。
「雇い主である私に逆らうなんてぇぇー!犬は犬らしくいうことを聞けばいいのよ!」
この光景を誰かが見ていたらこう言うだろう。黒いモヤが見えると。良く見るとそれは彼女の首に下げられた、怪しく光るエメラルド色のペンダントから出ているようだ。
「気に入らないわ!全部全部全部全部!」
◆◇◆◇
「さて。葉月さんは蒼穹大学の医学部を目指しているんですよね?」
「はい。そうです。」
先生が参考書を抱えながら聞いてきた。えっ?何で参考書を抱えているんだって?
・・・遡ること十分前。
私は部屋の戸を開け、そして気付いた。気付いたことは二つ。
一つは、私が部屋に男の人を入れるのは初めてだと言うこと。
二つ目は・・・
「あっ・・・。」
(やばいやばいやばい!片付けてなかった!)
そう。私が部屋を片付けていなかったことである。
眼を部屋へと向けると、そこには足の踏み場もない見るも無惨な汚部屋が。
いつまで経っても成績の上がらない私に母が取った手段。それが今無造作に散らかっている問題集たちであった。要は『数こなせさえすれば上がるだろう』である。これが約二年前、高一の終わりから続いている。つまり・・・月約三冊だから3×24=72、答え七十二冊。それが今、床やら机の上やらに散らばっているのだ。
それを見た先生は一言。
「・・・お片付けしましょう。」
「・・・はい・・。」
そして今に至る。
「葉月さんの成績なら、このまま必要な勉強をしていったら、普通に受かると思うんですけど。」
何か違和感。なんだろう。知らないはずのことを知っているような・・・。
「えっ、ええ・・・。私もそう思うんですけど・・・。」
私は歯切れ悪く答える。それにより、深く詮索しない方が良いと思ったのか
「まぁ、取り敢えず僕の授業では理系科目中心でやっていくのでよろしくお願いします。」
と先生は言った。しかし・・・
「待ってください!」
詮索せず、放置してくれたのに『待った』をかけてしまった。しかも語気を強めて・・・。先生はキョトンとし、その瞳は説明を求めている。
私はしばらく「やってしまった」と放心したが、慌てて頭を回し言った。
「その、私。はっ、母の期待に応えたいんです。ですのでどうかお願いします。」
言ってみれば随分言葉足らずだった。先生はしばらく思案顔を作りこう言った。
「葉月さん。その期待は、押し付けられたモノですか?それとも自分から背負ったモノですか?」
言っている意味がわからなかった。いや、頭が理解することを拒否している。父が出ていく姿を背景に、ただ母しかいない、母しかいないと洗脳や執着に似た言葉が、頭の中を私の心を、呪詛のようにぐるぐる回る。
「失礼しました。では次のテストが一ヶ月後なので、この二週間で理系科目を最後まで一通りやっちゃいましょう。それからは全教科復習。テストが終わったら理解科目を、受験までもう一度します。・・・これでいいですか?」
「はっ、はい!」
先生の声で目を覚まし、咄嗟に返事をする。思い返してみたが、出来るだけこちらの意を汲んでくれた内容でほっとした。
先生はいつのまにか厳選したのか理系科目の教材を置き
「それじゃあ決まったことですし、授業を始めましょう。」
◆◇◆◇
僕はそう言い、クリアファイルからいくつかのプリントを取り出した。
「これは?」
葉月がプリントを見て、明らかに顔をこわばらせながら聞いてきた。
「模試の過去問です。今日はこの内、理系科目をやってもらいます。」
さらに顔をこわばらせる葉月。そのわかりやすい行動に、僕は思わず苦笑した。
「なっ、何笑ってるんですか!」
「いえ。あまりにもわかり易過ぎて。」
僕が笑い混じりに答えると葉月は慌てて顔を隠した。その様子に改めて顔を咲かせる僕。微笑ましいなぁ。
「はいはい。時間もないですし始めますよ。」
素直に机と向き合い、筆を取ってくれた。いい子。
「それでは数学。始め!」
僕は勢いよく宣言すると、ストップウォッチを押すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます