3 芹沢たくみ
スマホを触るのは苦手だ。LINE、電話帳、メモ帳といった最低限のアプリしか入れていない。橘に画面を見られた時は「さみしい心が表れているみたい」という失礼な評価を受けた。連絡手段が付いている目覚まし時計兼電子メモ帳として考えている。
だからずっとスマホを触っている人は一体何をしているのだろう、とたまに気になる。SNS? それともゲーム? はたまたニュース、動画? どちらにせよ時間が無駄になっているような気がして、僕はあまり気が進まないのだった。
ブルルッとポケットの中でスマホが震える。僕のスマホに通知が来るときはパターンがある。一つ目はスパムメール、二つ目はアラーム。今回は三つ目のパターンみたいだ。
『あたしを置いていくとはどういう了見をしているのか』
シャーッ! と猫が威嚇しているスタンプも送られている。
『そこまでしてあげる義理、僕と橘の間にないでしょ』
『昨日のこと』
『それは千円でチャラってことで』
電源を切った。夏休み初日の午後くらい自室でゆっくりとさせて欲しい。
ボーっとしていると考え事も夏の暑さに溶けていくみたいだ。ついでに体も溶けてしまいそうなほどに暑い。扇風機を回してはいるけれど焼け石に水で、汗が少しずつにじむのがわかる。
自室でボーっとするのも図書室にずっとこもるのも、健全な男子高校生としてどうなのだろうか、という感覚に襲われてくる。仮にも夏休み、本来なら青春真っ盛りのはずだ。それがどうだ。課題をして教師に雑用を押し付けられて、それでいいのか高校生。
よくわからない思考が浮かんできたので、たまにはそれに従ってみることにした。
昼間の外出には外出届は必要ない。自転車をこいで適当に町に出る。もしかしたら彼女がいるかもしれないけれど、そんな二度目の偶然はないだろうと不安を振り払った。
目的も決めずにふらふらと自転車をこぐ。カラオケから出てくる他校の生徒が見えた。四人で固まって何かおもしろいことでもあったのか、笑いあっている。ああいうことがしたい。けれど僕に友達は……いないわけではないけれどあんな風に笑い合えるような仲の人は一人もいない。それが僕という人だった。
仕方のないことだと思う。
自転車を走らせる。町の景色は今日も変わらず、しかし道行く人の表情は浮かれが混じっているように感じる。人というよりは、中学生や高校生といった学生たちの顔。それが全体の雰囲気と重なって見える。
暑いので適度なところでサイクリングもどきは切り上げて、書店に入った。本を特別読む方ではないけれど、書店は何故かクーラーが適温であることが多い。休憩しながら本を物色するのも悪くはないだろう。
十五分ほど本棚を見た後、結局何も買うことはなく外に出た。自転車のサドルがすごく熱くて触れた瞬間火傷するかと思うほどだった。たった十五分でこれなら一時間放置した日には目玉焼きくらい出来てしまうのではないか。
先ほど見かけたカラオケに入るのはどうだろう、と思ったが僕はもっぱら手拍子を叩く側で、自分で歌うことができる歌は数えるほどしかなかった。行っても狭い部屋に一人で余った時間を考え事して潰す羽目になる。
「暇だ……」
さすがに夏の昼間、太陽真っ盛りの中で走れるほど酔狂な趣味は持ち合わせていない。となると本当にすることがないのだった。川まで行って水切りでもするか? という小学生レベルの遊びが選択肢として浮かぶほどに暇になっている。
長い休みは暇なだけ、そうなるとイヤでも自分のことについて考えてしまうから、とにかく何かをして気を紛らわせたかった。
映画を見る、ということを思いついたのはちょうど映画館の前に来たときだ。
学生割、それに何かしら曜日により割引のようなものが発生するようで、だいぶ格安で見ることが出来るらしい。見たい映画があるわけじゃないが、足を運んでみてもよさそうだった。
「B級、サメ、アニメ続編、普通の……くらいか」
公開されているラインナップは悪くない。どれを見ても退屈はしないだろう。よしんば退屈な映画だったとしても退屈だったということが話のネタになる。
