第一話 知らない邂逅

「ふう。来れたかな。」


 ここはとある廃神社。社には大破して久しい歴史を感じる。

 そこに突如としてある男が現れた。


「うーん。おっ。予定通り十月十九日。一月十九日の三ヶ月前。」


 スマホをいじり、こちらに合わせて確認する。どうやらちゃんと来れたようだ。


「確か・・・こっちだったかな?」


 地図アプリを起動し、僕はその場から移動するのであった。

◆◇◆◇

 コンコンコン。ガチャ。甲高いノック音が響き渡り、扉が開けられる。


「終わった?じゃあ次これね。」


 地理、国語、副教科といった、私の目指す道に必要のないものが無造作にどさっと置かれていく。


「ちょっ、ちょっと待って。あと少しだから。」


「・・・はぁ。全く。この程度を三日で終わらせられないなんて。」


 額に手を当てこれ見よがしにため息をつく母、菊池さゆり。

 そんな母に私は言い返せない。

 母は頭が良い。その上癇癪持ちなのだ。本業は医者をやっており、患者さんの前だと上手く隠すが、私の前だと一気に放出される。

父はそんな母に愛想が尽き、出ていった。私の中には父が私を裏切り、置いていったと言うことだけが残り、唯一の肉親となった母に認められたい、そんな欲望だけが渦巻く。半分洗脳のような状態だ。


「いい?貴女は次の模試で三十番内に入って、期末では学年一位を取るの。そしてそのまま蒼穹大学の医学部に行くの!」


「・・・うん。お母さん。」


 私にはもうこの人しかいない。

 そう思うと頭が痛くなる。まるで忘れるな、とでも言うように。


「それじゃあ全部。次の週末までには終わらせなさい。いいわね?」


「うん。」


「・・・良い子ねぇ、葉月は。あの人の子だとはとても思えないわ。」


「私はお母さんの子だもん。」


「・・・そうね。それじゃあ。」


 パタン。扉が閉められる。


「・・・もっと頑張らないと。」


 そう言って私は筆を走らせるのだった。

◆◇◆◇

「はぁー。全く。」


 私はパソコンと向かい合い、頭を悩ませていた。

 悩みの種はあれだ。私とあの人の不出来な娘、葉月。

 あれは父親に似て無能だった。


「あの程度もできない。高校受験には失敗した。一位も取れない。」


 ずっと一位だった私の子が無能だなんて許せない。


「もっとやらせなくちゃ。」


 そう考えていると一つのページが目に入った。


「フリーランスの家庭教師?」


 少し見てみると教育学で名高いあの月笠大学の二年生だと言う。


「これだわ!」


 私はすぐさま申し入れを行うのだった。

◆◇◆◇

 週末。私がリビングで休憩しているとお母さんが帰ってきた。


「お帰りなさい。」


「ただいま。問題集は終わったの?」


「うん。終わったよ。」


「正答率は?」


「八割弱くらい・・・」


 ドン!お母さんがテーブルを叩く。


「貴女は次のテストで一位を取らないといけないのよ?そんなことでどうするの!もっと勉強なさい!」


「はっ、はい。」


 私は立ち上がり気をつけをする。そんな私を母は一瞥すると


「はぁ。まぁいいわ。今日はそんな貴女にお客さんよ。」


「えっ?」


 驚く私を尻目にお母さんは「入ってらっしゃい。」と言った。


「お邪魔します。」


 靴を脱ぎ、入ってきたのは私と同じくらいの青年だった。

 突然のことで呆然とした。フリーズ中、フリーズ中。


「葉月!何ぼーっとしてるの!さっさとご挨拶なさい!」


「・・・っ!きっ、菊池葉月と言います。よろしくお願いします。」


 慌てて頭を下げる。それに対し青年は優しい声音で言った。


「今日から君の家庭教師をすることになった山本晴輝です。うん。こちらこそよろしく。」

 

 右手を伸ばしてくる。それを私は取り、握手をした。

 久しぶりに感じた体温はとても温かく、涙が出そうだった。

 二秒ほどして手を離し、必死に涙に堪える。

目が滲みそうになる中、二人の会話が聞こえた。


「それで僕は週何回授業をすればいいのでしょうか?」


「毎日でお願い。」


「・・・いやそれは流石に。せめて週三で。」


「はっ?あんた家庭教師でしょ?私があんたを雇ったの!言うことを聞きなさい!」


 出た。お母さんの癇癪。お母さんはずっと一番だったせいか娘の私が一位じゃないのが不満らしい。自分中心に世界が回っていると思っているようだ。テストのたびに癇癪が起こる。私が一位じゃないから。でも、いくらなんでも身内でもない人に


「・・・横暴すぎるよ・・。」


 私の声はお母さんの山本先生を責め立てる声にかき消される。


「はっ!やっぱりフリーランスのところなんて信用できないわね!あの学歴も嘘じゃなくて!?」


 スッと山本先生が何かを取り出した。


「身分証明書です。これでいいでしょう。」


 お母さんはそれを胡散臭そうに見る。私としてはこれでもっと激化しないか不安だった。


「なるほど。たしかに娘さんの成績向上を願う気持ちはわかります。では、『月火水木金の学校が終わってから二十二時まで』、というのはどうでしょうか?」


「・・・フンッ!いいわ!妥協してあげる。でもその代わり今日授業して帰りなさい。いいわね?」


「そうですね。僕も本格的に始める前に葉月さんがどのくらいできるか見てみたいですし。・・・ああ、代金に関しては月に一回こちらの口座に振り込みをお願いします。」


「わかったわ。それじゃあさっさとお願い。」


「ええ。行きましょう、葉月さん。」


「はっ、はい!」


 そうして私は先生を伴って、自室へと向かうのだった。

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