第53話 文化祭特有の空気感ってあるよね

 入り口で配られていた文化祭のしおりに目を通すと、屋外に出店しているのは一部のクラスと、大半が部活動関係だと分かった。帰宅部かつ喫茶店のみに参加するギャル達は、自分の教室だけが持ち場となる。


 真っ直ぐ向かおうとしていたところで、不意に袖を引っ張られた。幼児を挟んだ隣に立つ悪友からだ。

 

「ねぇ玖我くがくん、少しだけ外も見ようよ!」

「気になった食べ物でもあるのか?」

「別に決めてないけど、ただ目的地を目指すだけってのもつまらないじゃん」

「まぁ、少しくらいならいいけど」

 

 本当は早く菜摘なつみの浴衣姿が見たいのだが、確かに初っ端からミッションをクリアしてしまえば、あとは帰るだけになってしまう。明希乃あきのの要望に乗っかり、校舎に入る前に周辺の催しを見物する事にした。


 屋台風に並ぶ店の雰囲気は、テキ屋とは違った賑わいがあり、売られている食べ物も変わった品が多い。これはこれで面白味があると感じ始めた矢先に、耳を疑う呼び込みが聞こえ、顔が引きつってしまう。

 

「そこの若いお父さん! 美人な奥さんと可愛いお子さんに、美味しい韓国チヂミ買っていきませんか? 味には自信ありますよー!」

「ねぇ、声を掛けられてるの君じゃない?」

「そうだろうけどさぁ、ここで振り返ったら、あの勘違いを認めてしまう気がする」

「なにバカなこと言ってんの。周りからはそう見えても、何も不思議じゃないでしょ?」

 

 悠太ゆうたを子どもと間違われるのは良いとして、明希乃の旦那扱いは喜べない。平然としていられる隣の女は、なんとも思わないのだろうか。いや、俺が気にし過ぎなのかな。

 振り返った先に居る営業スマイルの女子生徒には、悪意など微塵も感じない。むしろ菜摘と同年代の子が頑張っている姿に、応援したくなってきた。ここは売り込みに乗せられてみるべきか。

 

「それじゃ、二人前下さい。あと小さな子でも食べられる物って、何かあるかな?」

「あ、それなら今作ってる分、生地だけ焼いてソースとかかけないのはどうですか?」

「ありがとう。それでお願いします」

「はーい! 家族想いの良いお父さんですねー! 美男美女夫婦で憧れます!」

「いや、こいつはただの友人だし、この子も俺の息子じゃないけどね」

「そうなんですか!? 後ろ姿がすごくお似合いだったので、勘違いしちゃいました!」

 

 売り子の彼女は、こちらの機嫌をとっているだけだろう。それは分かっているのだが、どうしても愛想笑いが上手く出来なくなってしまう。

 購入したチヂミを受け取りながら、ひとつだけ質問をした。

 

「一年六組ってどの辺かな?」

「それでしたら、一年生の教室は一階にあって、六組は校舎入って右手側ですよ!」

「どうもありがとう。お店頑張ってね」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

 

 これで変な気まずさは拭えただろう。

 一安心して近くの花壇に腰を下ろし、悠太にも珍しい物を食べさせていると、まじまじとした視線が鬱陶しい。なんのつもりだこの女は。

 

「すごいねー。本当に人って変わるんだ」

「みんながみんな、お前みたいにブレない精神を持ち合わせちゃいないんだよ」

「そんなことないんだけどねー。玖我くんが遠くに行っちゃいそうで、少し寂しいな」

「どうした明希乃? なんかあったのか?」

「ううん、なんでもないよ。

 そろそろ菜摘ちゃん達の所に行こっか」

 

 二歳児が食べ切れなかった残りだけを手に持ち、校舎内へと進入する。屋外とは違った喧騒に包まれ、引き返したくもなったのだが、すぐに浴衣姿の客寄せ担当に声を掛けられた。

 

「あ、マサくんさん! やっぱ浮気っすか!」

「君は口を開けばそればっかりだな」

「いやいや冗談っすよ! 菜摘もハルちゃんも中で忙しくやってますよ!」

 

 俺はこの茶髪ギャルが苦手である。そもそもギャルという種族そのものに苦手意識があったけど、菜摘と触れ合う事でそれは溶けていった。

 だがこの愛華あいかという少女に接すると、関わりにくい人種だと再確認してしまう。

 

「それよりどうっすか? うちの恰好!」

「ん? あぁ、プレート持ってる姿がしっくりくるね。まさに看板娘って感じだ」

「それ褒めてるんすか? てか看板について聞いてんじゃないんすけど」

「浴衣も似合うよ。ナンパに気を付けなね」

「あざーっす! 菜摘はさっき大学生くらいの兄ちゃん達に、ナンパされてましたけど」

 

 それを聞いた途端、俺は考える前に教室に飛び込んでいた。一緒に歩いていた幼児を抱え、悪友はその場に置いてけぼりにして。

 

「いらっしゃいませー――って、マサくん!? どしたのそんなに慌てた顔して?」

 

 出迎えてくれた浴衣にエプロン姿のギャルに、思わず見惚れ、硬直してしまった。一見ミスマッチと思えるその身なりは、妙に色気が漂っており、驚いた表情もいつも以上に可愛らしい。

 この悩殺力は尋常ではない。

 

「ねーね! ゆうたん、おったんときた!」

「ゆうちゃんもいらっしゃい。ここに来る前なんか食べてたの? お口汚れてるよ?」

「ホントだ、気付かなかった。それよりナンパされたって聞いたんだけど……」

「なーんだ、それで慌ててたんだ。

 大丈夫だよ。テキトーに聞き流したし!」

「そうか。それならよかった」

「あはは! あたしがホイホイついて行くわけないっしょ! 全然へーきだって!」

 

 ハンカチで弟の口を拭きながら、普段通りに笑う彼女を見てホッとした。

 

「もう、信じられない過保護さよね。

 父親みたいだったよ? 今の君」

「さすがにそんな歳じゃないわ」

「あ、明希乃さんもいらっしゃい!

 三人とも席に案内するね!」

 

 誘導されて座った席は、懐かしの学校定番な学習机と、それに付随する椅子である。昼休みに寄せ集める感覚で並べられた机は、クロスが敷かれて彩られており、椅子も少し装飾されていた。

 外装だけでなく内部も素朴で、生徒達の派手さと比較すると違和感を覚える。


 しかしこんな個性に掛ける学校でも、俺の日常には無い刺激に満ちていて、アラサー男の興味をそそるのだった。

 

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