第61話 不協和音は響き続ける

「それで、とりあえずその場しのぎで誤魔化したと言うわけですね」

蓮琉はるちゃん、いつになく辛辣……。

 まぁその通りだよ」

「私は菜摘なつみちゃんと玖我くがさんの仲を応援していますが、どうやって七種さえぐささんを納得させるのかまでは、正直想像ができませんよ」

 

 七種の襲来から一夜明け、悩み続けている間に日が傾き、女子高生達はいつも通り我が家に来た。もちろん話題は前日の一件である。

 七種にはあれからすぐに帰ってもらい、夕飯は久しぶりにコンビニ弁当で済ませた。菜摘に合わせる顔が無かったからだ。

 そして今まさに弟と遊んでいるギャルには話し掛け辛く、黒髪少女に事の顛末を詳しく説明しつつ、聞いてくれてるかなぁと様子を伺っている最中である。まぁしっかりと聞き耳立てていたみたいだが。

 

「あのさマサくん。なんであの女に対して、ハッキリ迷惑だって言えないの?」

「迷惑はしてるけど、それを伝えて引くような人ではないと思ったんだよ」

「あたしさ、ハルちゃんや明希乃あきのさんの気持ちを知ってるけど、それでも覚悟してマサくんといるんだよ。マサくんが負い目感じてたら、みんなに申し訳ないと思うんだけど」

「はい……ごもっともでございます」

「やっぱりあたしじゃ女として見れない?」

「そんなわけあるか! 君はホントに素敵な女性だし、触れ合えばムラムラもするわ!」

「うわ、表現がおっさん臭い……」

 

 菜摘が機嫌を損ねる理由は分かるし、言い分ももっともだ。

 思い返してみれば、俺は相手に対し嫌いだとか迷惑だとか言って、別れを切り出した事が無い。関係を変えたくても、嫌われるのを恐れていたのだろうか。菜摘のクソ親父みたいなとことん腐った人間ならまだしも、七種に関してそこまで嫌う理由もなぁ。

 優柔不断な自分が、一番嫌になってくる。

 

「玖我さんの懐が深いところも私は好きです。でも今は菜摘ちゃんを最優先して下さい」

「ありがとう蓮琉ちゃん。そうだよね」

「七種さんにどう分かってもらうのか、何か方法は考えているんですか?」

「俺を支えられるかどうかなら、家事万能で愛情深い菜摘なら、言う事ないと思うんだよね。俺もそれ以外求めてないし」

「でもそれってハルちゃんも同じだと思うんだけど。あたしより詳しい事も多いし」

「おまっ、それを菜摘が言うか!?」

「だってマサくんの基準ってそういう事じゃん。それであの人が認めてくれんの?」

 

 冷静に聞いてくれる黒髪少女に反し、今日のギャルはやたらと挑発的だ。結構苛立ってるなこの子。

 若干ギスギスした俺らをなだめるように、蓮琉から穏やかに提案を出してくれる。

 

「私の事はとりあえずいいです。要するに、菜摘ちゃんが七種さん以上に、玖我さんに相応しい人だと証明すればいいんですよね?」

「うん。それで諦めてくれると願いたい」

「それでしたら、勝負してみれば良いのでは?

 菜摘ちゃんと七種さんが家事をやって」

「家事対決か。菜摘が負けるとも思えないし、それは良い手段かも知れないな。菜摘はどうだ?」

「あたしはやってもいいけど、ホントにそれで諦めんの? マサくんを追い掛けて、仕事まで変えるような人なのに」

 

 菜摘の懸念にも頷けるから怖い。と言うかギャルの鋭いジト目が一番怖い。

 だけど七種の判断基準なら、相手がただのギャルではないと理解させるのは、充分有効な気もする。もっと言えば、他に可能性のある方法も思い付かないし。あとは七種の家事スキル次第か。

 

「厄介事に巻き込んでしまってごめんな。だけど俺は菜摘との関係を、あの人にもちゃんと認めて欲しいと思ってる。この先もずっと、周りに胸を張りながら付き合っていく為にも」

 

 七種からの指摘を受けて、何も感じなかったわけではない。俺自身も心のどこかで、今の交際に引っ掛かりがあったと思う。だけど後押ししてくれる蓮琉や明希乃に申し訳なく思うのはもう嫌だし、菜摘と離れたいだなんて思えない。ケジメをつける為の良い機会だったのだろう。

 そう考えながらの俺の発言に、悠太ゆうたと遊んでいた菜摘の手が急に停止する。

 

「ねーね? ねねどったん?」

「ごめんねゆうちゃん。ちょっとねーね、おっさんとお話ししてくるね」

 

 立ち上がった菜摘はゆっくりとこちらに歩き出し、それと同時に横に座っていた蓮琉が、何かを察したような表情で悠太の下へと向かった。

 二人が纏う空気はなんだか重苦しく、入れ違える女子達を黙って見ている事しか出来ない。俺は無自覚に失言でもしたのだろうか。

 

「その勝負は受けてあげる。勝って諦めてもらえば、あんたへの恩返しにもなるよね?」

「恩返しって……まだそんな事に拘ってたのか? もう義理を感じる必要は無いだろ?」

「言ってて気付かない? あんたはあの女に認めてもらう事しか考えてない。あたしがあんたの為に頑張っても、他の女を追い払う口実にされるんなら、もう恩返しくらいしか理由に出来ないじゃん!」

「……すまん菜摘。やっぱり納得いかないよな。今の提案は無かった事にしてくれ」

「いいよ、家事対決はやるよ! 明希乃さんの想いを無駄にしない為にね」

 

 正直に言えば、なぜギャルがこんなにも不満丸出しなのか理解出来なかった。明希乃の為にという動機もピンと来ない。複雑な乙女心によるものなのか、はたまた俺に見落としでもあるのか。

 なんにせよ、それだけ宣言した菜摘は弟の所に戻り、蓮琉と何やら会話している。

 どうしてこうなったのだろうか。頬杖をついて独り考え込んでいると、食卓のテーブルに戻ってきたのは蓮琉だった。

 

「玖我さん、大丈夫ですか?」

「うーん、やっぱりさっきの提案はまずかったのかな。怒らせるとは思わなかった」

「すみません、私が出した案なのに。ただ菜摘ちゃんは手段ではなく、言い方とかが気になってしまったんだと思います」

「言い方かぁ。真剣であると伝えたかったんだけど、逆にかんに障ったのかな」

「菜摘ちゃんの気持ちになってあげれば分かるかと。あと伝言で、来週ならいつでも良いらしいので、七種さんの日程を確認して決めて欲しいとのことです」

 

 すぐ側にいるのに伝言とは。菜摘がこれ程不機嫌になるのは、明希乃とこの家で出会でくわした時以来だな。

 不安な気持ちを拭えないまま、俺はその日のうちに七種に連絡し、家事対決を決行する日にちを調整した。予定日はあっさり決まったけど、本当にやっていいのかこれ?

 

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