第34話 定番の記念撮影はこんなものだ

 お目当てだったパンダに辿り着き、大興奮していた二歳児は、遊び疲れたのか抱っこをせがんでいた。意外と楽しんでいる女子高生達や、日頃の勤務で疲労を溜めている母親よりも、この場合俺が請け負うのが適任である。

 悠太ゆうたは大人しくオッサンの腕の中に包まれた。

 

「ごめんねマサくん。途中で変わるからね」

「大丈夫ですよ麗奈れいなさん。悠太の体重くらい、重さの内に入りませんから」

「でも、なっちゃんも見ててあげられる?」

 

 ふと目線を移すと、菜摘なつみ蓮琉はると並んで会話を弾ませている。今は気に掛ける必要もなさそう。

 

「後ろから見ててやれば充分でしょう」

「そうねー。あの調子なら平気かなー」

 

 屋根の付いたトンネル状の場所に入ると、奥では何やら人の列ができている。ガラス越しに動物を間近で見られるようだが、それが目的の人集りとは違った。外を回れば良かったかな。

 

「あそこでカメラマンさんが撮影してくれるみたいですよ! みんなで撮りましょう!」

「ほー、動物を背景に記念撮影するのか。

 それでなんの動物が居るの?」

「ライオンみたいです!」

 

 うずうずしている蓮琉に誘われ、全員でその列に並んだ。確かにこの位置ならライオンも至近距離に居て、写真映えしそうではある。

 しかし相手は動物。背中やケツを向けてる場合も多く、並んでいる人数よりも、ライオンの機嫌に左右されていて回転が悪い。

 ようやく順番になり、スタッフに声を掛けられた。

 

「人が多いと動物が隠れてしまうので、二組に分かれて頂いてもよろしいですか?」

「はーい! 大丈夫でーす」

 

 手を挙げて愛想良く返事をする母親は、最年長の癖に一番若々しいな。俺も少し見習うか。

 

「では先にお姉さん達から撮影し、次にご両親と息子さんで一緒に撮りましょう」

 

 だが係員の目は誤魔化せなかったらしい。あっさり母親だと見抜かれている。

 そんな事を思っていたのも束の間、その提案に女性三人が凍り付いた。ご両親と息子って……まぁ、そう考えた方が自然ではあるよな。

 麗奈さんは苦笑してこちらを向いてるし、遅れて意味に気付いた俺も、菜摘に対してすごく気まずい。

 しかしギャルは、思いの外すぐに切り替えていた。

 

「ハルちゃん、一緒に撮ろ!」

「う、うん。でも菜摘ちゃんはいいの?」

「ハルちゃんとツーショとかアガるし!

 終わったらあっちで待ってるからねー」

「おう、わかった」

 

 黒髪少女はギャルに背中を押され、撮影ポイントへと移動する。曇った表情を浮かべる蓮琉に対して、菜摘はしっかり笑顔だった。なんだか虚しい気持ちになるのは俺だけか?


 結局引き攣り笑いのまま写真を撮られたのだが、抱えた悠太と隣に並んだ麗奈さんは、爽やかな笑顔で写されていた。四十崎あいさき一家すごいなマジで。

 足早に菜摘の下に向かうと、ケラケラ笑っている。

 

「マサくんブッサイクになってたよー!」

「菜摘に言われるとヘコむなぁ……」

「え、うそ! ガチで傷付いちゃった!?」

「んなわけないだろ。笑ったお返しだ」

「びっくりしたぁ……。ハルちゃん、ママと一緒にゆうちゃん見ててくれる?」

「うん、いいよ。もう少しこの辺に居るね」

「ありがと!」

 

 突然、悠太を預けるように言われ、軽くなった腕をギャルに引っ張られる。何事かと思いつつ見えてきたのは、外の少し高い位置から、さっきのライオン達を見下ろせる場所だった。

 

「離れてるけど、こっちのが景色はいいな」

「でしょー! あたしここで撮りたい!」

「ライオンの写真を撮るのか?」

「マサくんとキスショ撮りたい!!」

 

 いやなんで猛獣の前でそれなんだよ。そうツッコミたいが、この希望にはかなりドギマギしてしまう。

 

「冗談だって! 普通にふたりで撮ろ?」

「そ、そうだな。まだ二人の写真無いし」

 

 肩を寄せた菜摘は、伸ばした左腕を器用に動かし、画面の自分達を見ている。俺も膝を曲げて高さを合わせたが、何枚か撮影しても納得いかないらしい。

 

「次、マサくんが撮ってみて」

「ん? まぁいいけど」

 

 提案通りに自分のスマホを取り出し、右手に持ってアングルを調整した。菜摘は俺の肩に手を乗せ、頬が密着するぐらいくっ付いてるから、照れ臭くて上手く撮れない。

 それにしてもこのギャル、写真映りも良い。

 

「あ、この角度いいかも! とってとってー」

 

 言われるままにシャッターを押した瞬間、頬に当たる感触がふにゃっと変化した。

 

「おま………この写真いいな」

「へっへー、ほっぺちゅーショット!」

「恥ずかしくならないのか?」

「べつに? したいからしただけ」

「すげぇな女子高生ギャル」

「だってここ、そんなに人いないじゃん」

 

 さっきの場所に比べれば、確かに密度は低い。見る場所も多くあるから、こっちに注目も来ないけど、二十代後半にはハードルが高い行動だ。

 けれど俺のスマホに保存された写真はよく撮れており、見ながらニヤけてしまう。

 

「あれー? マサくんめっちゃ嬉しそうじゃん。

 あたしのキス顔に見惚みとれてんの?」

「だって見てみろよ、この口と瞑ってる目!

 めちゃくちゃ綺麗で可愛いじゃないか!」

 

 思わず指で示しながら、本人相手に魅力を熱く訴えてしまった。それを聞いたギャルは、顔を真っ赤に染めて下を向いてしまう。

 

「そ、そんなに可愛いと思ってたんだ……」

「え? 俺、ギャル自体は苦手だよ?」

「なっ……初耳なんですけど!?」

「でも君は特別なんだよな。

 見た目も性格も愛おしくて仕方がない」

 

 その後のギャルは無言だったが、怒ってるわけじゃないのは分かる。ただ俺の露骨な褒め方が、相当な衝撃を与えたらしく、目を合わせようとする度に避けられてしまう。その状態で三人と合流しても、そそくさと弟の下に行ってしまった。

 そんなに逃げなくても……

 

「菜摘ちゃんと何かありましたか?」

 

 心配して寄って来た蓮琉に事情を説明すると、なぜか優しい眼差しを向けられた。

 

「そういう事だったんですね。

 菜摘ちゃんが幸せそうで、私も嬉しいです」

「いや、君は妬いたりするとこじゃない?」

「私は菜摘ちゃんの事も大好きですから。

 なので、二番目に愛してもらえれば……」

「要求が重いよ蓮琉ちゃん!!」

 

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