第44話 ギャルだってたまにはイタズラをする

 ギャル達の引っ越しが終わり、それぞれが新しい環境に馴染み始め、一週間くらいが過ぎた今日。

 秋の風が柔らかに吹く穏やかな日中に、俺の部屋には派手目と清楚系の美少女二人が来ている。もちろん、日本語もつたない幼き少年も含めて。


 家の距離が格段に近くなった四十崎あいさき家には、毎日のようにお邪魔させてもらっている。夕飯をご馳走になるにしても、弟を連れてこちらに来るより、俺が出向いた方が手っ取り早いからだ。

 夜には自宅に戻るが、今までより菜摘なつみと過ごす時間は増えた。

 蓮琉はるは帰宅を早め、少し気を遣われてる感じもする。

 それでも休日であるこの日は、三人揃ってご機嫌そうに昼前から遊びに来たし、別段気にする程でもないのだろうか。


 なんにせよ、彼女らのテンションは謎に爆上げであった。

 

「お昼食べたらみんなで遊びたい!」

「遊びたいって……何して?」

「んー、ゲームとか?」

「ゲームねぇ……」

 

 一応我が家にはゲーム機や何本かのソフトが揃っている。以前ちょこっとギャルとやったが、彼女は壊滅的に下手くそだった。だがそれをあからさまに伝えるわけにもいかず、手加減しながらやってはみたものの、張り合いが無さ過ぎて俺が先に飽きてしまう。


 出来れば他の事にして欲しい。そんな俺の顔色を察したのか、蓮琉が別の提案を申し出た。

 

「そう言えば、この前面白いもの観ました」

「ん? 何を観たの?」

「カップルがどれだけ仲良しか、いくつかの質問で診断するゲームです!」

「あー、動画投稿サイトのやつ?」

「そうです! 菜摘ちゃんと玖我くがさんなら、お互いの事もよく分かってるのかなぁって」

 

 失敗したら関係が崩壊しそうで怖いんだけど。もしやこの黒髪少女、実は腹黒お嬢さんで、俺らの信頼を揺るがそうとしている? そんなわけないか。

 ともあれ、乗り気でない俺とは正反対に、ギャルは目をギラギラ輝かせている。

 もう嫌な予感しかしない。

 

「なにそれ面白そー! あたしやるっ!

 動画撮ってアップする!」

「いやアップはするなよ。

 せめて撮るまでにしてくれ」

「えー、なんでー?」

「身バレもやだし、恥ずかしいだろうが」

「顔隠しとけばよくない?」

「だったら尚更アップする意味ないじゃん」

 

 あー、頬っぺをパンパンに膨らませちゃって可愛いねー。弟よりもぷっくぷくだよ。

 

「菜摘ちゃん、とりあえずやってみよ?」

「でも今日のマサくんノリわるーい」

「玖我さんは菜摘ちゃんが心配なだけだよ。

 上手く撮れるかも分からないし」

 

 菜摘が心配と言うか、相性最悪みたいな結果になって、見限られたりしないかビビってるだけなのだが。


 親友になだめられて、なんとか落ち着きを取り戻した不機嫌ギャルは、手際良く料理を作り始めた。その動作はプロ顔負けの速さで、蓮琉の口も開きっぱなしである。

 俺に至っては、米とぎしか追えていない。

 

「ほう、これは……カレーだよな?」

「そう、キーマカレー!」

「煮詰めたりしなくてもできるんだな」

「時間短縮した分、作り置きした飴色玉ねぎと、焦がしバターでコクを出してるよ」

 

 なるほど。よく分からないけどなんか凄そう。


 少女と二歳児が美味しそうに食す中、香りを楽しんだ後に口に入れた俺は、突如悶絶してしまう。

 口の中がビリビリ痺れるんだが……

 

「おい! これ辛さの調節おかしいだろ!」

「あははははっ! マサくんのだけ五倍くらい唐辛子多くした! そんなに辛い?」

「辛いなんてもんじゃないぞ!

 味わう前に痛くて泣けてくるわ!」

「な、菜摘ちゃん……」

「ごめんごめん。ひと口ちょーだいっ」

 

 不安そうな蓮琉をよそに、激辛カレーを無言で飲み込むギャル。しかし予想外に反応が薄く、顔色ひとつ変えない。

 不思議そうな眼差しを向けられても、こっちはもっと不思議なんだけど。

 

「そんなに辛くなくない?」

「えぇ……マジで言ってんの?」

「マジのガチだし。フツーに美味しいけど」

「えっと、私もひと口いいですか?」

「構わないけど、蓮琉ちゃんは気を付けてね」

「は、はい。ほんのちょっとにしてみます」

 

 舐める程度に口へと運び、水を一気飲みした蓮琉の反応は、ものすごく常識的だと思う。菜摘の舌だけが、常軌を逸しているのだろう。

 

「こ、これは玖我さんが可哀想だよ」

「ガチで!? そんなにヤバい!?」

「菜摘ちゃん、よく平気だったと思う……」

「ごめんマサくん。ちょっとしたイタズラだったんだけど。あたしのと交換しよ?」

「君は痩せ我慢してないだろうな?」

「ぜーんぜんしてないよ。

 そんなにこっちと変わんない気がするし」

「嘘だろ? とんでもねぇな……」

 

 俺の器をギャルの物と交換すると、程よいスパイス感がそれはもう味わい深かった。野菜と挽き肉の旨みがルーに溶け出し、ほんのりピリッとくる刺激が更に食欲をそそる。こんなに絶品だったとは。

 専門店を超える美味さに舌鼓したつづみを打っている頃、正面に座る菜摘は、激辛をものともせず食べ進めていた。彼女の味覚はかなり繊細だと認識していたのに、何故あの痛みに耐えられるのだろうか。

 やっぱり本人の忍耐強さが、尋常ではないからかな。

 

「君の口の内部はどうなってるんだ?」

「え? こーなってる」

 

 小さな口を開いて見せられても、視覚から得られる情報なんて何も無いぞ。いや、その素直さも含めて、可愛いのは見て取れるけど。

 

「唾液の中に、辛味成分を中和する物質でも含まれているのか?」

「うわ、なんかキモ……」

「ちょ、冗談だよ! キモいとか言わんで」

「うそうそ! 思ってないって。

 確かめる為に、口移しでもしてみる?」

 

 動揺した俺は、よろけて椅子から転げ落ちた。からかうような笑顔から急な真顔に変貌し、そんな際どい発言をされたら、冷静な反応なんて不可能である。

 呆気に取られる少女を尻目に、四十崎姉弟は大爆笑していた。

 

「あははっ! 真に受けないでよオッサン!」

「う、うるさいわ小娘!」

 

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