第30話 雨降って地固まった様な関係

 昼食を終えてひと休みしていると、ギャルの居ない静けさが際立つ。

 一緒にテーブルを囲う黒髪の少女は、見た目通りの丁寧な言葉遣いに加えて、比較的口数も少ない。幼児は椅子から下ろした途端、ソファーで絵本を読み始めている。菜摘なつみが居ればきっと何食わぬ顔で、適当な話題を振ってくるのだろう。

 そんな思いにふけっていると、突如蓮琉はるのスマホに着信が入る。どうやらそれは家族からで、受けた本人は顔色が悪化していく。悪い報告とは限らないのに、日頃の重圧のせいだろうか。

 

「出られそうか?」

玖我くがさん、一つお願いしてもいいですか?」

「内容にもよるけど」

「手を握ってて欲しいんです」

 

 これまたグレーな要求が来たな。

 相手は少女とはいえ、菜摘より一つ年上。そう考えたら充分異性として認識出来てしまうし、菜摘に申し訳なくなる。

 しかしここで引いたら、今までやってきた事も水の泡になりかねない。

 不安そうな手に、そっと自分の手を重ねた。

 

「今回だけだからな」

 

 蓮琉は無言のまま目だけが微笑み、鳴り響くスマホをタップして、そっと耳に当てる。

 


「もしもし? ………はい……はい、そうです。

 ……え? 今手を繋いでいます。……はい。

 ………わかりました。伝えておきます」

 


 二分くらいの短い通話だったが、少女の雰囲気は見違える程に明るくなった。

 甲に乗せてたはずの手は、いつの間にかギュッと握り返されており、爛々と輝く瞳に困惑を覚える。

 

「な、なんて言ってた?」

「娘を宜しくお願いします。だそうです!」

「……やっぱりそうなるのかよ」

 

 恋人のフリって所から予感はしてたけど、本人の顔も見ないであっさり容認するとは。


 蓮琉の父親は、以前から俺の親父を実業家として知っていたらしく、娘に交際の許可を出したと言う。昨日、直接山内に事実確認をしたと語る声が、大層嬉しそうだったとか。

 これ、見合い予定だった後輩くんが、一番災難じゃないか? 


 ともあれ、自分で良い相手を選んだ娘を認めて、もう見合い話は持ち込まないそうだ。

 そこだけ切り取ると、政略結婚とは別の意味合いがあったと思えてならない。

 

「こんなに巻き込んでしまい、すみません。

 父が勝手に盛り上がっていました」

「とりあえず一件落着だな。

 しかし君もずいぶん嬉しそうだったけど」

「そ、そんな風に見えましたか!?」

「目がキラッキラしてた」

「やっぱり隠せない感情もあるものですね」

 

 その感情の種類については、敢えて何も聞かなかった。


 悠太ゆうたの子守りを蓮琉に頼み、しばらく投資関連のデータをまとめていると、寝起きの麗奈れいなさんと、帰宅した菜摘の声が聞こえてくる。リビングに全員で集合し、なにか話し合っているみたいだ。

 気になったので作業の手を止め、書斎のPCパソコンも一旦閉じる。そしてゆっくり扉を開いた。

 

「あ、マサくんたっだいまー!」

「おう、おかえりー」

「ハルちゃん、家族とも仲直りして、すぐにでも帰れるっぽいね!」

「え、そうなの?」

「少し前に、父からメールが届きました。

 制限を緩めるから、そろそろ帰ってこいと」

「うわぁー、露骨ー……」

「ですよね。でも今度こそ、しっかり両親と向き合ってきます!」

 

 非常にめでたい話ではあるが、和解の要因って、蓮琉の恋人が俺だと偽ってるからだよな。帰ってボロが出るだけならまだしも、更に話が膨らんだりしたら、取り返しがつかなくなりそう。

 俺の不安をよそに、ギャルは自分の事のように大いに浮かれて、蓮琉と手を取り合っている。

 

「マジで良かったじゃんさー!

 これでハルちゃんも自由だ!」

「うん! 全部菜摘ちゃんと玖我さんのお陰だよ! 本当にありがとう!」

「そんなことないってー!

 ハルちゃんの行動力が周りを変えたんだよ!」

 

 菜摘の親父は未だに雲隠れしてるし、彼女にとってこの結末は、羨ましくもあるのだろう。だがそれ以上に一緒に喜び合えるギャルが、とても尊く見えた。この子性格良過ぎるだろ。

 

「今度いっしょに遊びいこ!」

「私も菜摘ちゃんとお出掛けしたい!」

 

 その日の内に荷物を纏めた蓮琉は、近くまで迎えに来た使用人に連れ立ち、一週間ぶりの家路に着いた。

 麗奈さんがすでに仕事に出ていたので、ギャルと二歳児はもう一泊する。それでも肩の荷が下りた感覚は大きく、布団の上で大の字になった。

 結局添い寝したのも、麗奈さんが休みだった二日間だけで、それ以外は悠太と菜摘がベッドを使ってたしな。

 

「あー、つっかれたぁ!」

「おつかれさま」

「あれ? 悠太はひとりで寝てんの?」

「うん、もうぐっすりだよ」

「そっか。あの子も慣れない環境で、頑張ってたんだろうな」

「そうかも。

 でもマサくんが一番頑張ったけどね」

「これも気まぐれと変わんないさ」

「そんなことないっしょ」

 

 頭の上に回り込んだ菜摘は、そのまま俺の頭を持ち上げ、自分の脚の上に乗せる。

 突然の膝枕に、ボケーッと薄い反応をしていると、額付近を撫でられた。子ども扱いか!

 

「今回は、ひとつも気まぐれ要素なんて無かったでしょ。全部誰かの為にやってた」

「誰かの為……か。ほぼ一人の為だけどな」

「あたしの為だね。ありがとうマサくん。

 ハルちゃんすごく幸せそうだった」

「あぁ、菜摘もな」

「もぉー、どんだけあたしのこと好きなのさ!」

「んー、わからん」

「それもあたしの丸パクリだし!」

「それを言ったら質問も丸パク……っ!」

 

 膝枕のまま顔を近付けてきた菜摘は、その体勢でキスをしてきた。上唇と下唇がチグハグに重なっているのに、心はこれまでよりも繋がっている気がする。そんな不思議な感触だった。


 翌日には荷物運びを手伝い、お互い元の生活に戻ったのだが、ギャルとの関係性は大きな変化を遂げている。

 出逢いは最悪でも、俺達のラブコメはいつからか始まっていたのか。

 

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