『悪霊まみれの彼女』番外編
繋がらざる回線の備忘録 ―アクスタの遠き影―
今日は土曜日。
当然、高校は休みである。
だが、剣道部に所属する一戸は朝練のために登校しただろう。
薄暗い時間に起きて鍛錬とは尊敬に値する、と和樹は思う。
いや、『
しかし、過去の自分の生き方を知っても――同じ生き方は出来ない。
過去と違わず自らを律して精進する一戸は、やはり凄い。
「ふぇあぁ~……」
和樹は大あくびをして、再び毛布を被った。
前期の中間試験も終わり、学校祭準備前のひと時だ。
敵との戦闘の合間――剣士に休息は必要だ、と自分に言い聞かせる。
こういう時こそ、竹刀を借りて素振りでもすべきだろうが、独学で得るものは無いだろう。
――うつらうつらしていると、スマホのアラームが鳴った。
時間は午前七時。
アラームを止め、寝覚めの悪い体を起こし、リビングに行く。
母の沙々子は、満面の笑顔でダイニングテーブルに朝食を並べていた。
ご飯、モヤシと豚肉の炒め物、豆腐の即席味噌汁、野沢菜の漬物、お茶が並ぶ。
「和樹、おはよう! 今日は頼むわね!」
沙々子は出勤日で、退社予定時刻は午後四時半。
買い物をしてから帰宅する予定だ。
「おはよ、母さん……でもさぁ……」
和樹は浮かない顔で、席に着いた。
――事の発端は、二日前の夜の九時を回った頃。
ノートPCのメールをチェックしていると、沙々子宛てのメールが届いていた。
アイドルグループ「ブリリアント少年」のファンクラブ会員メールで――
『土曜日午前11時から、事務所所属タレントのアクリルスタンドを数量限定販売』
『1個1250円。1種類につき2個まで購入可』
『販売開始と同時に開く専用ページにて、発送先の登録が必要』
……等々の注意書きがある。
ともあれ、沙々子が飛び付いたのは書くまでもない。
「うおっしゃあああああ! マキナくんのアクスタ買うぞおおぉ!」
すぐにクレカを和樹の前に置き、当日の購入を頼む。
和樹は、メールのリンク先の購入サイトを開いてみたものの――
「母さん……何も表示されないよ。画面、真っ白」
「えー? 何も見れないの? アクスタの見本も?」
「うん。アクセス殺到でサーバーダウンしてるんじゃないかな」
――この時点で、和樹は嫌な予感がした。
この事務所は多数のアイドルグループを抱えている。
ファンのアクセスが殺到したなら、サーバーダウンは無理からぬことだ。
「どーしよ、母さん。何か、繋がる気がしない……」
「もう! 土曜日は休みでしょ? 頑張ってよ、和樹ぃ~」
沙々子は、両手を握って腰をフリフリする。
これも親孝行、とばかりに和樹は渋々うなずく。
メールによると、ファンクラブ会員以外も購入できるようだ。
上野たちも動員すれば、何とかなるかも知れない――と、淡い期待を抱く。
「はぁ? アクリルスタンド? 何ですか、それは~?」
翌日――教室でアクスタの件を話すと、上野は大げさに首を捻った。
月城と一戸も知らないらしく、仲良く『への字口』をする。
すると、話を聞いていた中里
「知らない? アニメファンにも人気のグッズだよ。手で持てるサイズで、キャラの立ち絵を印刷した透明スタンド」
「着せ替え人形みたいモンか?」
「うん。漫画誌の付録にも付いて来た。ヒロインのスタンドと着せ替え服セット」
「変わった物が流行ってるんだな…」
一戸は目を丸くする。
エンタメには無縁の暮らしを送る彼だが、察しは早い。
「つまり……俺たちに、代理購入の協力をしろと? でも、俺は部活で無理だ」
「いいよ。僕が協力するから。マキナって人のを買えばいいんだね?」
中里が立候補し、和樹は『拾う神』に手を合わせる。
「頼むよ。すでにヤバイ状況だ。今朝も繋がらなかった。検索すれば、アドレスは判ると思う」
だが――それまで黙って聞き入っていた月城は顔を少し
「……アクセスする人数が増えたら、余計に繋がらないんじゃないか?」
――確かにそうだ。
だが、ワラにもすがりたい和樹は深々と拝む。
「そうだけど……お願いします、月城先生」
「いいけど……お前のお母さんには、世話になったし」
月城は、カレーライスの恩に報いようと思ったのか――承諾してくれた。
こうして、上野・月城・中里の3名を確保した。
久住さんと蓬莱さんは巻き込みたく無かったから、この件は話していない。
が……向こうの女子グループの口からも「アクスタ」の言葉が出ている。
その近くに座っていた久住さんと蓬莱さんは……こちらをジッと見ている。
母が応援するアイドルを二人は知っているから――バレたっぽい。
和樹は観念し、カメのように首をすくめた。
――やがて迎えた土曜日の午前10時50分。
ミゾレは、カーペットの上で横向けに呑気に寝ている。
「ナシロくん、全然繋がらないよ」
久住さんは真っ白い画面を示す。
蓬莱さんのスマホ画面も同様だ。
何度アタックしても、白い画面ばかりが輝いている。
和樹のPCモニターも、一向に白から抜け出せない。
