第64話 それぞれの本心はどこにある?

「ちょっと待って下さい。それはなんの解決になるんですか? 恋人関係でなくなったところで、お二人に何か変化があるんですか?」

七種さえぐささん。あなたが言ったように、俺の投げっ放しの優しさは残酷でした。だから全員と誠実に向き合い、本気で思いやれる一人を選ぶ必要があるんです」

「私は……私の想いは本気じゃなかったとおっしゃりたいのですか!?」

「違いますよ。七種さんに支えられたのも事実ですから、あなたとも向き合います」

「それでしたら……まぁ」

 

 ギャルとの交際に区切りをつけた。俺にとって彼女は特別であると確信しているけど、蓮琉はる明希乃あきのに対する感情も、決して罪悪感だけではないと感じたからだ。

 彼女らの想いに気付き、それでも離れたいと思えないのは、共に過ごす時間を大切にしたいから。それは菜摘なつみへの気持ちとどう違うのかハッキリさせたいし、その上で自分の選択をしなくてはいけない。まだ迷う隙があるのなら、それら全てを埋めた後で出た答えが、本当に正直な俺の心だろう。他人の指摘でブレちゃダメだ。

 

「よーしハルちゃん、クリスマスは友達としてみんなで楽しもうね! あと一週間だし」

「菜摘ちゃん……。本当にこれでいいの?」

「いいのいいの! 今のマサくんじゃ、あたしが独り占めするのムリだもん!」

 

 俺に背を向け、蓮琉の手を握って明るく話す菜摘は、少し肩が震えている。クリスマスが近いなんて、すっかり忘れていたんだけど。

 

「せっかく色々準備してきましたが、今日はお開きですね。私としても悪くない結果になりましたし、今日は大人しく帰ります」

「あ、じゃあ車出しますよ。それ重いでしょ?」

「あら、優しいですね。これがフリーになった本来の正義まさよしさんですか?」

「俺のせいで大荷物持たせてますから。蓮琉ちゃん、菜摘と悠太ゆうたの事お願いできる?」

「は、はい。わかりました」

 

 重量感のあるリュックを背負い、駐車場まで運ぶ間は終始無言だった。車に乗り込んだところで、ようやく七種から話し掛けてくる。

 

「何も選ばないとは、ずいぶん変わりましたね」

「俺の本質は優柔不断なんですよ。ひとつに絞って夢中になってる状態は、むしろ無理してそうあろうとしていただけです」

「それで仕事にも疲れちゃいましたか?」

「かもしれません。あなたも知ってる通り、お袋に認めてもらおうとしてた頃の方が、明確な目的があって楽だった気がします」

「……私じゃ代わりにはなりませんか?」

「それは無理な相談ですね。あなたが側にいても、親と言うより一人の女性ですから」

「では菜摘さんなら違うんですか?」

「同じですよ。俺にはもう親はいません。だから承認欲求ではなく、自分の大切なモノを見付けたいんです。その最有力候補が菜摘ですね」

 

 一駅分の運転はあっという間に終了し、七種のマンションの前に車を停めた。俺のビルより高さはないけど、だいぶ豪華な建物だな。

 

「送って頂き、ありがとうございました。

 ここで降ろして頂ければ大丈夫ですよ」

「部屋まで運びますよ? 大変でしょうから」

「いえ、もう充分です。また日を改めて我が家にご招待致しますので、今日はここで」

 

 妙に遠慮がちな彼女を見ると、また何か企んでいるのではと不安になるが、なるべく考えないようにして帰宅した。その日も通常通り夜まで菜摘達と過ごし、夕食もご馳走になる。

 吹っ切れたからなのか、はたまた誤魔化しているのか、ギャルはあからさまに口数が多かった。対照的に愛想笑い丸出しの黒髪少女を見ると、やっぱり無理をさせてるのかな。


 女子高生二人と幼児を家まで送り届けた俺は、一番懸念していた悪友に電話を掛ける。自惚うぬぼれでなければ、最も苦しい思いを強いてしまったのは、恐らく彼女である。

 

「もしもし? 玖我くがくんの自惚れだよ」

「おま、第一声からなにサラッと心読んでんの?」

「先日の一件と連絡がきた時間的に、どうせ私を傷付けたから謝らなきゃって思ってたんでしょ。君の事なんて引きずったりしないから、勝手に自惚れないでね」

「じゃあ今からお前の部屋に行く。

 ちゃんと顔見て話しがしたいから」

「いやいいって! 明日も仕事あるし、夜遅くに来られても迷惑だから!」

「少しの時間でいい」

「あーもう! 分かったから早くして」

 

 明希乃の声は、さっきの菜摘以上に強がっているのが分かった。だから直接会って話すべきだと思い、スマホと鍵だけを持ってすぐに家を出た。

 五階下の明希乃の部屋の前に到着すると、呼び鈴を押す前に玄関が開く。

 

「タイミングバッチリだな」

「鳴らされても迷惑だから、ドアホンのカメラをオンにしておいただけよ」

 

 この部屋に来るのは約一年ぶりか。去年の年末に宅飲みして以来、俺から出向きはしなかった。

 物は多いがある程度整理されていて、部屋を大切に使ってくれているのが分かる。

 

「で? 私の顔色を見て何か分かったの?」

「今までごめん。ずっとお前に甘えてたのに、気付かないまま厄介者だとか思ってた」

「どう甘えてたの? 七種さんの事とか?」

「三十になっても相手がいなかったらってやつ……あれ本気だったんだな」

 

 それを聞いた明希乃は、真顔のままで大粒の涙をこぼした。言葉を聞かなくても、それだけで彼女の耐えてきたものが伝わってくる。

 

「ば、ばっかじゃないの!? あんなの冗談に決まってんじゃん! 考え過ぎだって!」

「恋人役に協力してくれた時も、この部屋に住んだのも、今思えばただの友人としてでは説明つかないんだよ。それなのに俺は……」

「だからもういいって!!」

 

 急に声を荒らげ、歯を食いしばっている明希乃の様子は、見ていていたたまれない。

 

「……もういいんだよ。玖我くんが本気で誰かを好きになれたんなら、私も嬉しいんだよ」

「それもう健気とかを通り越して、深い愛情すら感じてしまうぞ?」

「だって、仕方ないじゃん。君の事は忘れられないけど、本気で幸せになって欲しいんだもん」

「お前の幸せはどうなるんだよ?」

「菜摘ちゃん、すごく良い子だからさ。君があの子と幸せになってくれたら、私もキッパリ諦めて、良い人探せたりするかなって」

「お前やっぱりバカだな」

「バカってなにさ!?」

 

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