第35話 ギャルを想って自問自答を繰り返す
歪んだ愛人願望を持ってしまった少女の隣は、少々気まずい。だが俺を避けるように、弟と母親の側から離れないギャルにも近付けず、そのまま獣臭漂う園内を散策している。
特に悪い事をしたわけでもないのに、この疎外感に当てられてしまうのも、なんだか腑に落ちない。と言うか気が重いし、憂鬱になる。
「なんでこうなってしまうかなぁ……」
不意に本音がポツリと漏れた。いや、今日一日の間で変に取り繕った発言もしていない。ほぼ考えたそのままの言葉を使っていたから、今更本音がどうこう考えるのも変だ。
褒めるにしても、言い方を弁えるべきだったのか。
「
「あぁ。
「菜摘ちゃんは、本当に玖我さんの事が大好きで仕方がないんだろうなぁって思います」
「そういう結論になるんだ」
「なりますよ。もっと好きになってもらおうと押してたら、返ってくるものが想像以上に大きくて、戸惑っているだけかと」
言われてみれば、夏休み明け付近からの菜摘はだいぶ積極的だったけど、俺はそのペースにそれほど合わせていない。どこか無理をしている様にも見えた。
気を張る事にも限界がきて、初々しいギャルに戻っただけなのかな。
「恋愛経験が無い蓮琉ちゃんでも、そこまで分かるものなんだな」
「少女漫画や恋愛映画の知識ですけどね」
「……それってアテになるの?」
「菜摘ちゃんは純粋ですから」
それは一理あるかも。菜摘の照れるタイミングや愛情表現は、勘繰らずに見ればものすごく素直だ。だから逆に読み取りにくい。周りを気遣ってる時なら、割と解りやすいのに。
そんな事を考えながら歩いていると、前を行く
「マサくん!
私、あのソフトクリーム食べたい!」
「は、はぁ。どうぞご自由に」
「あ、私も一緒に買いに行きます!」
「じゃー蓮琉ちゃんも行こー!
マサくんとなっちゃんはバニラでいい?」
「はい。では俺は席取って待ってますね」
なぜか意気投合している二人は、ついでに幼児も連れて売店へと向かう。
その場にぽつんと残されたギャルは、俺の隣に腰を掛けた。
「ごめんね。なんか嫌な態度とっちゃって」
「あぁ、別に気にしてないよ」
「いや気にしろし!」
照れ臭そうに話し出した菜摘は、打って変わって威勢の良さを発揮する。顔はかなり赤いけど。
「すまん。君に対しての上手い気遣いが分からなくてな」
「え? どゆこと?」
「本音を言えば、ずっとモヤモヤしてた。
でもそれを伝えたら、菜摘が負い目を感じるかと思ってさ」
「……そっか。またあたしの為にって、考えてくれてたんだ」
「もっと君みたいに、上手な気遣いと素直になる場面を使い分けられたらなぁ」
よく晴れた青空を見上げると、これまでに見てきたギャルの姿が浮かんでくる。彼女は辛い思いをしてもグッと堪えて、身近な人に対しては明るく振る舞っていた。俺の前で泣いたのは一度だけ。今も着けてるペンダントを、記念にプレゼントした時だ。蓮琉が泊まりに来た翌日も、恐らく布団の中で泣いていたのだが、その様子は見ていない。
思い返してみれば、喜びはちゃんと表現するけど、悲しい事は自分の中で抱え込む傾向なのか。
そして今横にいる菜摘は、頬が火照っている。
「そんなに難しくもなかったのか……」
「今度はどうしたの?」
「動物園に来て、君の生態を観察してた」
「はぁ? あたしは動物扱いかよ!」
「動物を見てるより、君を見てた方が楽しい」
「もう!
ぜんっぜん意味わかんないんですけど!」
「その感じが良いな。菜摘っぽいよ」
腕を振りながら腹を立てていたギャルは、ピタリと動きを止めた。その目は大きく開いてる。
「今日のあたし、おかしかった?」
「おかしくないよ。俺に遠慮せず強気でいる方が、出会った頃からの君らしいだけ」
「あんたに遠慮なんかしないし!」
「お、久々に出たな、あんた」
この時俺は思った。デレデレなギャルも可愛いけど、ツンデレ感満載の彼女を、すごく気に入っていたのだと。自分で思っていたより、受け身な気質なのか?
戻ってきた蓮琉達とアイスを食べ、残りの動物を見て回っている頃には、菜摘とも自然に話せていた。
あちこち走り回った俺以外の全員はくたびれ果てて、車に乗るなりだらけている。助手席のギャルだけは辛うじて起きているが、他は寝てしまった。
「そいえばさー、あたしこの前、クラスの男子に告られたんだよね――ってちょっ!!」
前置き無しの衝撃発言に、信号前でブレーキを強く踏み過ぎた。寿命が縮まったぞ……
「や、やっぱモテるんだな菜摘は」
「別にそんな事ないけど。なんかその男子は、入学してすぐ好きになったけど、あたしが忙しそうだったから告れなかったんだってさー。どんな理由だよ! って言いかけたし」
「それで、なんて答えたの?」
「ん? ごめん、彼氏いるからって言ったよ。翌日にはクラス内に広まってて、前よく遊んでた子達に変な目で見られたし」
「変な目? 逆恨みでもされたのか!?」
「違う違う。時間無さそうだから遊び誘うのやめたのに、彼氏作ってたのかよーって」
あー、それはお友達責められないわ。付き合いの悪さも、男のせいにされそうな流れ。
「でもね、弟の面倒見てくれるから好きなこと出来るし、やな顔しないで話し聞いてくれる、めっちゃ優しい人なんだよーって惚気けてみた! すげー羨ましがられたよ!」
好きな事って、俺の為に作る料理だろ。話しだって女子高生が相手で、むしろこちらにとってはご褒美じゃん。なんの不服も無いわ。今だって、嬉しそうな顔して俺の自慢を語られてるし、これで文句言ったらバチが当たる。
「そうか。俺は幸せ者だな」
「あたしの方が幸せだけどね!」
「まぁ、あんまり詳細を出さないようにな」
「うん。
まだ社会人ってとこしか言ってないよー」
「それは言っても大丈夫なのか?」
「言っても平気っぽい子にしか言ってない」
高校生相手に社会人と付き合ってるとか言ったら、いくら気の置ける友人だとしても、そこそこ不安要素になると思うんだけど。
「その基準が怖いなぁ」
「大丈夫っしょ!
なんかあったらマサくんに頼るし!」
「何か起こる前に相談してくれ」
「はーい!」
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