第69話 そのギャル、結婚したい宣言

「本当にどうした菜摘なつみ

 なにか変なもん食ったのか?」

「だって結婚までしちゃえば、いくら七種さえぐささんでも文句言えないじゃん」

「なんだよそのぶっ飛び理論」

「二〇二二年に法改正されて、女性も十八歳にならないと入籍出来なくなるから、あたしも再来年まで結婚出来なくなるよ?」

「急に現実的な内容に……。てか君が卒業するまで待つって言ったよね俺?」

 

 てっきり冗談だと思ったのに、どうやら本気ですぐに結婚したいらしい。まぁ経済的には全く問題無いし、菜摘の主婦スキルも問題無い。

 弊害があるとすれば、七種に何を言われるのかというところと、世間の目。


 何度だって言ってやるが、菜摘は女子高生でギャルだ。そして俺はアラサーになるオッサンだ。

 人生決めるのは当人達である事は間違いない。だけどそれなりの覚悟が必要である。

 このギャルはその辺りも考えているのだろうか。

 

「最初は待っていられると思ったんだ。でもさ、マサくんの彼女でいるのって結構大変なんだなって、改めて分かったんだよね」

「確かに苦労かけてる自覚はある。でも本当にこれでいいのか? 君の人生最大の決断を、俺を横取りされない為だけに下していいのか? 俺としてはやぶさかではないけど……」

 

 諭すように言った俺に対し、菜摘は少し光らせた目を下に逸らして、なんだか深刻そうな雰囲気を醸し出している。

 もしかして俺は彼女からの本気の逆プロポーズを、子どもの戯れ言みたいに躱してしまったのだろうか。これが七種の言っている、年齢差による無意識下での子ども扱いなのか? 


 俺は菜摘をどうしたい。明希乃あきの蓮琉はるちゃん以上に優先してきた菜摘を、結局のところ可愛い年下として守りたいだけなのか、それとも人生の伴侶として共に生きたいのか。


 静かな部屋の中で、一番よく聞こえるのは悠太ゆうたの立てる寝息の音。口を閉ざしていたギャルは突然俺の頬を両手で挟むと、そのまま引き寄せて唇を重ねた。

 

「菜摘……泣いてるのか?」

「もうあたし、自信ないよ。ゆっくり時間を掛けて一緒になろうって思ってたけど、マサくんはきっとみんなの意見を聞いちゃうでしょ? 七種さんと会う度に罪悪感が湧くでしょ?」

「それは……否定は出来ないけど………」

「優しいのも大変だったのも知ってる。でもそれにつけ込もうとする人より、ホントにあたしを選んでくれるって自信が持てない! 持たせてもらえないんだよ、マサくんに……」

 

 切ない表情を見せた菜摘に息が詰まりそうになって、俺はその細い身体を力強く抱き締めた。


 これまで俺はなんて愚かな迷いを抱いていたのだろう。信じて受け入れてくれてたこの子をことごとく不安にさせ、横槍にも一理あるからと耳を貸していた。

 でもそうじゃないだろ。菜摘はずっと俺だけを信じてくれた。色んな部分を褒めて好きだと言ってくれた。

 俺はそんな彼女を裏切っている。菜摘以外の意見に左右され、挙句の果てに女子高生だからとストッパーをかけている。


 そりゃ割り込みたくもなるよな。こちらが隙だらけなんだから。

 

「ここじゃなんだから、リビングに行ってソファーに座って話さないか?」

「うん……」

 

 移動した俺は菜摘を座らせると、まず真正面から謝った。これまでの曖昧な態度と、年の差を理由に悩んでしまったこと。

 膝をついて全てを謝罪し、もう迷わないと約束した。

 

「ごめんねマサくん。変にプレッシャーかけちゃったよね。ちゃんと待ってるから、そんなに力まなくてもいいよ」

「すぐに結婚は出来ない。君の学生生活に支障が出てしまうから。だから今は婚約という形でどうだろうか。また今日から恋人同士に戻って、卒業後には嫁さんにするって誓う」

 

 俺達の今後に影響する重大な宣言を、こんなにさらっと口にしてしまうとは。でもさっきの菜摘が本気だとすれば、俺はそれに対してギャグみたいな返答をしてしまったのだが。


 俺からの提案を受けたギャルは、数秒間キョトンとした後、涙を拭きながらおどけた顔で話し始める。

 

「やだー。あたし卒業まで待てないし!」

「えぇ? これでも誠意が足りないか?」

「そりゃ今までのマサくん見てたら、また誰かになんか言われて悩みそうだなぁーって思うじゃん! 絶対無いって言える??」

「それはその……善処します。じゃなくて、もう菜摘以外見ない! 約束するから!」

「じゃあ、もう関係を進めようよ。あたし初めてだし、マサくんが色々教えてよ……」

「え……? ちょっ、いきなり??」

 

 頬を染めつつ、ブラウスのボタンに手を掛ける菜摘。その光景にただただ戸惑っている俺。

 いやおかしいだろ。まだ夕方にもなってない明るい時間に、唐突にソファーの上でおっぱじめるとか、ギャルの初体験にしてもガバガバ過ぎるシチュエーションだ。


 本能が先走りかける中、なんとか理性を保った俺は、はだける下着を隠すように菜摘の手を抑えた。

 

「待ってくれ菜摘! 結婚の約束はしたけど、こういうのは焦ってやる事じゃない。家には悠太だって居るんだし、もっと、その……良いムードになった時とかに取っておこう」

「……あっははははっ! やっぱマサくん紳士だよねー! 止めてくれなかったらどうしようかと思ったよ! けっこうはずいし」

「おま……、俺を試してたのか!?」

「したいっていうのは本気だよ? マサくんがノリで動いてないか確かめただけー」

 

 なんか拍子抜けしてしまった。重苦しい雰囲気で必死に訴えてくるから、相当思い詰めてしまってたのだろうと考えていた。

 蓋を開けてみれば普段通り幼さの残るギャルで、でもとことん真っ直ぐに見てくれる愛情深い女性。知れば知るほど魅力が溢れるし、あのきめ細やかな肌に顔をうずめてみたい――ではなく、もっと堂々と触れ合える距離に居たい。

 今度改めて麗奈れいなさんに挨拶に行かなきゃな。

 

「そーだマサくん。クリスマスはみんなでって約束しちゃったし、イブだけでもふたりで過ごそっか。恋人っぽく出掛けたりして!」

「それがいいな。不安にさせてたお詫びに、菜摘の好きな所に行こう。プレゼントもなんだって選んでいいぞ」

「じゃあマサくんへのプレゼントはあたしだね! 今度はお金払わなくていいよ!」

「おい! その言い方は心外だぞ! 俺が君を私欲で買い取ったみたいじゃないか!」

「うそうそー。でもあたしがプレゼントっていうのは、なんだかんだ嬉しそうだね!」

「軽々しくそういう事を言うんじゃない!」

 

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