第36話 二人にとっての特別な日になる

 動物園に行った日からも特に変化は無く、まるで当たり前の様に、女子高生二人が我が家へと来る毎日。毎日と言うには語弊があるか。今週も二回は四十崎あいさき家に行って食事をしたし、厳密には毎日ではない。ほぼ毎日。なぜ二回なのかと言えば、母親の休日はそちらに行くからである。

 そして一週間が過ぎた、九月半ばの土曜日が今日。遊びに行った翌週に当たる。

 

「ねぇマサくん。あたしになんか隠してない?

 隠してるよね? 絶対隠してる!」

 

 ギャルから謎の剣幕で詰め寄られ、本気でたじろいでしまう。大きくて綺麗なつり目は、怒りを帯びると迫力が著しく上昇するのだ。

 しかし俺は何もした覚えがないんだけど……

 

蓮琉はるちゃん、俺ってなんか隠してんの?」

「えっ!? えーっと、こっそり菜摘なつみちゃんのお菓子を食べちゃったとか……?」

「俺そんなことしてないよ!」

「えぇ!? なんで私が怒られるんですか?」

 

 わけが分からなくて、咄嗟に黒髪少女に救援要請を出し、そして八つ当たりに走っている。しかし誤魔化されない菜摘は、じっと俺を睨み続けていた。

 そんなに怖い顔をされても、本当に事実無根のはずなんだよなぁ。

 

「心当たりが無いんですけど……」

「今度は嘘までつくの!?」

「だって、本当に何も隠してないからさぁ」

「マサくんの誕生日って今月でしょ!?」

「はい!?」

 

 誕生日……? あー、俺の誕生日。そういや三日前に明希乃あきのを含めた数人から、祝いのメッセージがきてたわ。

 隠し事と言うか、自分でもどうでもよ過ぎて伝えてないだけなんだけど。

 もしかして、祝おうとしてくれてた?

 

「あたしと会ってすぐに、三ヶ月の猶予があるって言ってたじゃん! もう三ヶ月過ぎたんだけど、なんで教えてくれないの!?」

「それで今月だと気付いたのか」

「そーだし! で、いつなの!?」

「……三日前に二十七歳になってた」

「はぁあ!!? 過ぎてんじゃん!!!」

「いやだって、この歳になったらめでたくもなんともないし。更にオッサンになっ……」

 

 言いかけてる最中に、ギャルは肩を震わせて涙目になっていた。そんなに誕生日を大切に思っていたとは、さすがに罪悪感も湧いてくる。

 

「もういい!! あたし帰る!!!」

「ちょ、待ってくれ菜摘!」

 

 バタンと勢いよくドアを閉められ、残されたのは俺と蓮琉と、おもちゃで遊ぶ幼児。菜摘が弟を置いて飛び出すなんて、よっぽどショックだったのだろう。これは放置なんて出来ない。

 

「蓮琉ちゃん、悠太ゆうた任せてもいいかな?」

「はい。早く追ってあげて下さい」

 

 よく考えたら、カバンまで置きっぱなしだ。どうせすぐに戻る。それを頭では理解出来るが、今は彼女の気持ちを優先しないと。


 玄関を出てエレベーターに向かうと、タイミング悪く扉が閉まった。すぐに隣のエレベーターを呼ぶが、高層マンションだと片道でも時間が掛かる。無駄に足踏みをしながら到着を待っていた。

 ようやくエントランスに辿り着いた時には、すでにギャルの姿が見当たらない。もう外に出てしまったのだと、慌ててビルを飛び出した直後、大きな声で呼び止められる。

 

「マサくん!!」

「へ!? なんだ、そこに居たのか……」

 

 地下駐輪場の入り口付近に、涙を拭う菜摘が見えた。まだ気温はそこそこ高いし、この中を逃げられたら、追い付けるほど体力に自信が無い。待っていてくれて本当に助かった。

 

「ちょっと経ったら戻るつもりだったのに」

「そう思ったけど、ほっとけないからさ」

「……なんで教えてくれなかったの?」

「菜摘の誕生日は出逢った時には過ぎてたし、俺だけ祝ってもらうのも気が引けるだろ」

 

 これは一応、本心である。もちろん意識していなかったのもあるけど、ギャルは知り合った時点で十六歳になっていたのに、俺だけ今年から祝ってもらうのは悪い気がしていた。

 

「そんな気遣い、ちっとも嬉しくないし」

「ご、ごめん。逆に不安にさせたか」

「………なにが食べたい?」

「え? 好きな物作ってくれるの?」

「今日お祝いするし」

「んー、とりあえずケーキ買いに行くか。

 車出すから待ってて」

「うんっ!」

 

 蓮琉にそのまま留守番と子守りを頼み、菜摘だけを乗せて、大きめの街まで車を走らせる。そこならケーキ屋もあるし、食材だっていつもより選択肢が広がる。何より機嫌を直して祝おうとしてくれてる菜摘に、少しでも特別な時間を過ごして欲しかった。今更だけどな。

 

「六月三日だから」

「君の誕生日か。しっかり覚えたぞ」

「もう少し早く出逢えてたら、一緒にお祝い出来たのにね」

「早くに会ってたら、ただのギャルとしか見てないよ。百万で買う機会も無かっただろ」

「たしかに! クソ親父のせいだけど、それのおかげで、あたしこんなに幸せなんだ!」

 

 買い物を終えて帰宅したギャルは、それはもう幸せそうに料理に励んでいる。待たせてしまったお詫びにと、蓮琉や悠太の好きな物も買って帰ったが、文句ひとつ言わずに一緒になって祝ってくれた。俺はいつの間にか、こんなにも恵まれた環境に居たんだなぁ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る