第11話 狩り

ガサガサと音を立てながら、先頭を歩くカイルが鉈で藪を切り払い進む。

俺は彼の後ろに付いて歩いているのだが、顔や体に草や枝が当たって不快極まりない。

流石に鉈で軽く払った程度では、快適に進むとはいかない様だ。


これで虫がいたら地獄だったに違いない。

今が冬近くで本当に良かった。


「おっと……」


急にカイルが立ち止まったため、俺は危うくぶつかりそうになって声を上げた。

すると振り返ったカイルが口元に人差し指を立て、静かにしろのジェスチャーを俺に向ける。


「少し先に熊がいます。見えますか」


小声で呟くカイルの指さす方を見ると、確かに熊の様な獣の姿が木々の合間から垣間見えた。

かなり大きい。

体長は3メートル近くあるのではないだろうか?


「でか……」


「ええ、大人ですね。本来なら武器を使って10人以上で狩りを仕掛ける獲物ですが」


あんな巨大な熊に槍や斧で仕掛けるなど、俺から見たら自殺行為でしかないのだが……

彼らの村では毎年数頭、その方法で熊を狩っているらしい。

村人恐るべしだ。


「勇人さん、お願いします」


ここには俺とカイルしかいない。

当然、あれを狩るのは俺の仕事だ。


「分かりました。パラライズ!」


俺の手からバチバチと雷光を纏う光の玉が放たれ、高速で飛んでいく。

それは熊へ触れた瞬間弾けて眩い閃光へと変わり、腹の底に響く様な重低音と振動を辺りへと撒き散らした。


直撃した熊は少しふらついたかと思うと、ゆっくりとその場で横倒しに崩れ落ちる。

だが死んではいない。

麻痺させただけだ。


今使ったのは麻痺の魔法。

生け捕りにしたのは、出来る限り新鮮な状態を保つためだった。


普通に狩りをすると傷口から菌が入り込み、血は直ぐに腐ってしまう。

血液中の塩分が主目的なのに、腐らせてしまっては元も子も無い。

その場で調理加工する訳にもいかない以上、腐らせず持ち帰るには生け捕りが一番という訳だ。


これなら腐る事は絶対ない。


「お見事!流石です!」


カイルの口調は本当に凄いと言った感じなのだが……30年間純潔だった証だと考えると、素直に喜べない自分がいる。

まあ熊を狩るという目的は果たしたし、さっさと帰るとしよう。


「獲物も手に入りましたし、帰るとしましょうか」


「そうですね。では勇人さん、お願いします」


「……へ?」


「ん?」


お互い不思議そうに顔を見合わす。

一瞬何のことか分からなかったが、カイルのお願いしますは熊の運搬についてだと気づいて狼狽える。


「あー、いや。その……」


熊を狩る事で頭いっぱいで、その後の事まで考えていなかった。


目の前に寝転がる熊を見る。

軽く数百キロはありそうだ。

こんな巨体を二人で持ち帰る等まず無理だろう。


勿体ないが、この場で熊を解体し持てる分だけ持って帰るしか……


「申し訳ないんですけど、運ぶ手段がなくてですね……」


「え?飛行魔法を使われるとサラから聞いています。それで運ばれるとばかり思っていたのですが、駄目なのですか?」


おお!

飛行魔法か!


カイルに言われて思い出した。

確かにあれなら熊でも運べるかもしれない。

少々寒いが、熊に包まる様にすればそれだってきっとそれ程酷くは無いはずだ。


「あー、確かに。少し寒いですが、飛行魔法なら運べるかもしれませんね」


俺は早速、エアフライで熊とカイルを連れて上空へと飛翔する。

熊の重さは特に気にならない。

これなら余裕だ。


「凄いですね。体がふわふわとしてて……」


カイルはおっかなびっくりと言った表情で、周囲を見渡す。

サラに聞いたとは言っていたが、聞くのと体感するのでは別物だからな。


俺は彼が落ち着いた所で、熊が冷風の壁となる様に前方に配置して村へと舵を取る。

寒いには寒いが、やはり大きな風よけがあると全然違う物だ。


次から飛行魔法を使う時は、この手で行くとしよう。

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