第43話 ちょっとひと休みしたいの回?
「え、ちょ、これガチ!?」
「すごーい。ここが
「ホントにすぐ住めるじゃん。しかもマサくんの家より広いなんて、聞いてないし……」
「そりゃ一人暮らしより、当然広さも部屋数も要るだろ」
下校後のギャルと黒髪少女は、普段通りに俺の部屋までやって来た。しかしその時の俺は、家電量販店やホームセンターを走り回り、揃えた家具を
連絡も失念していた為、掛かってきた電話で道案内しながら、新しい家まで来てもらったのだ。
現状では、とりあえず生活に必要な物が並べられているだけだが、それでも不便は少ないだろう。
目を輝かせる女子高生達を見つめながら、俺はふと疑問が湧いた。
「そう言えば離婚届を出したら、新しい苗字は何になるんですか?」
「そのまんまだよー?
「じゃあ婿養子だったんですか?」
「なっちゃんは一度変わってたし、もう変えたくなかったの。そしたらあの人も、四十崎を名乗ってくれるって言ってねー」
「意外ですね。そんな気遣い出来たなんて」
「それも結婚の決め手だったのよー」
菜摘の姓が変更されないのは、なんだか心地好い。友達と一緒に部屋から部屋へと渡り歩く姿は、なお微笑ましく思えてくる。
ほんの数ヶ月前であれば、この光景を見たところで、何を喜ぶべきか考えるくらいだっただろう。だけど今は思考よりも先に、幸福感が包み込んでくる。
これは全てあのギャルが与えてくれたものだ。あの時気まぐれが発動してくれて本当に良かったと、心からそう思う。
「どしたのマサくん? あたしのことがそんなに可愛くて仕方がないのー?」
「あぁ。抱き締めてもいいか?」
「え? 別にいいけど……」
からかうように近寄って来た彼女を、力強く腕の中に引き寄せた。
この華奢な身体で、今までどれだけ背負ってきたのか。どれほど必死に家族を支えてきたのか。それを考えると胸が痛み、そして現状から得られる安堵感に、自然と涙が零れ落ちてくる。
菜摘は本気で抱かれるとは思っていなかったのか、若干戸惑う様子を見せたものの、小さな手で俺の背中にしっかりしがみついていた。
「結構恥ずいね、これ」
「……すまん。我慢出来なかった」
「ううん。イヤじゃないからいいよ」
「もう絶対、あんな辛い思いさせないから。
これからは何がなんでも俺が守るから」
「ありがとうマサくん。大好き」
四半世紀を超えてきた俺の人生で、こんなに誰かを大切に想った事は無い。
親からの愛情は人並みに感じてきたつもりだし、女性を好きになった経験だってある。
しかしそのどれとも違う。この子に対して抱く感情だけが特別なのだ。
偉大な親に負けじと、がむしゃらに貯えた金に、なんの価値も見いだせなかった俺。でもギャルを救った日から、その重さをつくづく実感した。
決して不幸には思っていなかっただろうけど、それでも自身を押し殺して頑張っていた菜摘。彼女にとって一番足りてなかったものを、たまたま俺が持っていたに過ぎない。
そこから絡み合っただけの運命が、今では一番の宝物になっていた。
「マサくん、そろそろ遊んできていい?」
「だめ。もう少しこうさせてくれ」
「えー、もう。仕方ないなぁ……。
てかさっきからなに考えてるの?」
「読者様に分かり易く詳細に、心境の変化をお伝えしているところだ」
「は? 読者? なに言ってんの?」
「なんでもない。
なんか気持ちが溢れてしまってな」
しばらく熱い抱擁に付き合ってくれた彼女は、腕を解いてすぐに、
そんな中、居間の端っこで遊ぶ
「悠太、パンダが泣いてるぞ?」
「パンダぶーぶ! ゆうたんの!」
「車のつもりで乗ってるのか。
スクスク成長してるんだなぁ」
「あー! パンダさんのお腹ぺっちゃんこじゃん! ゆうちゃんめーよ!」
「仕方無いさ。今度乗れるおもちゃでも買うよ」
「そんくらい、あたしのバイト代で買えるし」
「君は俺の為にバイト辞めるの」
「あ、そーだった……」
残念そうに聞こえるセリフではあるが、姉の表情は弟以上に明るい。バイトを苦にしていたとは言わないが、相当負担にはなっていたのだろう。
代わりに俺から小遣いを渡してやるのも、構わないよな。いや、さすがに嫌がるかな。
「それよりさ、あたし早くキッチン使いたいんだけど!」
「ん? あぁ、食材が無いのか」
「調味料もなーんも無い!
だからみんなで買いに行こ!」
「そうだな。腹も減ってきたし行くかぁ」
いつだって誰かに必要とされてきた少女は、その重圧を匂わせない為に容姿で誤魔化した。なんの不自由もしてなさそうに振る舞い、自身の悲鳴よりも周囲の声に耳を傾け、尽くす生き方をしていたのが彼女である。
対する俺は、物心ついた時から見上げる存在が居て、自分の存在意義を確立する為に、その男を越えようと必死だった。だが得られた名声にはなんの価値も見いだせず、期待に応えるのもリスクとしか捉えられない事を知り、過去も栄誉も捨てて生きる道を選ぶ。
そんな俺に残された資産は、今まさに菜摘の支えになっている。
彼女に好きな料理をさせてあげたり、大切な家族や友人への火の粉を振り払ったりと、そのひとつひとつで笑顔になってくれる。
ようやくこれまでの人生が、無駄ではなかったと感じられた。菜摘との出逢いが、彩りを与えてくれた。
なんだか最終回チックな心の声が渦巻いているが、俺とギャルの物語はまだまだ終わりなど迎えない。そろそろコメディ感溢れる日常回でも、やって来てはくれないだろうか。
え、ネタ切れ?
いやいや、そんな事はないでしょう。
章のタイトルだって、続きをチラつかせるものになってるよ?
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