何も考えたくなかったため、何か映像が派手そうなB級映画のチケットを買って椅子に腰を降ろす。入場時刻まではまだ時間があるようだ。垂れ流されるいろいろな映画の予告を見たり、近くのガシャポンの減りの偏りを見たり。こうしていると意外と変なことに気が付くもので、今恋愛映画の入場案内があってから入っていった二人組は同じ学校の人だという無駄な知見を得た。
もし他のクラスメイトだったらこんな情報をSNSに上げることがあるのかもしれない。生憎スマホの電源は切っているし、どうせ映画館に入るのだから付けて、また切り直してというのも手間だ。そもそも僕はそういう噂話があまり好きな方じゃない。
「…………」
静かに入場のアナウンスがあるまで待った。アナウンスがなっても僕以外に動きを見せる人はいなかった。平日の昼過ぎ、しかも明らかに内容が空っぽだと思われるB級映画。
わかってはいたことだけれど、入場してもシアターには僕一人しかいなかった。見たい映画のときなら『今日は僕一人なのか、ラッキーだな』となるが、こういうタイプの映画だと『僕一人だけなのか……』という謎の落胆に襲われる。
映画泥棒や観賞中のマナーの映像を見ながら、高校二年生の夏ってこれでいいのかな、なんてことを再び考える。もっと悩むこととかやるべきことはないの? 何て、名前のない誰かに聞かれているようで落ち着かない。
そういうことを考えないために映画館に来ているのだ、と思考を切った。
再び思考が戻ったのは映画館を出た後のこと。日の傾き加減で今がだいたい午後四時くらいであることを悟る。夕方になってもおかしくない時間帯、しかし明るさ的にはまだまだ昼間、という感じだ。
「うーん……」
見終わってみれば、思わずそんな声がこぼれてしまうような映画だった。超大作を謳っている割に展開はどこかで見たことがあるもの。それは王道ということでいいのだけれど、パニックシーンが多くて肝心の中身がすっからかんだった。何も考えずに派手な映像を浴びる、という点では満点の、そんな映画。
考えずに「うわーすごいなー大変だなー」という感じで見られたのでよかったと思う。そういう目的で見た映画なのだから。面白い映画なら誰かと見に来ればいい。一人でしか見られない映画というものにもきっと価値はある。
寮までの帰り道はそんなくだらないことを考えて、自転車のペダルを強く踏み込んだ。
〇
そんな暇な日常を過ごしていれば、あっという間に四日という時間は過ぎてしまう。ついに寮に新しい生徒が来る日になった。橘、清水も朝から少し様子が違っていたし、態度の大小はあれど気にしているのだろう。
瞬く間に午前中は過ぎた。課題を進めてはみたが、あまり手が付かなかった。早めに昼食を済ませて、時間に遅れないようにする。さすがに初対面の生徒相手にわざと遅れるわけにはいかなかった。
指定されていた場所は寮の入口前、そこの陰になるところでセミの声をBGMにしながらひたすら時間を待つ。
十三時きっかり、その人物は担任に連れられて現れた。
目の前に彼女が立ったとき、風がふわりと吹いた。その風に艶やかな黒髪がなびく。柔らかで澄んだ、黒に塗りつぶされた瞳はまっすぐに僕の瞳を見据えていた。
ぺこり、とお辞儀をして彼女は話し出す。
「今日から寮に入ることになりました。一応転校、ってことになるのかな」
何もかもが既視感にあふれた目の前の女子生徒は、しかし見慣れた制服を着ているという違和感を着ていた。そんな彼女は顔を上げて名を告げる。
「芹沢たくみです。これからよろしく、あいくん」
「……よろしく、たくみ」
新しく入ってくる寮生は、僕が忘れようとしていた幼なじみだった。
『知り合いか? なら私は邪魔なだけだな。二人で見てこい。天野は終わったら一応私のところに報告に来ること』
それだけを残して担任はさっさと職員室に帰ってしまった。仕事があるのか、逃げたのか、僕たちに気を使ったのか。もし最後が正しいなら、それは完全に余計な気遣いだと言わざるを得ない。
