第63話 これでも、考え抜いた果てだから
「第二回戦は、お料理対決です!」
家事対決と言うからには、当然ながらワイシャツのシミ抜きだけでは終わらない。いや、ギャルの敗北で終わってもらっては困るわけであり、二戦目は挽回の為の千載一遇のチャンスである。なにせ家事の中でも
俺の主観が含まれていないと言えば嘘になるが、このギャル以上に美味い飯を作る人間に出会った事がない。そう豪語出来るほど、彼女の腕は信頼している。あとは
「菜摘、いつも通りでいいぞ。君が調理すれば、どんな食材だろうと最高級の味に仕上がる。相手の用意した物なんて気にするな」
「わ、わかってるって。いつも通りに作るから、いつもみたいに美味しく食べてよ」
「お、おう。今のセリフ、めっちゃ可愛いな」
「う、うっさい! 始まる前に調子狂うようなこと言わないでよ!」
さっきまで不機嫌気味だった菜摘も、いつの間にやら元の様子に戻っていて、心の底から安心した。
我が家のキッチンは一箇所。コンロは四つ並んでいるけど、シンクもひとつしかない。てっきり順番にやるのだろうと思っていたし、
「私はコンロと電子レンジをお借り出来れば大丈夫です。あとは準備済みですから」
「そ、そうですか。七種さんがそうおっしゃるのであれば、このまま一緒に始めますね」
審査員兼進行役の少女の方が、わかり易く困惑している。いくら準備をして来たとは言え、それだけでまともな料理が作れるのか、些か疑問だ。
周りがハラハラするのをよそに、開始と共に動き出した七種は、初っ端からヤカンを取り出し火にかける。続け様に食器まで選び始めたのだから、すでに行動の意図が理解出来ない。
菜摘が黙々と食材を切っている最中、カバンを漁って何やら器に盛り付けた七種は、それをそのまま食卓に持ってきた。
「……えーっと、なんですかこれ?」
「完璧な栄養バランスで、
「もしかして……全部レトルトですか?」
「サバやイワシに含まれる不飽和脂肪酸は、脳の活動を良好にします。各種ビタミンはこちらの乳酸菌入り青汁で、カルシウムや良質なタンパク質は、このスープで補えますよ」
「お湯で溶かしたり、レンジで温めたりしたんですね……。審査員長、ご相談が……」
「内容は聞かなくても分かります。たしかに栄養面は素晴らしいですけど、料理……とは言えませんね。食事の準備としか」
並べられた病院食のような物の前に、評価の言葉も浮かばない。しかし本人的には大真面目らしく、表情が全く陰りを見せない。
「すみません。私、料理は出来ないんです。ですが健康には気を使ってますので、こうして最適なお食事と、サプリなどをご用意しますよ! 正義さんも健康にはなれます!」
「なるほど。出来ない事を割り切りつつ、質には拘ってるところがあなたらしいですね」
「正義さんに褒めて頂けて嬉しいです!」
「あまり褒めてるつもりはないですけどね」
結局二回戦は菜摘の圧勝で終わった。
出来合いの方は味に関しても機械的で、到底美味いとは思えない。途中から勝負にならないと察し、手早く仕上げた菜摘の料理が、余計にありがたく感じる結果となった。
これで互いに一勝ずつで、最後の種目が勝敗を分ける。そう考えていた矢先に、不満そうな声を漏らしたのは、拍子抜けしている菜摘だった。
「えっとさ、さっきのって試合放棄じゃん」
「失礼ですね。私は放棄なんてしていませんよ。正義さんが味より栄養価に重点を置く人であれば、私が勝てた可能性もありました」
「そーゆーことじゃないし。あんた全然マサくんのこと理解してないね。放っておいたら、とりあえず燃料を補給するだけになっちゃう人だから、美味しいご飯は必須なんだよ」
人を指差して何を言い出すんだこの子は。まぁ間違っちゃいないんだけどさ。
ギャルの主張が気に障ったのか、七種も珍しく眉をピクリと動かし、強い声色へと変化する。
「ひとつくらい苦手分野があったとしても、他の事は問題無くこなせます。それを認められないのは、あなたに勝てる自信が無いのでは?」
「全然違うし。マサくんにとって一番重要な部分が欠けてるのに、それでも自分が相応しいって言い張るの? てかあたしじゃなくて、マサくんがそれを言うべきだと思うんだけど」
「今度は責任転嫁ですか。この時点で、あなたこそ試合放棄なのでは?」
「どうなのさマサくん。あたし達はマサくんを選ぶって決めてるんだから、あとはマサくんが自分で選びなよ。人のせいにしないで」
だんだんとギャルの心理状態が見えてきたぞ。
俺はここ最近、自分の意志を示そうとしても七種に怯えていて、彼女らに投げてしまっていた。自分のせいではなく、七種のせいで関係が歪んでいるからと、菜摘や蓮琉にまで状況の改善を押し付けた。本来であれば、俺が本音を貫けば済むはずなのに。
迷っているのだろうか。七種の意見に臆さず、菜摘だけを想っていると言い切れないのだろうか。
傍らで見つめる黒髪少女も、心配そうな表情を隠せず、もう家事対決どころではない。
「辞めにしよう。こんなのは無意味だ」
「正義さん? 菜摘さんの言いなりになるのが、あなたの選択なんですか?」
「そうじゃない! この勝敗で揺れるほど、俺の気持ちは軽くないはずなんです。なのに自分で決められず、みんなにばかり頼ってしまって、あまりにも申し訳なくて……」
「ですがあなたは今までも、そんな想いで協力してくれた人達を無下にしてきましたよね? それでも見放さずにいられるのは私だけです」
「だから一旦区切りにしましょう。よく聞いてくれ菜摘。俺達は一度別れないか?」
一瞬丸くなった菜摘の目は、徐々に綺麗な半月型へと変わっていく。久しぶりに見る、とても優しくて穏やかな表情だった。
「もうあたしの恩返しは必要無いんだね」
「あぁ、それ以上にたくさん貰ったよ。友人関係に戻ってみんなの気持ちに向き合い、それを踏まえて答えを出す。だから少しだけ待っていてほしい。わがままばかりでごめんな」
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