第33話 いざ、動物園へと出陣す

「みんなで動物園いこーぜ!」

 

 蓮琉はる菜摘なつみと同じ高校に編入してから、初めてとなる休日の前夜。放課後に来た二人と、幼児を含めた四人で夕食を摂っている最中、ギャルから突然の提案が放り込まれる。しかも場所のチョイスはなんなんだよ。

 

「いや、動物園って臭くないか?」

 

 反射的に出た率直な感想であった。子どもの前だし、少しはオブラートに包めよ大人。

 

「だってゆうちゃん、本物のパンダ見た事ないんだもん。見せてあげたいじゃん?」

「実は菜摘が見たいんじゃないの?」

「あたしも見たいよ? てか遊びたいしー」

「素直でよろしい。明日みんなで行くか」

「わーい! マサくん車ヨロー!」

「運転すんのもご無沙汰だなぁ」

 

 そんなわけで翌日は、麗奈れいなさんも加えた四十崎あいさき一家と蓮琉を乗せて、運転手をする羽目になった。ギリ五人乗りの車を持ってるし事足りるが、基本的にインドア派な俺は、足としてもあまり使わない。

 ほぼほぼペーパードライバーだ。

 

「麗奈さん、チャイルドシートは固定出来そうですか?」

「問題無いよー。出発しちゃってぇー」

「んじゃ、出しますね」

 

 ミラーの角度まで慎重に確認し、いざ、アクセルを踏み込む。人を乗せていると緊張感が高まり、軽く触れたつもりなのに、エンジンは勢いよく唸った。練習しとけば良かったな……

 

「うわっ!! マサくん平気これ!?」

「すまん、力入れ過ぎた」

 

 初っ端こそ足の感覚に苦戦したが、数分で戻ってきた。

 一番近くの園までは一時間もかからず、無事に駐車も成功させて全員で降りる。門の外からでも独特な動物臭が鼻につき、反射的に顔をしかめた。

 

「俺、何年振りかなぁ、動物園なんて」

「あたし中学入って一回来たよー」

「私は記憶に無いくらい、幼い時です」

「え、ハルちゃんそんな来てないの!?」

「うん。あんまり遊びに行けなくて」

「そっかぁー。じゃーこれからは、あたしらと色んなとこで遊ぼ!」

 

 駐車場からはしゃぎ出す若者達に対して、息子を抱えた美魔女は気分が優れないらしい。美顔が一気に老け込んでるけど、大丈夫だろうか。

 

「麗奈さん、どうしたんですか?

 悠太ゆうたは俺が連れて行きますよ」

「ありがとぉマサくん。車酔いしちゃった」

「あー、すみません。運転雑でしたよね」

「ううん、私が酔いやすいだけだよー」

「くたい! ここ、くたい!」

「お、おう。お前にも分かるか悠太……」

 

 麗奈さんは苦い顔のまま口を手で覆い、フラフラと歩を進める。俺と手を繋ぐ二歳児は、眉を寄せて鼻をつまんでいた。本当に臭いよなぁここは。


 入場券を購入して中に入ると、最初は認知度が低そうな鳥や猿のお出迎えで、並んだ檻の中で飼育されている。

 やかましく鳴き散らす猿の隣で、目を半分閉じる綺麗な鳥を見ていると、なんだか気の毒になってきた。

 

「おー、こえ、とい? こえとい?」

「鳥だねぇ。羽が青くてかっこいいよなー」

「おー……。とい、かっきいい」

 

 どうやら悠太も気に入ったみたいだ。静かに見つめている姿は、動物以上に興味深い。


 二人で同じ檻をじっと眺めていると、先に進んでいた姉が駆け足で戻って来た。そして弟の目線に合わせてしゃがみ込み、優しく声を掛ける。

 

「ゆうちゃん、鳥さんも好きなの?」

「とい、かっきいー」

「そっか。じゃあねーねもここで見てよー」

「あれ? 麗奈さんと蓮琉ちゃんは?」

「あっちでトカゲみたいの見てるよ。

 ハルちゃんもキモかわイケる口っぽい」

 

 なるほど。麗奈さんと趣味が合ったのか。可愛らしい外見で、ギャップ強めの二人だしな。


 飽きるほど鳥を観察した悠太は、動き出そうとしたところで、俺と菜摘の両方の手を握った。小さな体によって繋がれた俺達は、お互いを意識して少しだけ照れ臭い。傍からはどう見えるのだろうか。

 

「なんかこれ、家族っぽいね」

「そうだな。

 少なくとも、他人には見えないだろう」

「夫婦と子どもには見えるかなー?」

「どうかなー。お母さんが若過ぎると思われ」

「ぶーらんて! ぶーらん!」

「えー、ここでやるのー?」

「いいんじゃないか? 混んでないし」

 

 菜摘と和やかな会話をしながら、悠太の可愛らしい要望に応え、手を持ち上げて体を揺すった。ブランコのように揺れる幼児と、流れに金髪をなびかせるギャルは、とても楽しそうに笑みを浮かべている。

 これはなんか、父親目線で見てしまうな。

 

「あらあらぁー、歳の近い親子ねぇー」

「そうですね。

 あなたと菜摘はどう見ても姉妹ですから」

「もー、私の話しはしてないの!」

「はいはい。俺と悠太が親子でも、そんなに違和感ないですけどね」

「あらま。私の旦那さんってマサくんなのねー」

「そんなこと言ってないです!!」

 

 合流した麗奈さんには第一声から茶化され、反撃しようと試みたら、あっさり返り討ちにされた。

 帰りの運転、もっと荒くしてやろうかしら。

 

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