寮の前に二人、残された僕たち。どうしたものか、と口を開きかけたとき、先に彼女から仕掛けてきた。
「びっくりした? あのときは町の下見に来ていたんだよ」
「そうだったんだね」
とりあえずこっちから行こうか、と先導して歩き出す。たくみは隣に並んできた。自分の制服が落ち着かないのか、あちこちをつまみながら話しかけてくる。
「新しい制服、半袖だから慣れないなぁ。一昨日くらいに見てもらったけど、前の学校は七分丈だったからさ。何かスースーする」
「僕は七分丈の方が珍しいと思うよ……あ、ここが食堂」
「広いね。私もこれからここでご飯食べるのかぁ」
「普段は十五人くらいいるから、結構手狭なんだけどさ。夏休みでだいたいの人は帰っているから」
「そうなんだ」
「うん。……で、こっちが女子寮で、あっちが男子寮。一応言っておくけど、男子寮に入ったらあの先生から叱られるだけじゃすまないから気を付けて」
「間違って入っちゃうかもしれないね。気を付けないと」
「一回目くらいは許されそうだけど、わかんないな。下手したら共犯って思われそうだ」
「それは迷惑だよね。本当に気を付けるよ」
「そうしてくれると助かるよ。学内は見た? 見てないなら案内するよ」
「じゃあお願いしようかな」
寮から学校内までの道を歩きながら考える。
正直、自分でも驚いている。意外なほどにたくみと普通に話せていた。一度のニアミスで耐性が付いていたのかもしれない。ここで初対面だったら、僕は逃げ出していただろう。
「どこのクラスか、もうわかってる?」
「二のAって言われたよ」
「なら僕のクラスと同じか……二階の一番手前、ここだよ」
「何だか、新しいところに来たみたいだよ。同じ教室なのに、全然違う感じがするよね」
「学校によって色が違うから」
実際新しいところだし、という言葉は飲み込まれた。突っ込みのような形になってしまうことを避けたかった。
「あと職員室と体育館……理科系の教室回ればだいたいは大丈夫かな」
少し移動する。一階に降りて、渡り廊下を歩いた先に体育館がある。相変わらず運動部が大きな声で練習をしていた。むわっとした熱気がここまで伝わってくるようだ。
「言わなくてもわかると思うけど、体育館。屋内競技はここでやってる」
「何かすごい賑わってる。ね、少し中見ていっても大丈夫かな?」
「いいんじゃない。もう転校手続きは済んでいるでしょ?」
「うん」
「ならうちの生徒なんだし、何も問題はないと思うよ。問題があるなら先生が先に言ってくれているだろうからさ」
そう言うと彼女は「ありがとう、行ってくる!」と、タッタッタという足音を響かせて小走りで体育館の中へと入っていく。それを見届けた後、一息ついて壁に背を預けた。気づかないうちに気を張っていたみたいだ。幼なじみ相手に、気を張っている。その事実が僕から僕への当てつけみたいだった。
目を閉じて少し考える。気を張らない方がおかしいか、と思い直すことにした。久しぶりに会う昔の知り合い、距離感を測りかねていても何もおかしくはない、はずだ。
たくみの態度を考えると、もしかしたら何も気にしていないのかもしれない。けれどそんな希望的観測に縋れるほど僕は楽観的にはなれなかった。のんき、なんて言われていても根はこうだ。時間にルーズなのはそうあった方がいいかと思っているだけだし。
しばらく夏の喧騒に耳を澄ませていると、再びタッタッタと、今度はこちらに近づいてくるリズミカルな足音がした。
「お待たせ! ごめんね、待たせちゃって」
「いや、いいよ。気になることがあったらそうやって動いた方がいい」
「それじゃあ次の教室、よろしくお願いします」
「次は……生物室かな、近いのは」
歩き出すと隣にすっとたくみが来る。後ろから付いてこられるよりは幾分かやりやすい。
「私、生物室ってなんだか怖く感じちゃう。標本に生きている感じを感じないっていうか」
「少しわかるかもしれない。僕はまあ、元々生き物が苦手なんだけどさ」
「鳥とか魚とか、苦手だったもんね」
