第70話 寒空の下に深みある香り

 婚約したギャルと初めて向かえるクリスマスイブ。

 あの日から三日間、俺達は特に関係の変化を周囲に知らせず、友人達にはクリスマスに打ち明けると決めた。

 そして今日の菜摘なつみは高校の終業式なので、午前中の内に帰宅予定。俺は貸してるマンションの前にて、スマホを片手に帰りを待っている。


 二人で出掛ける為には悠太ゆうたを預ける必要があるけど、幸いこの日は麗奈れいなさんが休みだそうで、子守りをお願いした。

 だがそれ以上に重要なのは、菜摘との婚約を認めてもらう事。それと今夜はみんなで食事をしようという提案。どちらも拒否されるだなんて思ってないけど、やはり緊張はする。


 そうこうしている内に菜摘が帰ってきた。

 

「マサくーん! おまたせー!」

「おう、おつかれ。学校は名残惜しいか?」

「ぜーんぜんっ! ずっと冬休みが楽しみ過ぎたし、今日は特にワクワクしてるっ!」

「可愛いヤツめ。んじゃ部屋に行こうか」

 

 四十崎あいさき家の前に着いてインターホンを押すと、息子を抱えた麗奈さんが出てきた。珍しくちゃんと服を着てるし、その表情はどことなく大人の風格が出ている。いや元々立派な母親なんだけど、普段の下着みたいな格好に見慣れると、どうも違和感が。

 快く上がらせてもらった部屋はしっかりと片付けられ、女性二人がいるせいか、ほんのりといい匂いがするのも俺の部屋とは違う。

 

「マサくん、大まかな内容はなっちゃんから聞いてます。ちゃんとヨリを戻せたのよね?」

「ご心配お掛けしました。これまで以上に菜摘を大切にすると誓います。それから不躾ですが、菜摘の卒業後に入籍したいと考えております。娘さんを頂いてもよろしいでしょうか」

「あらぁ、私が寂しくなるわぁ。いい人を我が子に持っていかれてしまうなんてー」

「ちょっとママ! 何言ってんのガチで!?」

「冗談よぉなっちゃん。正義まさよしさん、私の大切な愛娘を、どうかよろしくお願い致します」

 

 予想通り反対される事はなく、夕食の約束も結ばれた。

 制服から着替え終えたギャルは暖かそうなセーターにキレイめのコート、マフラーと手袋まで替えて準備万端。玄関を出た時にはロングブーツも装着し、普段より目線が近い。と言うかもう立派な大人の女だな。

 

「あれ? マサくんマフラーしてないの?」

「そこまで寒くないかなぁと思ってな」

「じゃあ先に渡しちゃお。はいこれ! あたしからのクリスマスプレゼントだよ!」

 

 バッグから取り出された紙袋は丁寧にラッピングされていて、言われるままに開けてみると、フカフカのマフラーが入っていた。

 

「もしかしてこれ、菜摘の手編みか?」

「このぐらいなら友達としてでも平気かなって、結構前から編んでたの。変じゃないかな?」

「ありがとう、めっちゃ嬉しいよ! 

 上手にできてるし、早速着けてもいいか?」

「もちろん! その為に渡したんだよ!」

 

 俺の彼女が女子高生なのに、家事スキルも気遣いも完璧で、尚且つ可愛くて最高過ぎる。ギャルは好みじゃないとか思ってた自分はどこへやら。


 二人で歩く駅までの道程では無論手を繋ぎ、何も言わずに右手の手袋だけ外してくれていた。冷たく乾いた空気の中で、左手から伝わってくる菜摘の体温は、より一層心地良さを覚える。

 俺はこの小さな手を守りたいと何度も思った。でも今は守られている気さえしてくる。嬉しいような誇らしいような、なんか隣にいるだけでニヤけてしまうな。

 

「どしたのマサくん? ママに結婚を許してもらえて嬉しくなってきた?」

「それ以前に今が充実してるよ。全部吹っ切って自分が堂々としてれば、見える世界も違ってくる。俺の彼女はいい女だろって自慢したくなってくるよ」

「そ、それはちょっと恥ずいし……嬉しいけど」

「まぁ、なんだ? 出逢いから劇的だったけど、色々あった結果が今なら、俺の人生も捨てたもんじゃないなって思ったわけだよ」

「なんか物語の最終回みたいな言い方だけど、あたしも一段落ついた気分だよ。まだ半年ちょいなのにね」

 

 ハッピーエンドの香りを漂わせながらも、始まったばかりのクリスマスを満喫する為、電車へと乗り込む。正午間近のイベント日ともあれば当然混雑していて、密着するカップル達に紛れ込むように、俺の懐にも菜摘の頭が。

 初デートの時は気恥ずかしさで距離を保っていたのに、現在のゼロ距離はむしろ安心する。


 目的地に着いてすぐに昼食を済ませ、華やかな巨大ツリーやショッピングを堪能した。

 楽しげにはしゃぐ菜摘を見ている最中、不意に背後から声を掛けられる。

 

「あれ……? もしかして玖我くが先輩!?」

「ん? ――げっ、山内!」

「マサくん、この人知り合い?」

 

 デパート内で偶然鉢合わせた男は、よりにもよって蓮琉はるの見合い相手だった後輩くん。破談にさせてから一度も会ってなかったけど、この状況はまずいのではないか?


 目を泳がせながら言い訳を探す俺と、キョトンとして見つめてくる二人。俺の様子を見兼ねてか、菜摘から愛想良く挨拶をし始めた。

 

「はじめまして、四十崎菜摘です。お二人はお友達同士なんですか?」

「あ、はじめまして。山内やまうち純平じゅんぺいと申します。玖我先輩には同じ大学でお世話になりました」

「え、お前純平って名前だったの?」

「それはさすがに酷くないですか先輩!?」

「ごめん、苗字しか覚えてなかったから……」

「それよりこちらの四十崎さんが、五影いつかげ社長がおっしゃっていた、先輩の本当の彼女さんなんですね」

 

 穏やかに話す山内の言葉に、俺は思わず耳を疑った。

 蓮琉との関係を成立させない為に偽の恋人まで演じたのに、あの親父さんは馬鹿正直に真実を伝えたと言うのか?

 何故わざわざややこしく拗れそうな事を……? 

 まさかもう一度見合いをやり直す為になのか?


 動揺を隠しきれない俺は、裏返りそうな声を必死に鎮めて、山内に問い掛ける。

 

「それを知ったお前は、今度こそ蓮琉ちゃんを手に入れるチャンスだと思ったわけか?」

「残念ながらそうはいきませんでした。つい先日蓮琉さんとお話する機会を頂いたのですが、今の私には玖我さんしか見えませんので――とハッキリ告げられてしまいました」

「そ、そうか。蓮琉ちゃんがそんな事を……」

 

 結局山内は同僚達とやるクリスマス会の為の仕入れに来ただけで、残りの仕事があるからとさっさと立ち去って行った。菜摘にも事情を説明したけど、柔らかく微笑むから俺には理解不能である。


「もー、あたしの未来の旦那さんはモテモテだねぇ〜」

「恋人としては、少なからず焦るとこなんじゃないか?」

「もしハルちゃんが本気で迫ってきても、マサくんがあたしを選ぶのは決定事項でしょ?」

 

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そのギャル、100万円で買います。 創つむじ @hazimetumuzi1027

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