蓬莱さんは、早くも諦めモードで呟いた。
「発送先の登録さえ出来ないなんて……無理っぽくない?」
「うん……」
和樹は『F5』キーを連打するが、真冬の如き情景は変わらぬまま、午前11時を迎えた………。
――30分もすると、中間報告が和樹のスマホに届き始めた。
【 おい、まったくページが開かねーぞ 】
【 全然繋がらないよ。まさか売り切れた? 】
【 少し時間を置いた方がいいんじゃないか? 】
【 すまん。兄貴と出かけるからリタイアする。おばさんによろしくな 】
【 ごめん。塾に行くから、また後で 】
【 ひと休みする。昼食後に再開する 】
――それらに吐息しつつ、感謝しつつ、3人にお礼の返信をする。
誰ひとり御来光の影すら拝めないとは、想定以上の大激戦だ。
やがて午後1時を回り、和樹も音を上げ、久住さんたちに謝る。
「……ごめんね。付き合わせて。本当にごめん。あとは、僕ひとりで頑張るよ」
「……じゃあ、帰るね」
「頑張ってね……ナシロくん」
ミゾレを連れ、二人は微妙な表情で家を出て行った。
蓬莱さんは、久住さんの家で録画していたドラマを観てから帰るらしい。
上野たちはともかく、彼女たちに時間を費やさせてしまったことは不覚である。
そもそも、ファンクラブ会員以外が購入できるシステムが間違っているのだ。
友人たちを動員したことを棚に上げ、和樹はブツブツ愚痴る。
――独りになり、味気なく『F5』キーと格闘していると、一戸からメッセージが届いた。
【 家に帰った。まだ買えてないか? それなら協力する 】
【 頼むよ! ありがとう! 】
和樹は歓喜した。
さすがは、我らがリーダーの『
が、一戸も1時間半後には敗北宣言を発することになるのだった――。
その日の
しかし、箸を掴む和樹の指は重い。
目もチカチカする。
「ごめんね~。友達まで巻き込んじゃって。みんなにパンでも奢ってあげてね」
沙々子は、申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「和樹。もう、やめよう。こんな状態じゃ、買えない人が多そう。そのうち、再販するかも知れないから。後片付けの手伝いはいいから、ゆっくりしてて」
「うん……数学の復習でもするよ。点数、あんまし良くなかったし」
和樹は笑って見せるが、心は涙雨だ。
苦労を掛けている母への親孝行と思い、友人たちまで動員して成果ゼロ。
正直、ここまでの争奪戦になるとは思わなかった。
落ち込みつつも、部屋に戻り……母には内緒でリベンジに挑む。
PCを起動し、アクセスするも……やはり画面は見慣れた白い世界だ。
何十度目かの溜息を画面に吹きかけ、『F5』キーを押し続ける。
すると――スマホの着信ランプが点滅した。
確認すると、相手は月城である。
【 発送先の登録キーは押せた。しかしその先から進まない 】
(……駄目かぁ……)
月城の頑張りに敬意を表しつつ、SNSをチェックする。
やはり、買えないファンが大多数のようだ。
PCの電源を落とし、和樹はベッドに転がった。
今日、敵が現れなかったのは幸いと思う。
急激な眠気に襲われ、知らぬ間に眠りに落ちていた――。
その頃――
「……繋がらない……」
夜の読経を終えた宇野笙慶氏は、本日最後のチャレンジをする。
たまたま甥っ子に電話すると――
その母親は、想いを寄せる女性である。
何としても、それを手に入れてプレゼントしたい――。
「
笙慶氏はポソッと呼ぶ。
沙々子さん、と呼ぶのは余りにおこがましい。
彼女の亡き御夫君の魂の無事を祈りつつ、事故の後遺症で痛む腕を庇いつつ、PCの『F5』キーを連打する。
寺の消灯時間まで、あと1時間――。
――結局、和樹の周辺では誰ひとり購入画面に進めずに販売は終了した。
そして2日後の火曜日。
このアクリルスタンド購入騒動は、エンタメニュースとして世に紹介された。
土・日に渡ってアクセス出来ない状況が続き、買えたファンはごく僅か。
アクリルスタンドは、ネットオークションにてボッタクリ価格で売買されるだけの怒りの結末となった。
が――その日のうちに、アクリルスタンドは秋にファンクラブ会員限定で受注再販する、とのファンクラブメールが配信された。
和樹が、上野たちに平身低頭したのは言うまでも無い――。
そして人知れず参戦した宇野笙慶氏以外の全員が、謝礼の購買部のパンにありつけたのであった。
―― おわり ――
◇◇◇
【 後書き 】
私の体験談を元にしたセルフパロディです(^_^;)
最初から、会員限定で売ってくれよ……。
土曜日のうちに売り切れたと思い、日曜日には参戦しませんでしたが……。
結局、アクスタ専用販売ページが見られたのは月曜日でした。
某事務所の、どのファンクラブに入ってるかは、秘密です(*'ω'*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます