第68話 ギャルと過ごすゆったりした日に

 クリスマスまであと四日。窓から差し込む強い陽射しが、エアコンの暖気よりも爽やかな暖かさに感じる午後、俺は膝の上に幼児を乗せてパソコンに齧り付いていた。

 七種さえぐさに予定を聞いたところ、年末のこの時期は休める時間が無いらしく、菜摘なつみを含めた三人での話し合いの日程も決まらないまま。


 ごちゃごちゃした感情を鎮めたい。そんな思いは自然と癒しを求めて、悠太ゆうたの面倒を見る事でそこそこ叶った後、小説サイトでラノベを読んでいるのである。

 元々作品に触れるのは好きだし、学生時代はファンタジー全開の世界観に浸る事で、日常の煩わしさを忘れたりもした。まさか寝息を立てる子どもを抱えて、没頭する日が来るとは思っていなかったけど。

 

「今日から授業時間短いって言ってたし、そろそろあの子らも帰ってくるかな?」

 

 書斎から持ち出したノートPCをリビングで使っているから、他の部屋の生活音がよく聞こえる。

 さすがに地上二十階のこの部屋だと、通りを歩く人の声までは届かないが、下の階やエレベーターの音までは完全に遮断出来ないのだ。まぁテレビがついてるだけでも、かき消されて気にならないレベルではある。

 

「ただいまーマサくん。

 ゆうちゃんと仲良くやってるー?」

「おかえり菜摘。この通りよく眠ってるよ」

「ホントだ。座ったまま寝ちゃったの?」

「あぁ。ここで子ども向けの動画流してたら、気付いた時には可愛い顔でな」

「この部屋あったかいもんねー」

 

 幸せそうに弟の顔を覗き込むギャルは、快眠を邪魔しないように、優しく頭だけを撫でた。そんな姉弟の様子、いや、主に姉の浮かべた笑顔に、俺まで幸せな気分になってくる。

 

蓮琉はるちゃんは一緒じゃなかったのか?」

「今日は用事があるから、直接帰ったよ」

「そうなんだ。みんな年末付近は忙しいな」

「まぁ色々あるだろうからねー。それよりさ、マサくんはなに読んでるの?」

「あぁ、ラノベだよ。ネット小説ってやつ」

「へー、珍しいね。ん? これが題名? 異世界? 英雄パーティでスローライフ?」

 

 読んだ事ない人の反応は、それが正しいよな。俺も最初は要素多過ぎて混乱したし。

 

「流行りの異世界転移モノだよ。これは主人公が、転移した異世界で最強の魔王を倒して、その時の仲間達と一緒にのんびり暮らす話」

「魔王と戦う話じゃなくて、倒したあと?」

「ぶっちゃけこの主人公強過ぎなのよ。だから冒険シーンは序盤でサクッと終わって、そんな主人公を尊敬してた仲間達が、更にメロメロになってくのが本筋」

「あー、だからその絵には美少女ばかり描かれてるんだ。ハーレムってやつね」

 

 なんの前知識も無い相手に説明してると、結構恥ずかしくなるなこれ。

 確かに表紙も挿し絵も美少女だらけだし、チート能力使って平和を維持するのも、全て可愛いヒロイン達への好感度上昇に繋がる。その現実離れした描写と展開が爽快で、なんか癖になるんだよな。

 

「マサくんもそうなりたいの?」

「え? 俺はハーレムルートは目指してないよ」

「でも実際マサくんって、ネットでよく言われるラノベ主人公だよね。能力も資産もあって人が良いから、無自覚に異性に好かれるし」

 

 結構理解してるじゃないかこのギャル。と言うかネット飽和状態の現代高校生って、オタク感皆無な層にも、一般常識みたいにそういう単語出てくんのかよ。俺の時代ならアキバ系とか言われて、ある程度棲み分けされてたぞ。さすが世界規模の日本サブカル文化。

 それにしても、菜摘からの俺の印象、ちょっとまずくないか? 否定出来ないのもまずいけどさ。

 

「それに関してはなんと言いますか、俺もそんなつもり無くスキルを身に付けた感じで……」

「とりあえずさ、ゆうちゃんベッドに寝かせない? ずっとその体勢はつらそうだし」

「あ、はい。そっすね」

 

 俺の寝室まで悠太を抱え、ゆっくりとベッドの上に降ろした。どんな心地好い夢を見ているのか、とても穏やかな顔をしている。

 リビングに戻る為に振り返ろうとした瞬間、背中からふんわりとした柔らかな感触に包まれた。

 

「菜摘? ついてきてたのか」

 

 それは不意に抱きしめてきた菜摘のぬくもりで、胸部に回された腕には、少しだけ力が入っている。

 一緒に来ていたとは全然気付かなかったし、状況がイマイチ飲み込めない。

 

「どうした? 悲しい事でもあったのか?」

「……そろそろ限界かも」

「限界? なんの限界だよ?」

「マサくん成分が足りない……」

「ちょ、君はラブコメヒロインかよ!?」

「友達だから、くっつくだけでもダメ?」

 

 俺だってずっとこんな風にイチャつきたかった。でも七種からすれば、人生のパートナーを選ぶ段階の俺の行動と考えるなら、子どもとして見てしまう菜摘では相応しくないという。

 とは言え、今この鼓動はとてつもなく高鳴っていて、理性を保つのもやっとの状態。この想いを七種にも証明してやれたらいいのに、図ったかのように予定が組めない。

 もうあの人のことなんて関係無しに、よりを戻しちゃっていいかなこれ。

 

「なんて言うか……俺も男なんだよね。好きな人に密着されると、その……ね?」

「前にも言ったけど、あたしはマサくんを選ぶって決めてるから。七種さんも似たようなこと言ったかもしれないけど、あの人を傷付けるとしても、あたしを選んで欲しい」

「……そうだな。明希乃あきのだって散々悲しませてきたのに、傷付けるのは今更だよな」

「それともやっぱり、ラノベみたいなハーレムがいい? みんなに好きって想われたい?」

「違うって。てかそもそも、ラノベ全部がハーレム展開ってわけでもないって!」

「でもさっきのやつ、ハーレムじゃん」

 

 え、なに? もしかしてギャルちゃんに火が点いた元凶って、俺が読んでたラノベ?


 徐々に細腕に込められる力が強くなり、俺はそれにそっと手を添えた。

 少し前までよく触れ合っていたはずなのに、なんだかものすごく尊く感じて、一方的な今の体勢では満足いかない。背後で切なげな声を出す彼女を、今すぐにでも俺だけのものにしたい。

 

「菜摘、ラノベはあくまでも妄想だ。現実と混同するほど、俺もアホではない」

「じゃあ結婚しよ?」

「いやそれご都合主義展開!!」

 

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