第三話《傷(若気の至り)》

 高校一年の夏。

 その日は、梅雨の時期にもかかわらず、じめっとせず、湿気のない暖かな空気がそこら中に漂い、

 それでかつ、風がどこか涼しい、そんな気候だった。


 そんな、最高の日に、僕はある女子に告白した。ずっと昔から好きだった幼馴染の女の子、カスミに。


 高校の校舎裏、運動部の掛け声や金属音、笑い声から泣いた声まで、いろんな音に囲まれながら、僕は彼女を待っていた。


「ごめん。待った?」

「あ、い、いや。今来たとこ。今」


 僕的には、息を吐くように嘘を紛れ込ませたつもりだったが、彼女はその嘘に気がついたのだろう。

 ふふっと笑って手をモジモジさせた。


「何時間前にも来てたんでしょ? 

 もう、何年一緒にいたと思ってるの?」


 カスミは嬉しそうな表情を浮かべる。


——15年


 僕と彼女が共にした時間。長いようで短い、でも、最高の15年。


 カスミの頬に朱が差す。何かを察したように、あたりをキョロキョロし、息を整えた。


「あの、その、、なんていうか。

 私をここに呼んだのは、なんで、なの?」


 彼女は身を捩りながら僕のことを見つめる。

 本当に可愛い。ファンクラブがあるという噂が立つくらいだから、主観ではない。まじで可愛い。外見だけでなく、内面が特に。


「ぼ、僕と付き合ってください!」


 僕は唐突に、大声で叫ぶ。言う、言うと決めていたセリフを。


 文脈なんて関係ない。僕は彼女へ気持ちを伝えた。


 心臓のバクバク音と、真っ暗な視界だけが、僕に広がる。

 そんな中、彼女の微笑み声が聞こえてきた。


 彼女の瞳は輝き、潤っていたように思う。


「は、はい! よろしくお願いします!」


 幼馴染の一歩先の関係。

 普通の恋人とは違う、特別な関係。


 そう、甘い甘い僕たちの日常が始まる。そう僕は確信していた。


 冷や汗と、火照りが混じり、暑く寒い感覚に襲われた。

 僕は、この時幸せだった。この時までは。


 ★ ★ ★


 告白から、三日後、学校で噂が広まった。


 あの微妙な隠きゃ男子と学校随一の美少女が付き合った、と。


 僕とカスミが一緒にいると、その周りには大きな人集りができた。

 

 僕がカスミに「一緒に帰ろう」と誘うと、口笛やらなんやらで僕たちは囃し立てられた。



 一週間後、僕たちの晴れ晴れとした生活に黒い雨雲がかかる。


 カスミは罰ゲームで付き合ってるのではないか、脅されているのではないか、と皆が噂し始めた。


 仕方ないと言えば仕方ない、ビジュアル、性格、頭脳、何もかも釣り合っていないのだから。


 でも、彼女は「そんなことないよ。私、本気で好きだから!」そういつも言ってくれた。言ってくれていた。


 それなのに僕は、彼女と距離を置くようになった。


 今思うと、告白したあの日から、僕たちの関係は少し遠くなってしまった。


 嫌われたくないと思い嘘をつく。愛されたいと思い気を使う。


 僕たちの関係は斜め45度、ずれていたように思う。進めば進むほど離れていく、そんな一本道を間違っているとわかりながらも進み続けた。



 二週間後、噂は減ったが僕の周りには彼女しかいなくなった。


「あいつ気に食わない」


 と、皆が口を揃えて、僕に言う。


 あんなに可愛い彼女に冷たくするなんて許せない。ひどいことをしてるに違いない。あいつは最低だ。


 僕は何を言われてもよかった。彼女に矛先が向かないのなら、悲しまないなら、それでよかった。 



 半年後、冷たい風に乾いた空気。渋い色が似合う季節、秋になった頃。


 彼女は才色兼備、高嶺の花。そういう言葉がよく似合う少女だ。そんな彼女は僕には相応しくない。そう、考え始めた。

 

 何もかも違っていても、愛する気持ちは同じだと思っていた僕は、もうそこにはいなかった。


 気がついたときには、僕は彼女を避け、学校の帰りに誘うことはなくなり、話すことも少なくなっていた。



 一年後、高校二年の春。僕は、彼女の友達から呼び出された。

 学校の校舎裏、あの場所で。


「サイテー‼︎」


 その一言とともに、僕は頬を思いっきり叩かれた。


「もう彼女には会うな。彼女を苦しませるな」


 その言葉を聞いた時、彼女への恋も愛も何もかもが消え去った。


 僕のせいで、僕がいなければ、僕が告白しなければ。


 彼女に会わなければ。

 

 彼女を悲しませることはなかった。


 彼女を悲しませたくない。それは、表向きの感情で、実際はどうだったのか。わからなくなっていた。


 その日から何かが変わってしまった。

 僕の中で何かが切れてしまった。


 学校は遅刻気味に、席替えでは端っこに、グループ分けでは仲間外れに。

 この世界に僕の居場所はなかった。

 誰かにいじめられたわけでも、彼女に振られたわけでもない。自分からダメな方へと進み、一人になっただけ。自業自得。弁解の余地もない。


 春から夏までの、三ヶ月程度。


 電車の中でも、学校の教室でも、家でも。ことあるごとに空を見るようになった。


 空を見ていると一日があっという間に終わるから。

 人生のリミットを進められるから。

 僕は空を見る。


 そんな生活をしていたある日のこと。


 僕はなぜか電車を飛び出し、涙か、雨か分からない状況の中、妖精のような女子高生に出会った。


 切れた何かは紡がれ、乾いた心に小雨が降っていた。

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