第57話 そして動き出した個人的災厄

 天敵から更に厄介な人物の名を聞いてから、何事も無いままひと月が経過していた。

 ついに今年も残す所あと一ヶ月となり、七種さえぐさの事を再び忘れ始めていた頃に、明希乃あきのから電話が入る。こんな真っ昼間に連絡がくるなんて、嫌な予感しかしない。

 自分のスマホを手に取り、深呼吸をしてから画面をタップした。

 

「もしもし? 何かあったのか?」

「その様子だと、玖我くがくんにはまだ接触してないみたいね。宣戦布告のつもりかしら」

「まさか七種さんから連絡がきたのか?」

「そうよ。ついさっきわざわざメールで、君との今の状況を聞いてきたわ」

「返信はもう送ったのか?」

「送れるわけないじゃない。君と矛盾が起きないよう、今こうして確認してるのよ」

 

 冷静な対応が出来る奴で助かった。

 しかしメアドなら俺も昔のままだし、電話番号も変えてはいないけど、先に明希乃の方へとコンタクトを図るとは。粗探しでもしようとしてるのかも。

 悪友にはとりあえず放置するよう伝え、痺れを切らして俺に連絡がきたら、そこで対処する事にした。


 しかし僅か二時間後、今度は知らない番号からの着信が入る。

 

「……はい。どちら様ですか?」

「こちらは玖我正義くがまさよしさんのお電話番号で、お間違いないですよね?」

「もしかして、七種さん?」

「あ、声まで覚えてて下さって嬉しいですね。

 七種さえぐさ美芙優みふゆですよ、正義さん」

 

 鈴の音の様に特徴的な声は、受話器越しの信号に変換されても、過去に聞いたものと遜色無い。そして俺の憂鬱な記憶を、鮮明に呼び起こそうとする。

 わざわざ違う番号から掛けてくるとはな。

 

「明希乃に連絡したんですってね。ちょうど俺から返事しようか考えていたとこですよ」

「あら、陸峰りくみねさんと口裏合わせでもしようとしてらしたんですか?」

「そんなんじゃありません。なんで俺を差し置いて、明希乃にメールしたんですか?」

「深い意味はありませんよ。あなた方が恋人ではない事くらい、初めから知ってましたし」

「え? 俺には明希乃がいるから、あなたは身を引いたんじゃないんですか?」

「違いますよ。代理の恋人を立ててまで拒絶されてしまった事に、ショックを受けたんです。あの時は本当に悲しかったんですから」

 

 驚いた。明希乃は付き合ってた当時の感覚で、違和感無く彼女を演じてくれていたのに、最初からバレていたなんて。

 言葉に詰まる俺に対し、七種は構う事無く話しを続ける。

 

「昔の事は根に持っていません。それより正義さん、久しぶりに会ってお話ししたいんですけど、明日ってお時間ありますか?」

「直接でないとまずいですか?」

「お互い同じ師を持った者同士、その後どんな道を進んでいるのか語り合いましょうよ」

「俺にとって親父は別に、師と呼べる存在ではないですけど……」

「そこは拘らないで下さい。ただ共通の話題がある人と話したいだけですから。私もこっちに戻ってから仕事ばかりなので、たまにはお友達とお喋りして羽を伸ばしたいんです」

 

 何がお友達だよ。何回断ってもしつこく飲みに誘って、挙句の果てに家まで押し入ってきたくせに。

 だが俺と明希乃の連絡先を知られている以上、下手に拒絶して反感を買えば、なおさら面倒な事になりかねない。菜摘なつみの事はなるべく知られたくないし、向こうの腹の中を探りつつ穏便に済ませる為にも、この提案は乗るべきか。

 仕方なく七種の予定を確認して、明日会う時間と場所を擦り合わせた。

 

「ありがとうございます。正義さんがどんな男性になったのか、ドキドキしていますよ」

「えーっと、前みたいに言い寄ってきたりしないで下さいね。すごく困りますので」

「正義さん次第ですね。陸峰さんとは本当にお付き合いされていないみたいで、安心しましたけど」

「え、気付いてたって言ったのは、出任せだったんですか?」

「さぁ、どうでしょう?」

 

 こういうところがあるから、苦手なんだよなこの人は。カマをかけるのも上手いし、平静を装って淡々と心にも無いセリフを吐ける。警戒していたつもりだけど、それでもこうしてまんまと嵌められた。明希乃に連絡がいってる時点で、もっと疑うべきだったのに。

 

「まぁ明日聞かせてもらいます。とにかく友人としての距離感でお願いしますね」

「わかりました。明日、楽しみにしてます」

 

 電話を切った瞬間に、深い溜め息がこぼれる。正直顔を見るのは恐怖に近い感覚だけど、見なくても近くに居るだけでそれは同じ。だから黙って放置するわけにもいかないだろう。


 夕方になり、この日は四十崎あいさき家に出向いて夕食をご馳走になる。蓮琉はる悠太ゆうた、そして仕事が休みの麗奈れいなさんもおり、賑わう環境に少しだけ癒された。部屋も以前と比べると生活感が増して、居心地良い空間である。なんかもう帰りたくなくなってきたな。

 俺の辛気臭さをいち早く察知したのは、彼女でも友人でもなく、美魔女であった。この人の登場は久しぶりかも。

 

「マサくーん? なにか悩み事かなぁ?」

「麗奈さん、実は年上の女性との関わり方で悩んでいまして……」

「あら、私ともっと仲良しになりたいの?」

「いや麗奈さんではないですし、逆に離れたい人ですね」

「わかってるわよぉ。なっちゃんから聞いてるけど、お金目当てで迫ってきた女の人が、またこっちに来てるって話でしょ?」

 

 こういうからかい方をするから、年上はあまり好かないのだ。まぁ麗奈さんに関しては全然嫌いじゃないし、むしろすごくいい人だと思ってるけど。だが相手するのは疲れる。

 

「まだ誰にも言ってないんですけど、その人と明日会う事になりまして。向こうが諦めたかも分からないのが、とにかく憂鬱です」

「ふーむ。お金持ちってだけで選んでるなら、マサくん以外にもいるのにね」

「そうですよね。俺に迫る前は、会社でちょくちょく上司との関係が噂になってて、それも金や権力目当てだなって思った点ですが」

 

 真剣に聞いてくれるから、ついベラベラと口から情報が漏れてしまう。今は目先の問題を解決出来れば、それでいいはずなのに。

 しかし麗奈さんはそれも踏まえた上で、客観的な意見をハッキリと述べてくれた。

 

「その人に恋愛感情は無いって、絶対に言い切れるの? そこまであなたに固執するなら、過去の噂と違う気もするんだけどなぁ」

「うーん、恋心なら強引過ぎると思うんですけど、肉食系女子の可能性もありますかね?」

「私は相手を知らないから分かんないけどね。とりあえず、なっちゃんを悲しませないならそれでいいのよぉー私は」

 

 結局蓮琉と同じ結論に至っている。相手がどんな人物であれ、菜摘との関係を崩されない事が大前提。と言うか、もし菜摘を泣かせたりしたら、蓮琉と麗奈さんからの制裁が恐ろしいな。

 妙な緊張感はあるが、目的が明確になっていき、湿っぽさは薄まっていった。

 

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