第56話 昔は昔だし、今は今だろ
少し昔の話になる。
二十歳を目前にして、本格的な起業の準備を始めた俺は、親父に呼ばれて会社に出向いた事があった。どんな目的があったのかは定かではない。俺に継がせたいとも話していたけど、起業に反対もしない親父だった。
だから見物した統率の取れた社内は、後の参考にもなった。
そんな時に唯一背負った負債が、
彼女の第一印象は、新入社員でありながら仕事の出来る有能な人材。親父も彼女を見習えと紹介してくれたし、事実その働きぶりは凄まじかった。しかも美人だし。
お互い忙しかった事もあり、たまに連絡をする程度の間柄だったが、俺の事業が成功してから七種は豹変する。執拗なまでの食事の誘いに、少々うんざりしていた。だが三つ年上の綺麗な女性となると、男の本能としてもったいなく思ってしまい、簡単には突き放せない。
大学を卒業した頃には、深い関係ではなくても、友達以上に意識してしまっていたのだ。
そして大好きなお袋が死んだ頃、ついに七種が本性を現す。
当時暮らしていた部屋に押しかけられ、肉体関係まで持ってしまい、半ば強引に彼女面されていた。
俺は仕事に必死だったし、その地位と金に興味を抱かれている事に気付いていた為、七種を拒否しようとする。それでも引かない彼女に、苦肉の策として
俺が二十四歳になった頃の出来事である。
「もう本当に苦労したんだよ?
「へぇー、どっちも必死だったんですね」
「いやなんで
「もう終わった事でしょ。別にいいじゃん」
「そーだよマサくん。あたし別に、そんなんでマサくんを嫌いになんかならないし」
「でもよう……。つーかもう忘れたい……」
「それは無理でしょうね。わざわざ地方から帰って来て、君に接触しない方が不自然」
七種美芙優は俺と明希乃を恋人だと認めた後、親父の会社を退職し、西の方に移り住んだ。
今後一切会わなくて良いとホッとしていたのに、なんでまた関東に来てるんだよ。
「帰って来てるって、観光か何かか?」
「ううん、知り合いの会社に凄腕が入社したって聞いて、それが七種さんだったの」
「マジか……。またこっちに住むわけか」
「次に迷惑掛かるのは菜摘ちゃんよ? あの人が本気になったら、女子高生相手に大人しく身を引くと思う?」
「厳しいなぁ。でもよくよく考えてみたらさ、俺なんかもう眼中に無いだろあの人は」
「逆じゃない? お父さんが亡くなったのも知ってるだろうし、今度は相続金目当てとか。君の資産はあの当時より増えてるんだし」
うわぁ、有り得そうで困る。元々勤めていた会社の社長だし、社員との繋がりがあれば、必然的に社長の情報は入るだろう。今年になって親父が死んだのを知って、転職や引越しの準備を済ませてから来たのだとすれば、前よりもっと厄介かもしれない。なんとか菜摘に矛先が向かないようにしなくては。
しかし当のギャルは、ずいぶんと強気だった。
「あたしからマサくんを奪おうとするなら、遠慮しませんから。相手がどんなオバサンでも、徹底的に応戦しますよ!」
「オバサンって……。そりゃ君から見たら三十路はオバサンだろうけど、俺達の前で言わんでくれよ。そんなに変わらんし」
「あ、明希乃さんはずっとお姉さんですよ?
ひと回り超えちゃったらさすがにねぇ」
ギャルの基準はよー分からん。分からんけどまぁ、十六歳の女の子からすれば、倍近く生きてる女性はオバサンだろう。若い子怖い。
「ここもいつ嗅ぎつけられるか分からないから、ちゃんと用心しなさいね?」
「わかりましたよ明希乃せんせー」
「それでさ、さっき私を見て慌ててたのは、なにが理由だったの?」
「え? あー、なんだっけ?」
突然ぶり返されても、お前まだ俺の事好きなのか? とか聞けるわけがない。そもそも返事を聞いたところで、どうもしないし。
「なに誤魔化そうとしてんのよ。私が居ない所で、悪口でも言ってたの?」
「そんなわけないだろ! 最近のお前には助けられてるし、悪く言うとか有り得ん!」
「ふ、ふーん、あっそう。じゃあなにさ?」
なんか知らんが、悪友が頬染めてんだけど。
その日はどうにかやり過ごし、普通にみんなで晩飯を食って解散となる。明希乃が自室に帰り、菜摘と
十一月ともなると夜風が冷たいし、人通りも少ない。こんな小柄な少女を独りで歩かせるなど、言語道断だ。
「帰宅にわざわざ付き添って頂き、本当にありがとうございます。すごく心強いです」
「当然だよ。君は俺と菜摘にとって大切な友人だし、危険な目に合わせたくないからな」
「そう思って頂けて嬉しいです。話は変わりますが、さっきお話ししていた、七種さん……でしたっけ? その方については大丈夫そうですか?」
「どうかなぁ。正直に言えば、何も起こらないとは思えないね。ひと悶着ありそう」
「そうですか……」
隣を歩く少女の顔は、街頭に照らされる度に深刻そうになっていく。俺が悩んでいるから同調してしまうのかもしれないけど、能天気に構えていられるほど心に余裕が持てない。
だが突然立ち止まった蓮琉は、何かを決心したかのように、強い眼差しに変わっていた。
「蓮琉ちゃん? どうかした?」
「私、菜摘ちゃんと玖我さんには幸せになって欲しいです。二人一緒に」
「ん? もちろん俺もそのつもりだよ」
「玖我さんには菜摘ちゃんがいるから、私は二番目でいいんです。他の人ではダメなんです」
「う、うん。まだその愛人願望みたいなやつ、残ってたんだね……」
「残ってますよ! だって私、本気で玖我さんの事が好きですから!」
自分は絶対にブレないから、俺にもブレないでくれと言われている気がする。
もし菜摘より先に蓮琉と出会っていたらとか、不意にそんな考えが脳裏をかすめるけど、やっぱり俺は菜摘だから好きになった。それを改めて実感させられ、心中のモヤが晴れていく。
「ありがとう蓮琉ちゃん。君の想いに応える為にも、何があっても菜摘は手放さないよ」
「はい。信じてます、玖我さんの事を」
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