第10話 ブラッドブレッド
もそもそとパンを頬張る。
パンというか小麦粉を水で練って焼いただけの、パンと呼ぶにも烏滸がましい硬い物体だ。
唯一の救いはジャムがある事位か。
素焼きのこれをそのまま食わずに済むのは本当にありがたい。
しかし――
「やっぱり、塩分欲しいな…… 」
思わず心の声が零れ出た。
タラン村に来て早三日。
口にするのは薄味の野菜粥に今食べているパンもどき、それに干し肉と干した果物のローテーションだ。
余りにもメニューが少なく、食事がもの寂しい。
その為、思わず塩分だけでもと心の声が漏れてしまったのだ。
「すいません。倉庫に仕舞って置いたものがミノタウロスにやられてしまって。村で収穫できて大量に保存できている物以外は全滅状態なので、暫くはこのままで――」
俺の呟きにカイルが申し訳なさそうにする。
客人である俺を持て成せない事が心苦しいのだろう。
「ああ、いやいや。気にしないでください」
塩は貴重品だ。
この村は海からは遠く、また岩塩等も近くで採れない。
その為定期的に村々を回って来る商隊から購入するしかないのだが、此方の足元を見てかべらぼうに高いらしい。
観光地のレストランや缶ジュースが糞高いのと同じ理屈なので、まあしょうがないっちゃしょうがないのだろう。
そして高額故、個人単位ではなく村全体で管理していた事が仇となってしまう。
共通の保存庫をミノタウロスに破壊されてしまったこの村では、今塩が全くない状態に陥ってしまっている。
しかもそろそろ雪が降って来る時期なため、商隊は雪解け後の春までもうやってこないそうだ。
春まで塩無しとか、きっついわぁ。
ていうか塩分無しで大丈夫なんだろうか?
普通に病気になりそうなのだが。
「あの……」
塩なし生活に不安を覚えていると、カイルがおずおずと声をかけてきた。
その遠慮がちな態度から、何か俺に頼みごとがあるのだろうと察する。
魔法使いの俺に頼むという事は、恐らく荒事関係だろう。
「実は狩りに行こうかと思ってまして……」
狩りか……村を滅茶苦茶にされたこの村の人々は、怯えから村の外に出ようとしない。
ミノタウロスは俺が倒したわけだが、他に居ないという保証がない以上、誰も村から出たがらないのは仕方がない事だろう。
その為、現状では新鮮な果物や肉が手に入らない状況だった。
困ったものだ
冷静に考えれば、もう一匹いた場合、たとえ村に居ても全然安心できない。
何せ一匹目には村ごと襲われているのだから。
まあそれでも、外よりは
俺もいるし。
「それで、出来れば勇人さんにも手伝って頂ければと……」」
「分かりました。俺でよければお供しますよ」
勿論、俺は一も二も無く快諾する。
肉や魚のバリエーションが増えれば、少しは今のさもしい食卓に彩が加えられると思ったからだ。
それに、暫く厄介になる腹積もりでいるからな。
バンバン貸しを作っておかないと。
少しの貸しで長居できる程、俺の神経は図太く出来ていないのだ。
「ありがとうございます!」
カイルが満面の笑みで俺の手を両手で握る。
「これで塩分の問題も何とかなりそうだ」
塩分?
狩りと何の関係が?
俺が訝しんで首を捻っていると、俺の様子に気づいたカイルが説明をしてくれた。
「血ですよ。動物の血には塩分が含まれているんです。多量という訳ではありませんが、それでも今の状況なら喉から手が出るほど欲しい物です」
「血か……って、まさか生で飲むの!?」
「いえ、流石に生で血を飲んだりはしませんよ。煮固めて保存しておいたり。小麦に混ぜて焼いたりといった感じでしょうか」
血入りのパンとか、すっげー不味そうなんだが。
正直あんまり口にはしたくないが、生きる為には致し方ない事か。
俺は覚悟を決め、狩りへと同行する。
あーでもやっぱ血で赤く染まったパンとか食いたくねー。
テンションダダ下がりだよ。
早く現代日本に帰りたい。
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