第41話 母が母なら子もギャルだ

 四十崎あいさき一家と夕飯を食べ、疲労感丸出しだった菜摘なつみは先に風呂へと向かわせた。

 食後で目が冴えてしまった悠太ゆうたの相手をしつつ、口を尖らせて物思いにふける麗奈れいなさんに目を向ける。

 決して暗い様子ではないけれど、簡単に割り切れたりはしないのだろう。住み慣れた家からの引越し。一応婚姻関係にあった旦那との離婚。

 子ども二人を育てる母にとって、のほほんとしていられる状況ではない。

 少しでも心労を減らしてやりたいが、どうすべきか。

 

「ねぇマサくん、入籍はいつにする?」

「はぃい!? なんの話しですか!?」

「私とじゃないわよぉー? なっちゃんと」

「そ、それは分かりますけど、さっきからそんなこと考えてたんですか?」

「そうよー? ここまでしてもらってるし、もうお互い本気になってるじゃない」

 

 母親の脳内経路は、俺の広がり方とはまるで違っていた。彼女自身、今の娘の歳には身篭っていたのだし、極端なのも分からなくはないけど。

 そりゃ俺も責任を取るつもりがあっての行動だが、女子高生と今すぐ夫婦になろうなんて考えは持てない。

 そもそも麗奈さんは、自身の今後に頭を悩ませていると思ったのに、なんでその思考に辿り着いたんだ……

 

「えっと……まだ特に考えてません。

 それより課題が山ほど有りますから」

「そうねぇー。

 私はスッキリしちゃったけどねー!」

「夫と別れられてですか?」

「うん! あの人の中で大事なのは、家族よりもお金なんだって分かってたものね」

「……よく結婚しましたよね。

 やっぱりルックスに惹かれたんですか?」

 

 率直な問い掛けに対し、美魔女は不敵な笑みを浮かべて、意気揚々と語り出す。

 

「彼が私にベタ惚れだったのよぉー?

 最初は優しい人だったしね!」

「あ、向こうから迫って来たんですか」

「そーなの。すんごい尽くしてくれたんだけど、結局お金の次になっちゃったわねー」

 

 あっけらかんと打ち明ける姿には、未練など微塵も感じない。精神面の支えになれなければ、愛情なんて砕け散ってしまうのだろう。

 それにしてはあの親父、妙にあっさりしてたな。

 

「仕返しにまた悪巧みしないですかね?」

「しばらくは大丈夫だと思うよー。あの人は臆病だから、大事おおごとにするのは苦手なの」

 

 薄々は感じていたが、俺も菜摘ももっと揺さぶられてもおかしくないのに、あの親父は引き際を探っているように見えた。自分に向けられた刃を恐れる、保守的な側面が強いのかもしれない。

 その辺りは俺も持ち合わせているから、金を渡せば一旦は落ち着くのかな。


 麗奈さんと話している間に、タオルを首に巻いたギャルがリビングに入って来た。濡れた髪を揺らしながら、何やら不安そうにしている。彼女の方が傷は深いのだろうか。

 

「ママー、お風呂いいよー」

「じゃあマサくん、ゆうちゃんとお先に頂きますね!」

「はい、ごゆっくりどうぞ」

 

 幼児を連れた母親が部屋を出たところで、菜摘は少し上目遣いでこちらを見つめる。理由は分からないが、普段と違ってどことなく

 

「どうしたんだ菜摘? 疲れたか?」

「うん、それもあるけど……。

 あたし、すごいこと言ってたなぁと思って」

「すごいこと? なんか言ったっけ?」

「一生面倒見るとか……」

 

 娘も娘で、母親と似たような話題を提示してきたな。俺としては、とにかくあの男と引き離すのが優先で、その後の進展までは急いだりしていないのだが。無論、意識はしてしまうが。

 

「言ったと思うけど、俺は今までの関係性であれば充分だよ。先の話はまた考えよう」

「でもあたし、マサくんに甘えてるだけにならない? こんなに良くしてもらってるし」

「学生の期間は、自分の道を選ぶのに一番適してる。君からその機会を奪うつもりは無い」

「……卒業するまで待つってこと?」

「それまでに君の幸せが、共に歩む道だと決まるなら、その時は喜んで受け入れるよ」

 

 我ながら目の前のギャルに関しては、とことん親身になっている気がする。誰にも渡したくない反面、彼女の意志が義理によって傾いてしまう事を、何よりも恐れていた。

 時間を掛けても一緒に居たいと思ってもらえれば、それがお互いにとっての幸せであり、俺の理想的な関係である。

 だからこそ今は焦って欲しくない。情に流されて人生を決めて良いほど、彼女の価値は安くもない。他の男に興味を示されたらどうしようと、気が気でないが。


 俺の意見を真摯に受け取った菜摘は、真っ直ぐなその瞳が潤み始めている。純真を体現したような彼女にとって、少々重量感のある内容だったかも知れない。

 優しく頬を緩めながら、落ち着きのある声色で話し出した。

 

「そんなに大切にされて、もう離れられるわけないじゃん」

「俺も易々と手放す気なんてないからな」

「それ、選択肢始めっから無いし」

「学生生活を楽しんで欲しいのは本心だよ」

「そだね。あたしもマサくんに釣り合うくらい、いい大人になるよ!」

 

 何を言ってんだかこのギャルは。すでに俺にはもったいないくらい尊い存在なのに、それ以上魅力を高めてどうするつもりだよ。


 そんなこんなで話は纏まり、母子が出た後でのんびり湯船に浸かったのだが、自室のベッドには半分眠っているギャルの姿があった。

 寝床を奪って、俺には床で寝ろと言うのか?

 

「おいそこのギャル。一体何のつもりだ?」

「ふぁー? おかえりマサくん。

 やっぱりギャルっぽい見た目はキライ?」

 

 脳みそも機能が低下しているのか、目を擦りながら意味の分からん質問を繰り出している。

 

「君の外見に不満なんて一切無い」

「そっかぁ。あたしもマサくんの顔好きだよ」

「お、おう。なんかありがとう……ってそうじゃなくて、隣の部屋に戻れよ」

「……一緒に寝ちゃダメ?」

 

 可愛げに満ちたおねだりには逆らえず、歯磨きを終えた俺は、今夜もギャルの抱き枕に甘んじるのだった。朝には蹴落とされてそう。

 

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