第65話 変わらなくても気付きはあった

 エネルギッシュで自分に正直な性格の、陸峰りくみね明希乃あきのという人間に惹かれた時期があった。俺には無い視点や発想を持ち、一緒に居て飽きなかった。

 だけど余裕が無かった学生時代の俺にとって、彼女の豊か過ぎる感情にはついていけなかったのだろう。付き合い始めてしばらくした頃には、彼女の支えにすら足並み揃えなくてはならない気がして、疲れてしまっていた。だから俺から別れを切り出したのだ。

 その時も真顔で涙を流していたけど、すぐに切り替えて、明るく振る舞う彼女に安心したのをよく覚えている。だから友人としては崩れずにいられた。

 今目の前にいる明希乃は、当時と同じ顔をしている。本心を押し殺しながら、俺の為に強がっている。それを都合の良いように捉えていた俺は、正真正銘のバカだ。そして明希乃もお人好しのバカだ。

 

「自分よりも俺なんかを優先してしまうお前が、バカ以外にあるか?」

「……仕方ないじゃん。惚れた方が負けなんだよ。なんで君なのかはわかんないけど」

「たしかにな。せっかく見た目は美人なんだから、他に目を向ければ引く手数多だろうに」

「一番見て欲しい人に届かないなら、ちっとも嬉しくないけどね……」

 

 一瞬走馬灯のように蘇る記憶が、彼女の儚げな表情に、より一層重みを上乗せする。しかし自分の気持ちにはハッキリと区切りがついた。

 

「ありがとう。明希乃の気持ちは素直に嬉しいよ。菜摘なつみと別れた甲斐があった」

「はぁ!? 別れた!? なんで!??」

「友情と好意の違いを自覚する為だよ。七種さえぐささんに言われて気付いたけど、投げっ放しの優しさが同情みたいになって膨らんだのかなとか、色々と考えちゃったからさ」

「それこそあの人の思う壷だって! 君と菜摘ちゃんはしっかり想い合ってたじゃん!」

「あぁ、それも今になって確信出来た。明希乃の事は友達として好きだけど、菜摘を想って苦しくなるこの気持ちとはまた違うらしい」

「……まったく。中学生かっての」

「お前には酷な事してるよな。嫌われても仕方ないけど、俺はお前と友達であり続けたい」

「ばーか。そんなんで嫌いになれるんだったら、こんなに苦労してないって」

 

 最後に見せた明希乃の笑顔は、ようやく表面化した本心だと感じる。そんな切なげな表情なのに、俺はホッとしてしまうのだった。


 翌朝。当たり前にきていたギャルからのメッセは無く、別れを告げた手前、こちらからも送れずにモヤモヤしていた。

 いつもみたいにPCモニターと睨めっこしていると、静寂を壊したのはインターホンの音である。まだ昼前だと言うのに、一体誰なのだろうか。

 

蓮琉はるちゃん? どうしたの?」

「すみません。居ても立ってもいられなくて、早退してきちゃいました」

 

 画面に映る慌てた様子の黒髪少女を部屋に招き、落ち着かせながら話しを聞いた。

 

玖我くがさん、やっぱり私は納得出来ません」

「菜摘と別れた事か。君とも向き合う為の手段なんだけど、君にそう言われるとはな」

「私の願いは玖我さんと菜摘ちゃんの幸せです。菜摘ちゃんがツラい思いをするのなら、私はちっとも嬉しくありません!」

「そっか。そんなに菜摘の事を考えてくれてありがとな。俺も嬉しいよ」

「話しを逸らさないで下さい!」

 

 いつになく凄い剣幕で詰め寄ってくる蓮琉を、俺は冷静に見つめてしまう。こういう友達想いなところに好感は持てるけど、この子が抱く俺への好意とは、本当に恋愛感情なのだろうか。それを省いても、見た目や雰囲気的には一番俺好みだし、とても良い子だと思う。もし百万で買ったのが蓮琉だったとしたら、俺はこの子を好きになっていたのかな。

 

「玖我さん? ぼーっとしてますけど、考え事ですか? ちょっと言い過ぎましたか?」

「あぁ、ごめん。君の事を考えていた」

「え、私ですか? なんで突然……」

「それが別れた理由のひとつだからだよ。蓮琉ちゃんは俺と菜摘が仲良くしてて、それをいつも間近で見ているのに、しんどくならないのか?」

「……全然平気とは言えません。私も玖我さんと触れ合いたいって思う時もあります」

「じゃあなんで応援出来るんだ?」

「それ以上にお二人の幸せそうな姿を見て、私が幸せになれるからです。私は玖我さんも菜摘ちゃんも、二人とも大好きですから」

 

 明希乃とは違い、はなから隣ではなく一歩引いた位置を望む蓮琉。その思考は俺には到底理解出来そうにないけど、決して嫌な気はしない。大切な人のひとりではあっても、俺が蓮琉に抱く感情もまた、恋愛とは違うのだろう。控えめなところも好感触だけどな。

 

「ありがとう蓮琉ちゃん。これからも友人として、俺達と仲良くして欲しい」

「じゃあ菜摘ちゃんとはヨリを戻されるんですね?」

「一度選択肢は他にもあるって実感したかっただけだからな。七種さんの揺さぶりで、罪悪感を持ったまま付き合うのは嫌だったし」

「そうだったんですか。では私は愛人に……」

「それはそうと、今日の菜摘の様子はどうだった?」

「学校には来てますが、ずっと悩んでる感じでした。愛華あいかちゃん達と会話しててもなんか上の空で、見ていられなくて……」

 

 それでわざわざ早退して物申しに来るとは、どこまでも友達想いの子だ。

 菜摘は俺の意図を察してくれてると思ったけど、不安を拭えないわけか。そろそろ昼休みになる頃だし、こちらからメッセを送ってみようかな。

 スマホを取り出して文章を打っている最中、一本の電話が入る。今度はなんの要件だろうか。

 

「どうしたんですか七種さん?」

「今夜久しぶりに飲みに行きませんか?

 もう夕食も作ってもらえませんよね?」

「その図太さには関心します。ちゃんと話さなきゃとは思っていたので、いいですけど」

「ありがとうございます。では正義まさよしさんのおうちの最寄り駅で待ち合わせましょう」

 

 必要最低限の会話のみで通話を切り、メッセージの続きを書き始める。だが途中で受信したのは、ギャルからのメッセだった。

 

せわしないですね、玖我さんのスマホ」

「菜摘が晩ご飯作りに行きたいって……」

「じゃあさっきの七種さんとの約束、取り消してもらわないとですね」

「んー、そうしたいところけど、七種さんとは早々に区切りをつけたいしなぁ」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る