第66話 見つめ直される今と過去

 今の俺には彼女がいない。だから気持ちが向いている全員と接する事によって、百万円のキッカケで出逢ったギャルと、他の女性達への感情の違いを実感出来た。少なくとも悪友と黒髪少女に関しては、そう思っている。彼女達への想いは、恋愛感情とは別物だと。

 しかし気持ちを整理する間も無いまま、七種さえぐさからの飲みの誘い、そして菜摘なつみからの提案がバッティングしてしまった。優先したいのは菜摘で間違い無いけれど、ついさっき予定を取り付けてしまった手前、七種を穏便に断るのが難しい。そう考えて菜摘に謝る方向で進めているのだが、蓮琉はるはそれを許さなかった。

 

「待って下さい玖我くがさん。せめて菜摘ちゃんには相談してあげて下さい。菜摘ちゃんなら理解してくれるって甘えてちゃダメです!」

「そうなんだけど、俺から別れた後なのに、彼女みたいに扱うのも厚かましくないか?」

「だからこそです。菜摘ちゃんも理由は察してると思いますが、やっぱり不安なはずです。中途半端が嫌だとしても、一番に考えているってところは示してあげて下さい!」

 

 ここは蓮琉の意見を尊重すべきだろう。俺の心の整理に付き合わせておきながら、菜摘の気持ちを無視するなんて身勝手過ぎる。

 通話出来るか確認した後、菜摘に電話を掛けた。

 

「もしもし? どーしたの?」

「昼休み中なのに悪いな。今夜の話なんだけど、さっき七種さんに飲みに行こうって誘われたばかりでさ。彼女とも話し合おうかと思ってたんだ」

「あー、そうだったんだ。じゃあ別の日にした方が良さそうだね」

「なんかあっさりしてるな。聞き分けが良すぎて、逆に心配になってくるぞ」

「なにそれ。こういう時に平等に接したいから、わざわざ友達に戻したんでしょ? ここであたしを優先するなら、別れた意味無いじゃん」

 

 自信に満ちたギャルの声色からは、俺の目的など全てお見通しなのだと感じる。蓮琉が言うように内心では面白くなかったとしても、信頼はされてるみたいだな。

 不意に頬が緩みかけていると、立て続けに菜摘が疑問を投げてくる。

 

「それともあの人、酔った勢いで襲いかかってきたりする?」

「いや、今まで見てきた七種さんは、酒に呑まれたりはしなかったな。どちらかと言えば、俺の方が酒に弱い方だと思う」

「だよねー。そういうタイプには見えないもん。だったらちゃんと話してきなよ」

「君って器がでかいんだな」

「二回のトラウマのひとつってあの人でしょ? 今が向き合って乗り越える時だよ」

 

 失敗した経験があるとは言った記憶が残ってるけど、そこまで詳しく伝えたってか。まぁ判断材料は充分にあったかな。

 

「わかった。今度は逃げずに向き合ってくるよ。俺にも原因があったわけだし」

「うん! その代わり、別の日に三人で話させて。あたしとあの人とマサくんで」

「了解。必ず伝えておく」

 

 菜摘の承諾を得た事で、蓮琉も渋々ではあるが納得した。それぞれ思うところはあるだろうけど、俺の中での結論がほぼ出ている以上、もう回り道は必要無い。立ちはだかる七種に億さず、自分の意志を伝えた上で、菜摘と堂々とやり直す。


 夕方になり、七種から仕事が終わったと連絡が入ったタイミングで、駅へと向かった。

 薄暗い寒空の下、街はどこもかしこもイベント用に飾り付けられ、賑やかな空気に満ちている。待ち合わせの相手が菜摘だったなら、俺も胸踊る気分になれたのにな。

 

「あ、正義まさよしさん、お待たせしました!」

「いえ、お仕事お疲れ様です」

 

 相変わらずの特徴的な声は、騒がしさの中でも容易に耳に届く。スーツ姿の美女から嬉しそうに手を振られるとか、傍から見れば羨むような光景だろう。すごく複雑な気分だ。

 

「では行きましょうか。近くに静かな個室居酒屋がありますよね。そこにしましょう」

 

 目的地までの道程を歩きながら、七種は自然に話し掛けてくる。仕事での失敗談や、同僚とのくだらないやり取り。友人としての程よい距離感は、店に着いてからも続いていて、こういう関係なら良いのにとつい思ってしまう。

 だが突然流れを断ち切るように、彼女から核心を突く話題に切り替えられた。

 

「私、玖我社長を本当に尊敬していたんです」

「親父をですか? まぁ一代であれだけ大きな組織を築ける人も、滅多にいませんよね」

「そうですね。私の知ってる限りでは、越えられる人は正義さんしかいないと思っています」

「それは買いかぶりですよ。俺は承認欲求に動かされていただけで、今や努力する目的さえ見失っている、残念な社会生活不適合者です」

「私はそれでも信じてるんです。だからお母様への嫉妬は、未だに消えてくれません」

 

 暗い表情で語る彼女からは、何かに憂いている気持ちが滲み出ている。その何かが俺自身についてなのか、それとも別の要因があるのか、明確には分からない。だけどなんとなく、彼女と俺の両親との間に、深い因縁があるような気がした。親父の部下だったこの人は、俺の知らない家族の顔でも知っているのだろうか。

 

「なぜ七種さんが俺のお袋に嫉妬を?」

「あなたは常々、父を超えたいとおっしゃってました。しかし本当の目的はお母様にあったと気付いていました。私の助言や賛辞よりも、お母様の笑顔ひとつの方が大きかった事も」

「それは……子どもの頃から何をやっても、一番にお袋が褒めてくれたのが嬉しくて……」

「分かっています。だから病気になられたと知った時、私があなたの支えになりたかった。その先の人生でもあなたが道を見失わないように、お母様の代わりになりたかった……」

「その結果、肉体関係まで迫ったんですか?」

「それは泣きじゃくる正義さんを、女として支える為です。他に良い方法が思い付かなくて」

 

 俺はその一連の流れを、成功していく俺の金目当てだと決め付け、弱みに付け込まれたと感じていた。

 思い返してみれば、確かにこの人は献身的にアドバイスをくれたり、自分の為ばかりに動いていた人物ではない。お袋に関する不安と悲しみでいっぱいいっぱいだった事が、被害妄想まで生み出してしまったのか。

 

「七種さん、今まで本当に申し訳ありませんでした。そうとも知らずに俺はあなたを悪くばかり考え、明希乃あきのまで巻き込んで拒絶しました」

「ご理解頂ければ結構です。あなたの人生はあなたの物なのに、私も介入し過ぎました」

「じゃあやり直させて下さい。友人として」

「それはどうでしょう。深く傷付いたのも事実ですし、キスしてくれたら水に流します」

「はぁ!? こ、ここでキスしろと!?」

 

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