「そうだね」
窓から差し込む光が、薄暗いはずの廊下を明るく照らしている。理科系統の教室はどうしてこう暗がりというか、学校の隅にあるのだろうか。
「右が生物室で、左が物理室。たくみは選択どっちなの?」
「文系だから生物だよ」
「じゃあ物理室は覚えなくていいかもね。記憶容量の圧迫になる」
「隣なんだからイヤでも覚えちゃうよ」
くすくすと笑うたくみを見て、よくわからない感覚が体に走る。ピクリと体の動きに緊張が走ったが、幸いにも彼女には気づかれていないみたいだった。
「あとは図書室くらいかな」
「どっちにあるの?」
「さっき通ったけど、帰ったときに寄った方がよさそうだと思ってね。こっち」
理科系の教室が並ぶ廊下を引き返し、途中で道が別れている方へと向かう。少しだけ歩いたその先に図書室があった。
「デカくて本が多そうだね……今日はこの後って何かしなくちゃいけないこと、あるかな」
「いや、たくみはないと思うけど……」
「じゃあここにいようかな」
フラットな声。記憶が正しければ、たくみは本が好きだったはずだ。確かにうちの図書室は少し大きい。図書館ほどではないけれど普通の高校にしては多い方だ。覗いていこうというのもうなずける話だった。
「とりあえずこれで、だいたいの場所は案内し終えたと思う」
校内全部を回るのに三十分もかからない。話しながらだったから時間が多少かかったが、まあ許容範囲内だろうと思う。
「普通の学校なんだね、ここって」
校内図を見ながらたくみがそう呟いた。
「逆に何だと思っていたのか、聞きたくなるよ」
「都会の学校だからって、少し身構えちゃってたかも」
「本当に普通だよ。何もない、普通の高校。生徒は大人しい人が多いと思うけど」
一応うちの学校はこの県の中で偏差値が高い方に属する。不良なんていなければギャルもいない。校則は緩い。ただし締めるべきところはきっちり締める。そんな、ありふれた普通の学校。強いて言えば寮の存在と学費が安いことくらいだ。
「うん、普通だ。……あいくんの態度は、少し普通じゃないけどね」
「……普通でしょ? どこがおかしいっていうのさ」
「だって、目を見てくれない」
きゅっと、首を絞められたような錯覚に陥った。
「あのときどうして走っていったの? 今日のこと、話しておきたかった」
声のトーンから表情がわかる。たぶん、浮かんでいる表情は疑問。
「久しぶりに会ったからさ、どうしていいかわからなかったんだ」
「……そうなのかな?」
声のトーンは落胆。浮かんでいるのは疑念。
これ以上話していてもたくみにイヤな思いをさせることは目に見えていた。
「先生に報告してくるよ。もし寮の場所がわからなかったら、職員室に行けば教えてくれると思うから」
「うん、わかった。じゃあまた後でね、あいくん」
「また後で」
図書室に向かうたくみの背中を見送った後、振り返らずに職員室に向かった。
「案内、終わりましたよ」
「おお、ご苦労だったな。これは報酬だ」
ひょいっと投げられたものを反射的に受け取る。ブラックコーヒーの缶だった。僕は苦いものが得意じゃない。敢えて飲むこともあるから別にいいけど。
「ありがとうございます。それで、どうして僕だったんですか?」
「ん? どういうことだ?」
本当にわかっていないのか、首を傾げる担任。説明不足だったかなと思って言葉を付け足す。
「橘とかじゃあダメだったのかな、と思って。同じ女子同士だし、そっちの方が何かといいんじゃないかと、僕は考えたんですけど」
「橘は内向的な性格だ。清水はぱっと見たときの印象がよくない。そして天野と芹沢は面識がある。どう考えても天野が適任だろう」
「いや、そう言われればそうかもしれないですけど」
橘に任せられないのは、自分で言っておいてだけどわかる。だが清水に任せられない理由が悲しすぎる。そこはきっちりと判断基準に入れていくあたり、ある意味見方が平等だ。見た目も人の印象を決める要素の一つ、それを除外するのはかえっておかしな状態を生み出しかねない。
「そういうことだよ」
