第9話 DIY
「先ほどは失礼しました」
「いやいや、気にしてないよ」
カイルは囲炉裏に掛けられたヤカンを持ち上げ、磁器製のコップへと湯を注ぐ。
「どうぞ」
渡されたコップは茶色の液体で満たされ、中から謎の匂いと湯気が立ち昇っていた。
俺はそれを一嗅ぎし、顔を顰める。
何だこの臭い?
凄く……土っぽい。
良く言えば大地の力強い香りと言えなくもないが……正直口にする気がしないんだが。
飲まなきゃダメ?
「あのー、これはなんて飲み物なんですか?」
「これはジーナという葉を使った飲み物です。薬湯として口にする物なんですが、ご存知ないですか?」
当然知らん。
て言うか、薬湯かよ。
客に振る舞うなら普通の茶だろうが。
薬湯とか何の嫌がらせだ。
だが折角振る舞われた物に口も付けないのは失礼かと思い、頑張って一口啜る。
うん、土。
誰が何と言おうとこれは土の味だ。
予想していた通りの味に、逆にホッとしてしまったわ。
「お口に合いませんか?」
合うわけねーだろ。
こいつは俺の口を何だと思ってやがる。
まあダイレクトにそれを伝える度胸は俺にはないが。
「ええいや、そんな事は……」
「すいません。薬湯では無く、普通のお茶を出せれば良かったのですが……保存してた物が全て駄目になってしまっていて。白湯では流石に失礼かと考え、せめて薬湯でもと思ったのですが」
「ああ、どうぞお気になさらずに」
せめてもの気遣い。
そんな風に言われたら残すわけにもいかず、俺はクッソ不味いのを我慢して飲み干す。
幸いな事に味はあれだが、不思議と後味が悪くないのが唯一の救いだった。
俺は一息付き、気になっていた村の事について尋ねてみる。
「やっぱり、被害は酷いんですか?」
部屋を見回す。
壁の一部が崩れており、そこに
どう見ても最低限の雨風を凌ぐ為の苦肉の策――その場しのぎ――以外の何物でもない。
村に入った時、ぱっと見酷い感じだとは思ったが、どうやら村全体が想像以上の有様の様だ。
何せ客人を持て成す家がこの有様だからな、他がどうなっているのかは容易に推察できる。
「元々村には50人程住んでいたんですが……残ったのは先程いた者達だけで……」
あの場にいた12人が生き残りの全てか。
想像以上に酷い被害に、俺は思わず顔を顰めた。
「サヤの様に、森へと逃げた者もいるかも知れませんから。ひょっとしたらもう少し生き残りがいるかも知れませんが……」
現段階で帰ってきていない様なら、それも期待薄だろう。
カイルの表情がそう物語っていた。
しかし森に逃げ込んだか……まさか俺の魔法で牛と一緒に塵になってねぇだろうな?
ミノタウロスを始末する時、かなり広範囲を吹き飛ばしてしまっている。
嫌な想像が頭を過り、思わず顔を引きつらせてしまう。
「しかし納税が済んでいたのが不幸中の幸いでした。倉庫も大分やられていますが、それでも冬は何とか越えられそうです」
カイルは沈痛な面持ちで、淡々と村の状態を口にした。
死んだ遺体は放置すると、強い血の匂いに釣られて肉食獣等が寄ってくる。
そのため遺体は簡易的な墓に纏めて埋められ、今は血の跡を皆んなで急いで綺麗にしている所らしい。
「柵も結構な箇所が壊れているので、早く何とかしたいのですが……」
俺の相手をしてる暇があったら、早く作業に戻りたい。
そんな心情なのだろう。
まあ其処までは思ってないかもしれないが、早く作業に戻りたいのが本音に違いない。
「あの、良かったら俺もお手伝いしましょうか?」
「え!?」
カイルは驚いた様な表情を此方へと向ける。
驚く様な申し出ではないと思うのだが、そんなに予想外だったのだろうか?
「本当に良ろしいのですか?」
「働かざる者、食うべからずと言いますからね」
俺はサラの命の恩人ではあるが、それだけだと暫くこの村に留まってタダ飯を食らうには弱く感じる。
それに可能な限り、この村で世界の情報を仕入れたい。
その為にも、出来るだけポイント稼ぎをしておかなければな。
「さっき言ってた柵の話なんですけど、俺の魔法なら急ごしらえで代わりの物が用意出来ると思いますよ」
「ほ、本当ですか!」
「ええ」
マッドマニピを使って土の壁を作れば柵の代わりにはなるだろう。
まあ所詮只の土だから、雨風には弱い。
そう長くは持たないだろうが、所詮急ごしらえだ。
何ヶ月か持てば充分だろう。
それだけ時間があれば、本格的な柵の補修をする余裕も出来る筈だ。
「さ、流石は魔道士様。それでは早速。お願いしても宜しいですか」
「任せてください」
カイルに連れられ、柵の壊れている部分に案内された俺は、早速魔法で柵の穴埋めを行う。
「マッドマニピ!」
周りの柵に影響が出ない程度に外側の土を大きく抉り、土を固めて柵と繋がる様壁を立てた。
その様子を見てカイルが「おおっ!」と感嘆の声を漏らす。
それに気分を良くした俺は鼻歌交じりに次々と柵を補修して回り、日が暮れる頃には全ての箇所の補修を終えていた。
「いや、本当に有難うございました」
「初めて見たけど、魔法ってすげーな」
「魔道士様が来てくれて本当に良かったですよ」
鍋を囲む村人達が。次々と俺を
それを俺は、適当に笑って返しておいた。
なんて……言うか照れ臭いのだ。
何せこんなに人に感謝されたのは、生まれて初めての事だったから。
俺は湯気の立つ碗を手渡される。
それは野菜っぽい物と、豆がふんだんに使われた粥だった。
俺は木の匙で掬ってふーふーと息を吹きかけ、少し冷ましてから口へと運ぶ。
うん、微妙。
塩気がないせいだな。
野菜の苦味等が薬味代わりになって其処まで不味くはないのだが、やはり塩味がないと物凄く味気なく感じてしまう。
とは言え、腹は減っているのでガツガツと勢いよく平らげた。
空腹は最高の調味料とはよく言ったものだ。
初めて狩った鳥の時は全然仕事してくれなかったが、今回は大活躍してくれている。
お陰で今一だったにも関わらず、3杯もお代わりしてしまった。
「ご馳走様でした」
眠い。
腹一杯食べると急激に眠くなる。
きっと慣れない森の中を長時間歩いたせいだろう。
まだ少し早いが、睡魔には勝てそうもないので寝床を借りる事に。
寝床は先程カイルに薬湯を出された家だ。
目を閉じると同時に、暗い闇の中に意識が静かに沈んでいった。
タラン村生活1日目。
柵を直す。
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