第54話 こんな平穏は理想的だ

 菜摘なつみ達の催しは好評らしく、教室内はなかなか賑わっている。男子も女子も浴衣姿なので、クラスメートはひと目で判別出来た。


 他の客の対応に向かったギャルを待ちつつ、辺りの様子を伺っていると、幕で隠れた厨房付近に生徒が集まっている。全員六組みたいだが、何をコソコソ話しているのだろう。

 視線からも大方見当はついているけど、その中の女子生徒一人が、警戒心丸出しでやって来た。

 

「あの……いきなりで失礼ですが、もしかして四十崎あいさきさんの彼氏さんですか?」

「え? あぁ、そうだけど」

「やっぱり……。まさかとは思いますが、お金なんて払ってませんよね?」

 

 その探り方をされると、久しぶりに罪悪感がぶり返してくる。払ったか払ってないかと言えば、出会ったその日に百万で買っているし、親父との手切れ金として二千六百万も払った。ギャルを救う為とはいえ、事実として金は絡んでいるし、かと言って馬鹿正直に説明は出来ない。

 間が開けば疑いは強くなるのに、どう返答すべきか悩んでしまう俺に代わって、悪友から上手く対応してくれた。

 

「そんなパパ活みたいな事してたら、弟や友達を連れて文化祭まで来れないでしょ。彼と菜摘ちゃんは親公認の仲良しカップルよ」

「そ、そうですよね。ごめんなさい、疑ってしまって。四十崎さんすごく良い子なんですけど、少し秘密主義なところがあるので」

「心配になる気持ちは分かるわ。菜摘ちゃんも真剣だから、暖かく見守ってあげて」

「はい、そうします!」

 

 機嫌を直して去っていくクラスメートは、純粋に菜摘を思ってくれていたらしい。疑われた身ではあるけど、悪い気はしなかった。

 

「助かったよ明希乃あきの。お前の口車すげぇわ」

「別に嘘は言ってないじゃない。君も出会い方とか、いつまでも悲観しなくていいのに」

 

 色々とあり過ぎて、特に金銭の話題に関しては楽観的にもなれない。


 小さく溜め息を漏らしていると、接客を終えた菜摘が戻ってくる。

 

「ハルちゃん連れてきたよー」

「おぉ、蓮琉はるちゃんはやっぱ和服似合うな」

「あ、ありがとうございます。さっきまで厨房に居て、みなさんに気付きませんでした」

「そうだったんだ。確かに菜摘か蓮琉ちゃんのどっちかが居た方が、手際良くキッチンを回せるだろうからな」

「私は接客が得意ではないので、なるべく裏方をやらせて欲しいとお願いしました」

「蓮琉ちゃんらしいね。文化祭を君なりに楽しめてるみたいで、なんだか安心したよ」

「はい! とっても楽しいです!」

 

 懸念事項だった蓮琉の様子を確認出来て、和やかな会話を楽しんでいるところに、唐突にも不機嫌オーラを放ち始めたギャル。側を離れたかと思いきや、舞い戻った時には豹変していた。

 その手には喫茶店らしからぬ物が持たれており、俺の鼻の先まで突き出される。

 

「えっと……なんでチョコバナナ?」

「浴衣だし、お祭りっぽいのも売ってるの」

「そ、そうなんだ。でもこんなの注文してないし、そもそもなんで君は怒ってんの?」

「……あたし、まだ浴衣褒められてないし」

 

 思い返してみれば、ここに入ってきた時は菜摘の無事にホッとして終わりだったし、その後も友達と会話していただけ。俺は勝手に良いなと思って眺めていただけで、今日の菜摘の恰好に関して感想すら述べていなかった。そのくせ蓮琉に対しては、第一声から自然に褒めてたんだから、ヤキモチだって妬くよな。

 しどろもどろになりながら、彼女を喜ばせる言葉を、なけなしの思考回路で模索する。

 

「なんつーか、美し過ぎて言葉にならなかったわ。うん、もう最高ですよ菜摘さん!」

「うーわ。すげー白々しくて腹立つ」

 

 どっちにしろ先に親友から褒めちゃったんだから、改めて口に出すのも気まずいだろ。どうしろってんだギャルちゃんよう。

 対面の席に座る明希乃は、やたらとジト目で見てくるし、一気に居心地が悪くなったわ。

 

「そ、そんな事ないぞ。髪もお団子っぽく纏めてるから、綺麗なうなじがくっきり拝めて、いつもの数倍はエロ可愛い」

「その言い方、めっちゃオッサン臭いし」

「な!? オッサンって言うぐぼぉっ!!」

 

 ツッコミを入れてる最中に、口の中に無理やりチョコバナナを押し込まれた。

 定番のようにオッサン否定を遮られると、もうオッサンである事実を受け入れろと、遠回しに言われている気がしてくる。

 

「じょーだんだって! 必死になんないでよ。

 このチョコバナナは困らせたお詫びね!」

「ふぉ、ふぉう。んぐっ。ゴチになります」

「へへー、餌付けされてやんのぉー」

「そんなの今に始まった事じゃないだろ」

 

 普段通りの笑顔が戻り、隣で楽しそうにバナナを食わせてくる菜摘。少し背伸びをした雰囲気の彼女も悪くないと思っていた矢先に、悪友が低めの声で割り込んでくる。

 

「邪魔して悪いんだけど、ここ一応教室なんだよね。そんなにイチャついて注目集められると、同席者として気恥しいんだけど」

 

 周囲に目を向けると、クラスメートから客に至るまで、その場のほぼ全ての視線を浴びていた。

 気付いたギャルは俯いて真っ赤になってるし、俺も変な汗をかいてしまう。


 するといたたまれない空気を壊してくれたのは、以前うちに遊びに来た黒髪ギャルだった。

 

「お待たせしましたー。クリームソーダとオレンジジュース、あとパンケーキでーす」

「えっと……君は確か陽菜ひなちゃんだっけ?」

「はーい、陽菜でーす。先日はどうもでした。

 ご注文は以上でお揃いですか?」

「えぇ、ありがとう。これで全部よ」

「明希乃、お前いつの間に注文してたんだ? 

 全然気付かなかったんだけど」

「君が五影いつかげさんと話してる時に、裏でコッソリね。座ってるだけってのも悪いでしょ」

 

 抜け目の無い奴である。しかし明希乃と陽菜のおかげで元の空気感が蘇り、見せ物状態で身動き取れずにいた菜摘も、開き直って仕事を再開した。


 頼んだコーヒーを飲みながら、悠太ゆうたにパンケーキの端っこを食べさせていると、また何やら背後に気配を察知する。

 

「菜摘ちゃんはもうすぐ休憩に入るので、そしたら文化祭を一緒に回ってあげて下さい」

「そっか。蓮琉ちゃんの休憩は?」

「調理場を見れる人が少ないので、菜摘ちゃんとは休憩をずらしてるんです」

「なるほどね。それは賢明な判断だわ」

 

 こうして菜摘とも一時間ほど文化祭を満喫した後、悠太が疲れる前に家に帰った。

 俺らの交際は暴露してしまった形になるけれど、菜摘の周りには良い仲間達がいる。それを把握出来て安心したし、元気な蓮琉の姿も見られたしで、充分に有意義な時間を過ごせた。

 五影家のお家騒動も、ひとまず解決だろう。

 

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