他にも私は仕事があるんだから、と半ば追い返されるような形で職員室を出た。クーラーの効いた職員室から廊下へと出る瞬間の何とも言えない気持ち悪さといったら。
廊下の窓から見える澄んだ空と浮かぶ入道雲を眺めながら、ブラックコーヒーに口を付ける。
「苦いな」
顔をしかめながらグイッと缶を傾けた。
気付けば地元の通学路にいた。
「あいー! 速くしないと置いていくぞー! 秘密基地教えないぞー!」
五人しかいない同じ学年の生徒、その中心にいた彼の名はなんだっただろう。皆ナオと呼んでいたけれど、確かそれは本名と関係のないあだ名だった気がする。
「あいくん、走れる?」
「僕はもう無理だ……先に行っててたくみ……」
走って学校に行こうという遊びだった。ド田舎だから走る、石を蹴る、外に出るくらいしか遊びがなかったのだ。テレビゲームもあったけれど、皆はそれよりも体を動かす方が好みのようだった。
「んー、まあ皆朝に強いからね」
その言葉が示す通り、たくみはその遊びに参加せず普通に歩いていた。もう一人の女子もうんうんとうなずいてたくみに同意している。要するに男子三人のバカな遊びだ。
「バカ元気に付き合う必要ないのに。体力そんなにないよね」
ニコっと笑いかけられたその意味を察する。正直これでも結構きついのだけれど、僕は出来ると信じてくれているみたいだ。心を見透かされているみたいだった。
「そう言われると……意地でも行かなきゃいけないと思うんだよね、男子はさ」
朝から持久走みたいな走りをする理由なんて、女子相手にかっこつけたいから。それ以外にないのだ。ナオともう一人は結構遠くまで行ってしまっている。追い付くのは骨が折れそうだ。
「あいくんもめんどうくさい性格だよねー」
「ねー」
女子二人の余計な言葉は聞こえないふりをして、頑張って前の二人に追いつけるように走った。思えばこのときから自分のズレを自覚していてしかるべきだったのかもしれない。
足を踏み出す。じゃりっと舗装の甘い道と靴が音を立てる。そんなリアルな足の感触を疑問に思いながら走り出した。
走れども走れども、背中は大きくならない。後ろを振り返れば確かに彼女たちとの距離は遠くなっているのに、決してナオたちとの距離も縮まらない。こんなに走って、汗も、汗?
そこまで考えたところでああ、これは夢なのかと自覚する。サイダーの泡のようにすぐ弾けて消えてしまう夢。
足を止めて彼ら二人を見送る。ゴマ粒のように小さくなっていく背中はその内見えなくなった。どこまでの真っすぐに走っていくその先には、きっと何もない。僕が見なければそこには何もないのと同義だ。
「あいくん」
立ち止まっていると後ろから声がする。彼女の甘く、優しい声。問い詰めるわけでもなく、淡々とその声は僕を突く。
「どうして走らないの?」
ぴぴぴ、と。スマホの着信音で目が覚める。あたりを見回すと自販機。その前にある休憩スペースにいた。欠伸を一つ。こんなところで寝てしまうなんて、橘のことを注意できたものじゃないな、と自嘲した。
まだ頭はしゃっきりとしていないが、とりあえず義務感に駆られて電話を取る。
「もしもし」
『もしもし、あいくん? やっと出てくれた』
「……たくみ? 番号は教えてないと思ったけど」
「寮の場所忘れちゃって迷ってたから。先生に言ったらあいくんの番号教えてくれたよ?」
何でそうホイホイ教えちゃうかな……まあ寮生だし連絡取れない方が不便だし、理屈としては当然連絡先を教えなければならないのだけど。折を見てこっちから切り出そう、と考えていたのが馬鹿らしくなってくる。
「とりあえず、今どこにいるの?」
「職員室の前だよ、さっきの先生と一緒にいる」
「わかった。そっちに向かう」
通話を終了すると、ぷつと糸の途切れるような音がスマホから鳴った。
迷うような構造でもないと思うのだけれど、さて。別にどうだって構わないからさっさと職員室へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます