第39話 守ってやりたくて仕方がないんだ


「ねぇ!! 家族の問題なんだから、マサくんは関係無いでしょ!?」

「その家族の話に、首を突っ込んでるのはこいつだ。巻き込むなとでも言いたいのか?」

「そーだけど、マサくんにまで迷惑かけないでよ!!」

 

 不穏な空気の中、必死に声を上げるギャルは、今にも泣きそうに見えた。目の前の男に対する恐怖心なのか、もしくは俺に被害が出るのを怖がっているのか。

 どちらにせよ、相手は全く動じていない。このやり取りでは、菜摘なつみの精神がすり減っていくのも目に見えていた。


 それにしても、俺の秘密とはなんの事だろうか。菜摘との交際以外にあるのか?

 

「いいから子どもは黙っていろ!

 俺はこの若造と話しをしているんだ」

 

 父親から投げられた言葉に、萎縮した女子高生は、震えながら腰を下ろした。

 

「それで、なんか切り札でもあるのか?」

「あぁ。今すぐお前達を脅せる材料だ」

「なんの話だ? お前達?」

五影いつかげ家との関係も調べたからな」

 

 まさか、偽の恋人を演じている事も知ってるのか? だとしたら俺は良くても、蓮琉はるは確実に困らせてしまう。見合いを断る口実どころか、菜摘との関係まで壊れてしまうかもしれない。

 ここは冷静に対処せねば。

 

「菜摘の友人関係まで調べたのか?」

「そんなものに興味は無い。

 五影の娘とお前は恋仲なのだろう?」

「……俺の恋人はここに居る菜摘だけだ」

「では五影が親に嘘をついているのか。それでもお前の行動は、不純と見なされるがな」

 

 痛いところを突かれてしまい、言い返すセリフが思い浮かばない。ギャルを庇う事は可能でも、蓮琉と俺は間違い無く破滅する。菜摘もすぐに罪悪感に駆られて、自分を見失ってしまうだろう。これは選択の余地が無い。

 

「五影との秘密と、菜摘との手切れ金。

 総額でいくら出せば気が済む?」

「ほう? 買い取ろうと言うのか?」

「単なる口封じだ。

 それであんたがやった事にも目を瞑ってやる」

「態度がデカいがまぁいい。そうだな、娘一年分の金額で手を打ってやろう」

「一年分……。つまり五十二週分だな?」

「一括で全て支払えるならな」

 

 一週間で五十万なら、五十二週で二千六百万か。高額ではあるが、それで菜摘が親父との縁を切れて、蓮琉とも友達でいられるなら惜しくはない。独断で決めてしまい、娘を想う麗奈れいなさんには少し申し訳ないけどな。

 

「今から準備して、明日には二千六百万円を現金で持ってこよう。それでいいな?」

「なるほど。本当に金だけはあるようだ」

「ダメだよマサくん!! そんな大金、クソ親父に渡す必要無いって!!」

「俺にも非が無いとは言えない。

 だからこれは必要な出費だ」

「なんでよ!!

 あたしの為ならもうやめてよ!!」

「……じゃあ俺の気まぐれだな」

 

 涙ながらに訴えるギャルは、見ていて可哀想にもなる。しかし彼女が負い目を感じるとしても、今はこの親父と引き離す事が最優先だ。蓮琉の身の安全も考えれば尚更。


 菜摘の腕を取った俺は、不気味な笑みを浮かべる男の横を通り、足早に玄関へと向かった。

 

「待ってよマサくん!」

「まずは悠太ゆうたを迎えに行かないとな」

「そうだけど……」

「菜摘が気に病む事じゃない。

 これは俺の為なんだから」

「どこがマサくんの為なの!?

 あなたは損しかしてないじゃん!!」

「君と、君の友人の安全を買い取る。

 完全に俺の自己満足じゃないか」

 

 そう話した俺に対し、彼女は決意を固めたように、ギュッと手を握ってきた。瞳は潤んでいるが、さっきまでの怯えはもう消えている。いつもの強気なギャルが戻ってきたように思えた。

 

「あんたばか過ぎ!」

「どうせバカだよ。君しか見えてないんだ」

「だからもう離さないし」

「手を繋いだまま保育園に行くのか?」

「あたしが一生マサくんの面倒見るし!!」

 

 鼓動が激しく高鳴っている。もちろん嬉しさもあるけど、また彼女の義理堅さに火をつけてしまった。

 俺のやろうとしている事は、本当に正しいのだろうか。救いになるのだろうか。いや違う。救いだったと振り返られるよう、精一杯菜摘の気持ちに応えてやれればいい。

 

「ありがとな。その言葉だけで嬉しいよ」

「言葉だけにしないから!!」

「本当に可愛いな菜摘は」

 

 一旦自宅に帰り、必要書類や小型のアタッシュケースを掘り起こして、心を落ち着ける。菜摘は悠太の保育園前で見送り、そこで少し待っててもらった。

 彼女の下に戻った時にはすでに日も暮れており、暗がりに見える人影には、大人ひとり分が増えてるように見える。

 

「麗奈さん!? お仕事中だったのでは?」

「そんな事してる場合じゃないでしょ!

 マサくんまた無茶してるの!?」

 

 怒った顔まで娘そっくりだな。さすが似た者親子。どうやら菜摘が電話でもしたらしい。

 

「すみません。夫婦の問題に関わるのに」

「そうじゃなくて! 

 そこまでして、あなたは大丈夫なの!?」

「それは問題無いです。指定額を差し出しても、俺の総資産の百分の一しか減りません」

 

 俺の両肩に手を乗せ、すごい剣幕だった麗奈さんは、ポカンと口を開いている。ついでに悠太を抱える菜摘も、凍り付いていた。

 

「ひゃ、ひゃ、百分のいちっ!!??」

 

 変な声を出し、挙動不審なのは母親の方だ。

 

「はい。もう一棟別のマンションもありますし、なんならそこに住んでもらおうかと考えてます。あの父親契約の部屋は嫌なんで」

 

 悠太が眠そうにあくびをする中、母と娘は絶句しながら、お互いに目を合わせている。

 さすがに急展開過ぎたかなこれは。

 

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