第50話 さて、乗り込んではみたものの……

 近くのコインパーキングに車を停め、全員で降りた時には、すでに日が暮れていた。突然お邪魔するのは迷惑だろうが、今回の文化祭の件、そして偽の恋人を演じていた事は、はっきりさせなければならない。

 若干身体が強張ってくる中、悪友に最後の確認をした。

 

「なぁ明希乃あきの。お前にとっては無関係に近い話なのに、なんでここまで来たがったんだ?」

「言いたい事は色々あるわ。娘の自主性を否定する親にも、都合が悪い事は言えなくなる娘にもね」

「明希乃さん、ハルちゃんだって頑張ってたんです。あまり悪く言わないで下さい」

「それは分かってる。でも菜摘なつみちゃん、そうやってすがられた玖我くがくんは、事情も知らずに大きなリスクを背負わされたのよ?」

「………マサくんの為なんですか?」

「誤解しないで。ここに来たのは、あくまでこじらせた親の愛情が気に入らないだけ」

 

 今までもそうだったけど、明希乃には妙な正義感からくるお節介な一面がある。感情的になりやすいのは玉にきずだが、それでも間違った事を正そうとする意志は否定出来ない。

 

「とりあえずやり過ぎないでくれよ。蓮琉はるちゃんは身を引いたんだし、責める必要は無い。文化祭に参加させる許可だけもらおう」

「それは向こうの親子次第ね。あなた達を巻き込もうとするなら、黙っていられないかも」

「今回首を突っ込んでるのは俺達だ。

 そこはなるべく堪えてくれ」

 

 五影いつかげ家の呼び鈴を押すと、使用人らしき女性の応対が聞こえた。すかさず明希乃は自分の名前を出し、社長への用事だと伝えて中に入れてもらう。

 すでに出しゃばり過ぎだろ。


 広々とした屋敷の中は、部屋の内装も非常に豪勢で、いかにも名家という雰囲気である。

 客間に案内され、そこに入ってきた厳つい風貌の男が、不思議そうにこちらを見ていた。

 

陸峰りくみねさんと、そちらは玖我さんですか?」

「初めまして、玖我正義くがまさよしと申します。この度は失礼ながら、急にお邪魔させて頂きました」

「いえいえ、それは構いませんよ。

 娘もお呼びしましょうか?」

「いえ、結構です。

 本日はお父様への要件で参りましたので」

「そうでしたか。それはそうと、後ろに居る方は蓮琉のご学友さんですか?」

「はい。蓮琉ちゃんにとっての友人であり、自分の本当の恋人です」

 

 父親を騙していた罪悪感、そして菜摘に対する誠意を示す意味から、投げ掛けられた質問には正直に答えた。

 目を丸くした父親は怒り出すかと思えば、穏やかに話しを進める。

 

「あなたは蓮琉の恋人だと伺っていたので、まずは事情を説明して頂けますか?」

 

 俺は蓮琉と出会ったキッカケから、恋人を演じるに至った経緯まで、全てを告白した。その場に居る全員が黙って聞いていたが、弟を抱えたギャルは、不安に押し潰されそうな表情をしている。

 一度目を閉じた蓮琉の父親は、内容を飲み込むようにして口を開いた。

 

「私が良かれとした行動は、そんなにもあの子を追い込んでいたのですね」

「五影社長の娘さんを想う気持ちは承知しています。ですが本人の気持ちを尊重しない愛情は、そう簡単に理解されません」

「陸峰さんの仰る通りですね。私は娘に、ただ押し付けていただけなのかも知れません」

 

 俺が答える前に割り込んだ明希乃の言葉に、蓮琉の父親はすんなり納得している。娘に聞いて想像していた人物像と、実際に見た父親があまりにも違い過ぎて、困惑するばかりだ。

 

「その節は出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「こちらこそご迷惑をお掛け致しました。もう娘の為にと盲信するのは控えるようにします」

「なぜそこまで本人の意見を聞き入れなかったのですか?」

 

 俺と父親が和解している最中、ずけずけと踏み込む明希乃の図太さは、さすがに関心せざるを得ない。遠慮というものを知らんのか。

 

「娘の事をいつまでも子どもと侮っておりました。気が弱いあの子を導いてやらねばと」

「それで婚約者を選んだり、文化祭への参加を拒んだりしているわけですか?」

「娘は世界で一番可愛い少女なので、また問題に巻き込ませたくはなかったんです」

 

 突如放たれた親バカ発言に、思わず耳を疑う。

 

「そ、それはそうですよね。自分の娘が世界一可愛く思えるのは当然ですよ」

「娘であるという以前に、蓮琉以上に可愛い子はおりません。去年通わせていた高校でも、体育祭のダンスで着る衣装があまりにも似合い過ぎて、他の女生徒の反感を買いまして」

「あ、それで文化祭の参加に反対を……」

 

 どうやら父親補正抜きにして、本気で娘の魅力に陶酔しているらしい。

 明らかになっていく蓮琉を縛り付けた要因に納得しつつ、娘の為にと信じて疑わないこの親に、俺らの目的と合点させる文句が見付からない。

 悪友とギャルも唖然とする中、部屋の扉が勢いよく開かれ、慌てた様子の蓮琉が飛び込んで来た。

 

「ちょっとお父さん!

 これ以上変なこと言うのはやめてよ!!」

「ハルちゃん! ごめんね、勝手な事して」

「ううん、菜摘ちゃんありがとう。玖我さんと陸峰さんも、私の為にすみません」

 

 頭を下げる少女の姿は、思いの外元気そうに見える。と言うか凄く怒ってるな……

 

「お父さんも全部聞いたんでしょ!? 私はもう言いなりになんてならない! 菜摘ちゃんと一緒に文化祭だって出たいの!」

「しかしまたお前に辛い思いをさせたくないんだ。浴衣なんて来たら男子生徒は放っておかないし、嫌がらせを受けてしまうかも」

「前の学校での事だって、自分でなんとかするって言っても聞いてくれなかっただけでしょ!? 少しは私を信じてよ!」

「子どもが可哀想な思いをするぐらいなら、私が親として安全な暮らしを保証してやる。だから言う事を聞いてくれ」

「いつまでも子ども扱いしないでよ!!」

 

 いかにも保険会社の社長らしい、保守的な思想で説得しようとする親父に対し、いつになく強気な蓮琉の気苦労には寄り添える。

 娘の怒鳴り声が響き渡る客間において、親子喧嘩にすらならないこの状況に、外野は仲裁に入るべきなのかさえ分からなかった。

 

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