第三章 波乱を起こすのは親やら悪友やら

第37話 まさかの破局に向かってる?

 九月十五日の誕生日を十八日に祝い、一悶着あった割に、気分良くスタートを切った二十七歳。

 その後の二日間もギャルとの関係は良好だったのだが、三日目にして不穏な空気が漂っている。

 こんな連絡が菜摘なつみから届くのは珍しい。

 

「今日は忙しくて行かれない……か。

 いつも忙しい中来てくれてたんだけどな」

 

 普段みたいに絵文字や顔文字の装飾が無く、シンプルな一言のみが、メッセージアプリに乗って送られてきた。純粋に時間的な問題や、疲れの可能性も考えたが、それならむしろ心配かけないようにと、違う文面になりそう。

 まぁいつも世話になってるのはこちらだし、追求するような真似はあまりにも失礼だよな。


 考えている間に放課後の時刻になり、蓮琉はるだけが一人で家にやって来た。しかし彼女の様子までも、日頃のそれとは異なって見える。

 

「いらっしゃい蓮琉ちゃん。

 菜摘とは学校で会った?」

「はい。顔は合わせましたけど……」

 

 俯いた黒髪少女は、不自然にそわそわしている。恐らくギャルと何かあったのだろう。

 

「喧嘩でもしたのか?」

「そうではないんです。

 菜摘ちゃん、すごく暗かったんですよ」

「そんなにあからさまなのか。今日は来れないらしいけど、何か関係がありそうだな」

「私にも言ってました。今日は行けないから、玖我くがさんの晩ご飯お願いって……」

「俺に必須なのは食事当番かよ」

 

 蓮琉と二人で居ても、結局話題は菜摘が中心になる。俺の日常は、最早あのギャル無しでは語る事もままならない。会えない一日が云々ではなく、会えない理由と学校での様子が、脳内から離れなかった。


 そして翌日になると、更に状況が悪化してしまう。

 

「具合が悪いからしばらく行けない!?

 ……って事は、学校も休んでるのか?」

 

 スマホに朝から届いていたメッセージに、胸騒ぎを覚えて飛び起きた。

 体調を崩しているなら、今の四十崎あいさき家は誰が家事をやっているんだ? 

 悠太ゆうたは保育園に行かれてるのか?

 そんな不安が駆け巡っているが、とりあえず蓮琉に連絡を入れてみた。返ってきた返信には、やはり菜摘が登校していないとある。居ても立ってもいられず、ギャルに電話を掛けた。

 

「出ない………。寝てるのか?」

 

 数分後にメッセージだけが届き、電話する余裕も無いとのこと。

 さすがにこれはおかしい。

 何かあったに違いない。

 だがもし俺が原因なら、しつこく迫るのも得策ではない。


 はやる感情を抑えつつ、蓮琉の到着を待った。

 

「私にも同じ内容のメッセージでした」

「蓮琉ちゃんにもか。

 何か心当たりとかある?」

「なにも無いです。

 一昨日まで元気でしたし……」

「だよなぁ。俺も避けられる理由が無い」

「本当に体調を崩したんですかね?」

「あの気遣いばかりのギャルが、こんな心配させる書き方すると思うか?」

「思えませんね……。

 菜摘ちゃんらしくないです」

 

 下校途中に寄った蓮琉に確認しても、結果は同じ。俺は最終警告のつもりで、菜摘にメッセージを送った。

『見舞いを持って行くから、何が欲しい?』とだけ。

 返事は一分足らずで届いた。

 風邪が移るから、絶対に来るなという内容である。

 ますます怪しい。

 彼女は嘘をつき、関わらないようにしていると確信した。

 

「俺、行ってくるわ。君はどうする?」

「私は待ってます。もし本当に風邪で動けないなら、お邪魔になってしまうので」

「わかった。その僅かな可能性を願うよ」

 

 動けない状態なら仕方がない。俺に愛想を尽かしたなら、ハッキリ言って欲しい。だが心優しいあの子が、こんな拒否をするのは別の理由がある気がする。面倒事に巻き込まれている可能性が高い。力にならなくては。

 そんな思いで、四十崎家までの道のりを自転車で飛ばした。着いた時点では、外観も特に変わりない。

 インターホンを押し、すぐに出て来た部屋着姿のギャルは、酷くやつれていた。

 

「やっぱり来ちゃったんだ……」

「どうしたんだよその顔!?

 本当に体調が悪いのか?」

「………ごめん。やっぱ帰って」

 

 開けたと思ったら、すぐに玄関を閉められそうになり、慌てて扉を抑える。最初から追い返すつもりなら、出迎えたりしないだろう。

 

「帰れるわけないだろ。心配になるわ」

「あたしは大丈夫だから。早く帰りなって」

「大丈夫な顔してないぞ? 何があった?」

「もういいって! 充分だから!」

「意味が分からん。俺は何も良くない」

「じゃあもう別れよ。あんたとは他人。

 あたしのことは心配しなくていいよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、腕の力が抜けてしまった。その隙にドアを強く閉められ、鍵を掛けた音も聞こえる。完全に締め出されてしまった。

 

「菜摘、そこに居るんだろ?」

「………なんでわかったし」

「鼻啜った音聞こえてんぞ」

「……へんたい」

「なんとでも言え。

 お前のことならなんでも知りたいんだよ俺は」

 

 扉越しに寄りかかって、泣いているのだろうか。そこにいる彼女を、放って帰る事なんて出来ない。

 

「頼りない大人で悪いな。でも俺を庇って抱え込むのは辞めてくれ。一番虚しいから」

「……もうマサくんばかりに迷惑かけらんないよ。あたしのことは忘れていいから」

「それ、一番忘れられなくなるセリフな」

「ホントにさ、充分だから……」

 

 悲しげな声を出すだけで、俺の言葉に耳を貸そうとしない。しかし別れ話が出たのは、本心からではないのが伝わった。

 

「勝手に納得しないでくれ。俺が君を好きな気持ちが、全部軽く感じるじゃないか」

 

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