第62話 勝負が始まってしまったのですが……

 と、いうわけで、やってきてしまった家事対決の当日。

 我が家が決戦の場となるわけだが、何故かいつになく気合いが入っているのは、審判役の蓮琉はるなのである。ギャルは表情が乏しく不満そうに見えるし、その姉につられているのか、幼児まで物静かだ。こんな状態で大丈夫なのだろうか。まぁ俺の為に来てくれているわけだが。

 そんな折りに鼻息荒くして集合時間前に訪れた七種さえぐさも、これはこれで不穏と言わざるを得ない。日頃の冷静さはどこへ行ったのやら、山篭りでもする気かと疑いたくなる。

 

「どうしたんですか? その大荷物は」

「フゥ……フゥ………。き、気にしないで下さい。普段使っている道具や洗剤を、私の家から持ってきただけですので」

「は、はぁ。相当拘りを持って家事をされてるんですね。とりあえず中に入って下さい」

「はい。お邪魔します」

 

 膨らんだデカいリュックだけではなく、手提げにも色々と詰め込まれているらしく、ここまで歩くだけでもひと苦労だっただろう。

 うちにある物だと菜摘なつみの方が使い慣れてるし、不公平になると思って制限は設けなかったけど、準備する方が大変だったかもなこれは。


 リビングに入り、顔を合わせても無言を貫く両者からは、すでに火花が散っているようにも見える。とりあえず七種の体力が回復するのを待ち、その間に蓮琉は勝負の為の支度を進めた。

 優劣を判断し易いように好きにやってくれとは伝えたが、本当に好き放題いじくり回っている辺り、蓮琉も遠慮が無くなってきたと感じる。何度も言うが、今回の件は俺の為にやってくれてるんだけどな。

 

「こちらは準備が整いました。

 お二人はそろそろ始められそうですか?」

「あたしはいつでも大丈夫だよー」

「私も休ませて頂いたので、もう平気です。

 何から始めればよろしいですか?」

 

 菜摘と七種の返答を聞いた蓮琉は、一度部屋を出てからワイシャツを持って戻ってきた。

 

「では早速開始します。

 家事対決第一回戦は、シミ抜き勝負です!」

「ちょっと待てぇーい! 蓮琉ちゃんそれ、俺の真っ白なワイシャツだよな? でっかいシミが付いてるけど、わざわざつけたの!?」

「はい! 同じ素材の二枚のシャツに、コーヒーのシミを同じ量でつけました。これを落とす早さと、仕上がりの美しさを比較します!」

 

 自由に使えとは言ったけど、まさかここまで大胆に利用されるとは。まぁ最近では白シャツを着る機会もほぼ無いし、二着ぐらい使えなくなったところで、大した痛手にはならないけどさ。それでもちょっと衝撃は大きいな。


 一着ずつ手渡された両者は、開始の合図がくるまでじっくり状態を確認している。あんなに濃いシミが、本当に綺麗に無くなるのだろうか。

 

「それでは始めて下さい!」

 

 蓮琉の合図と同時に二人が動き出した。

 タオルに挟んでシミ抜き用の洗剤を垂らしたり、濡らしながら丁寧に叩いたりと、菜摘も七種も基本的には同じ要領で課題に取り組んでいる。

 しかし七種が自前の荷物の中から引っ張り出した洗剤は、明らかに家庭用の物ではない。無駄に飾ったラベルも無く、シンプルな容器から吐き出される薬品は、みるみるシャツとコーヒーを分離させていく。

 対する菜摘の使用する物は、俺が使っているごく一般的な洗剤だ。慣れた手つきで汚れを消しているけど、化学の力と比べるとあまりにも地道である。


 ギャルが汗ばみながら半分程終わらせた頃には、七種はアイロンがけまでを済ませていた。

 

「終わりましたよ。いかがですか?」

「……七種さん、見事な仕上がりです。クローゼットに掛かっていた時よりも艶があります」

 

 審査員の蓮琉が絶賛するのも無理はなく、たしかにクリーニングから返ってきた服を思わせるほど、真っ白でパリッとしている。

 だが一生懸命続けている菜摘はとても健気で、その姿から目が離せなかった。

 

「はい、あたしも終わったー」

「おぉー、菜摘ちゃんの方も綺麗だね!」

「本当だ。よく家にあった物だけでここまで出来たな。新品みたいな白さだよ」

「結構疲れたー。ちょっと休憩させて」

 

 十五分程遅れて完了させた菜摘も、根気のいる作業を完璧にこなしている。

 俺個人としてはどちらも文句無いレベルで、甲乙つけがたい。勝負の行方は蓮琉の目に委ねられた。

 

「シミ抜き対決は、七種さんの勝ちです」

「やっぱり早さが大事だったか……」

「それもありますが、七種さんは工程も少なく済ませたので、繊維の傷みがほとんどありません。菜摘ちゃんの方は多少毛羽立ちがあったので、減点要素になってしまいました」

「でもそれって洗剤の力だよね? 家事スキルでの勝負とは関係無くないか?」

「何を使っても良いのがこの勝負です。あらかじめ用意した物の性能も評価されるかと」

 

 蓮琉の審査基準は公平で、口を挟む余地も無い。俺の目で見ても分からない部分を、細かく裁定した結果だし、仕方ないのだろう。よく公平な立場になれると関心してしまうが。

 

「すまんな菜摘。素人目にはさっぱりだけど、もっと質のいい洗剤を買っておけばよかった」

「んー、同じ物使ってても負けたかもよ。あの人すごく手際良くて、普段から家事やってるんだなぁって思ったし。今回はあたしの完敗っしょ」

「昔から仕事ばかりの人で、家事やってるイメージは無かったんだけどな。想像以上に手強い相手なのかもしれない」

 

 椅子に座ってひと休みしているギャルは、俺の言葉を聞いて呆れたような顔に変化していく。

 

「あのさマサくん。あの人が出てきてから、なんか現実逃避ばっかりしてない?」

「現実逃避? そんなつもりはないけど」

「自分の事も周りの事も見ようとしなくなってるよ。決め付けてるっていうか、目を逸らしてるというか。少し前まではこんなんじゃなかったし、もっと感じ良かったのに」

「……ごめん。本当に自覚が無いんだけど、なんかペースを乱されてんのかな?」

「ほら、すぐそうやって人のせいにする」

 

 家事をやらせたら右に出る者は居ないと思っていた菜摘が、まさかの先制点を取られる波乱の幕開け。その後の会話でも若干機嫌を損ね、雲行きの怪しさに目を瞑りたくなる。

 ギャルのモチベーション管理も出来ない俺は、今やこの場に一番不要ではないだろうか。

 

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