第51話 少女の想いにギャルは呼応する

蓮琉はる……。いつからそんなに逞しくなったんだ? あんなに気弱だったお前が……」

玖我くがさん達のおかげで私は変わったの! 菜摘なつみちゃん達と一緒の学校は楽しいし、みんな私の話しを聞いてくれる! 聞く耳を持たないのはお父さんだけだから!!」

「私はお前が心配だっただけで……」

 

 威勢良く持論を展開する娘に、たじろぎながら弱気になっていく父親。ここまで来れば、もう俺達が出しゃばる必要も無いかと思っていたのだが、そう簡単に両者は食い下がらなかった。

 凄まじい親バカっぷりだな……

 

「それでも私はお前の親だ。お前の将来を案じて、一番良い道だけを選ぶ。だから私を信じて言う通りにしてくれ!」

「選ばなくていいよ! 私の人生は私が決める! お父さんのせいでずっと辛かったもん!」

「それは今だけだ。必ず将来の役に立つ」

「じゃあ今の時間はどうでもいいの!?」

「そうは言わないが、先の人生に比べれば多少の我慢も致し方ないだろう」

 

 娘の言葉には何一つ揺るがない父親に、最早狂気じみた信念さえ感じる。

 背中を震わせ、打ちひしがれる蓮琉を見た明希乃あきのは、勇ましく立ち上がって父親を睨み付けた。

 

五影いつかげ社長、まだご理解頂けないんですか?」

陸峰りくみねさん。蓮琉の必死さは分かりますが、ここで折れてしまえば娘の為になりません」

「我が子の訴えを疑うのが親の役目なんですか!? 少なくともここに居る玖我くんと菜摘ちゃんは、彼女の為にと動いてきました」

「それにはもちろん感謝しています。しかし私は親の責務として、娘のより良い人生を……」

「いい加減にしろよオッサン!!」

 

 強迫観念のように頑なな主張を繰り返す父親に、激高して怒鳴りつけたのはギャルである。キレたくなるのも理解出来るが、いきなり友人の父親をオッサン呼ばわりするとは、肝が据わった子だ。そういう性格も割と気に入っているけど。

 大人しく聞いていた女子高生が不意に臨戦態勢に入り、五影家当主も呆然としていた。

 

「さっきから聞いてれば娘の為って言ってるけどさ、自分の意見を全否定されて、嫌なこと押し付けられて、そんなのハルちゃんが意固地になるだけだってなんでわかんないの!?」

「私は娘からの理解を得る前に、これから長く続いていく娘の未来を見据えて……」

「言い訳すんな!! あんたはハルちゃんの想いより、自分の考えを正当化したいだけだ!!」

「そ、そんな理由ではありません」

「じゃあハルちゃんの気持ちを無視しないでよ!! お父さんが自分を想ってくれてたんだって、ちゃんと感じられるようにさ!」

 

 涙ながらに訴えかける菜摘は、まるで我が身に背負った苦しみを振り返りながら、子どもとして代弁しているみたいに見える。彼女自身は父親と思いたかった男に裏切られ、何日か前まで絶望に暮れていた。友人の親子関係には、そんな悲しい結末を迎えて欲しくないのだろう。

 一方的な正論に殴られた蓮琉の父親は、戸惑いを捨て去り、強い決意をした表情に変化する。

 

「君だったら、私のような人間を父とは認めてくれないかい?」

「その質問をあたしにしてどーするんですか?

 すぐ近くに実の娘がいるのに」

「……それもそうですね。

 蓮琉、本当に良い友達を持ったんだな」

「私に自信をくれたのが、菜摘ちゃんだよ」

「そうか。私がやってきた事は、やはりただのお節介だったんだな。ここに居る皆さんなら、お前を助けてくれるのだろう」

「うん。私は菜摘ちゃんと、そして玖我さんの事が心から大好きですから」

 

 先程までとは一転して、この場は和やかな雰囲気に包まれていた。しかしそこまで信頼されても、俺にとっては重圧にしかならないなんて、口が裂けても言えるわけがない。

 

「みなさん、私達家族の問題に巻き込んでしまいまして、本当に申し訳ありませんでした。これからは娘の意志を大切にします」

「じゃあお父さん、私も文化祭参加していい?

 菜摘ちゃんと出し物やりたいから」

「あぁ、困った時は彼らに相談しなさい。

 もちろん私も力になる」

 

 ここへ来た目的も果たされ、ホッと胸をなで下ろした俺達は、帰り支度を始めていた。菜摘の腕の中にいる悠太ゆうたも眠そうにしているし、五影親子にも積もる話があるだろう。

 夕食を食べて行けと誘われたが、気疲れしてしまい、とてもそんな気分ではない。

 

「ではお邪魔しました。

 蓮琉ちゃん、また遊びにおいで」

「はい! ありがとうございます玖我さん」

 

 満面の笑みで見送ってくれた蓮琉は、きっともう大丈夫だろう。

 安心して車を走らせていると、唐突に明希乃から意味深な発言が出てきた。

 

「五影さんも茨の道を選んだわね」

「なんで?

 親子のいさかいは解決したんじゃないのか?」

「そうじゃないわよ。好きな人を友達だと割り切るのも簡単じゃないのに、親友との幸せを願いながら、どんどん想いを膨らませるなんて」

 

 遠い目をする悪友は、自身の経験談でも語っているように思える。蓮琉の置かれた状況を考えれば、少しは同情も出来るが、明希乃ほど親身に重なってはこない。

 

「まさか明希乃さんも同じなんですか……?」

「どうかしらね。玖我くんと菜摘ちゃんはすごく相性も良さそうだし、二人がめでたく結ばれてくれれば、五影さんも報われるわ」

「はぁ。マサくんがこんなに甲斐性なしだったなんて、思ってませんでした……」

「は? なにが? 俺なんかしたの!?」

「仕方無いんじゃない? 堅実に生きてるようで、大切な人の為なら犠牲もいとわず守れるバカなんて、そうそういないからね」

「俺は今褒められてんの?

 それともバカにされてんの?」

「あたし達が分かればいいから、マサくんは運転に集中してていいよばか」

「菜摘まで俺の扱いが酷くなってんなぁ」

 

 ハブられた感覚で気分良くはないが、それでも今回の件は一件落着となった。蓮琉を取り巻く環境が改善され、これからも良き友としての関係は続いていく事だろう。


 そして待ちに待った文化祭の日が訪れようとしている。

 

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