第31話 笑ってくれればそれでいいんです

 ギャルと黒髪少女と、美魔女と二歳児が帰ってから二週間が経つ。妙に広く感じるこの家で、俺は相変わらず一番狭い部屋に閉じ籠っている。

 やはりここに居るのが一番落ち着く。PCパソコンで自分の資産が増えていく様子を眺め、マンション管理に関して調べ事をし、そしてまた気になった所に投資する。

 この書斎は俺にとって理想の部屋だ。


 菜摘なつみも三日に二回はこの家に来るし、来ない日は俺が四十崎あいさき家に招かれて、夕飯をご馳走になる。

 なんの不便も不自由も無い。まさに最高の生活だった。


 しかし気掛かりな点もひとつある。蓮琉はるからの連絡が、帰ってすぐに送られてきたお礼の一度きりなのだ。あれから一切やり取りは無いが、無事にやっているだろうか。


 などと考えていた矢先に、玄関の開く音が聞こえてくる。恐らく菜摘だ。彼女には泊まりに来た日から、合鍵を渡してある。

 

「マーサくん! まーた引きこもってたの?」

「まぁ俺にとっての趣味であり、仕事でもあるからな」

「そっか。今日さ、友達連れてきた!」

「はい!? いやさすがにマズイだろ」

「なんで?」

「なんでって、俺との関係とか知られると、あんま良くないし……」

「だーいじょーぶだって!

 もう知ってるから!」

 

 この子、こんな冴えない年上と付き合ってる事実を、友人にベラベラ喋ってんの!? と思い、焦ったのも束の間、ギャルの背後から現れた少女に安心した。それと同時にひとつの疑問が芽生えている。

 

「蓮琉ちゃんだったのか……」

「ご無沙汰してます、玖我くがさん」

「うん、久しぶり。それってコスプレ?」

「ちっ、ちがいますっ!!」

 

 状況が飲み込めなかった。年齢的には自然なのだが、蓮琉が制服を着用している。しかも隣のギャルと同じデザインの物だ。

 顔をしかめながら、この答えを脳内で探っていると、いきなり菜摘が腹を抱えて爆笑し始める。

 

「あっははははは!! なにその顔ーっ!?

 オッサンくさーい!」

「う、うるせーな。

 そのオッサンに惚れてんのはお前だろ?」

「そーだけど? 

 あたしマサくんが好きだよ?」

「くっ……。素直に肯定されると、それはそれでリアクションに困る………」

「あ、あのー……」

 

 気まずそうに割り込んだ蓮琉に、すごく申し訳ない気持ちになった。会話の流れ的に、ここで菜摘と惚気のろけ合うのは脱線し過ぎている。

 

「ごめんな蓮琉ちゃん。コスプレじゃないって事は、菜摘と同じ高校に入ったのか?」

「はい。両親に頼んで編入試験を受けました。

 また一年生からやり直しですけど」

 

 彼女なりに、出会いを探す為の第一歩を踏み出したわけか。歳相応に社会へと溶け込まなければ、ずっと浮いたままになるからな。


 ここでまたテンションの高いギャルが、我先にと喋り出す。だいぶ興奮気味だなこれ。

 

「聞いて聞いてー! ハルちゃんさ、あたしとおんなじクラスなのっ! マジすごくね!?」

「そりゃ偶然だな。クラス多かったもんな」

「八クラスあんだよ!? ハルちゃんが教室入って来た時、めっちゃビビったもん!」

「菜摘ちゃん声出てたよね!」

「そーそー! まじか!! って立ち上がっちゃって、みんなに爆笑されたし!」

 

 ずっと落ち着かないのは、それのせいか。良い友達ができた上に、学校でも会えるようになって、本当に嬉しくて仕方がないんだろうな。こんな風に菜摘の日々が彩られるなら、蓮琉を助けられた意味も、より大きく感じる。

 

「良かったな、菜摘」

「うん! マサくんのおかげ! サンキュ!」

 

 荷物を下ろした女子高生達は、当然の様にキッチンへと向かい、料理の準備を始めた。

 

「今夜は蓮琉ちゃんも一緒に作るのか?」

「菜摘ちゃんに、和食を教えると約束してたので、二人で作ります。親にも連絡してありますし、遅くなっても大丈夫です」

「初日から友達と遊ぶって、違和感ない?」

「いえ、その………。

 彼氏にご飯作ってくるって伝えました」

「あー……なるほどー………」

 

 この間まで一週間も泊まっていたわけだし、親としても今更感はあるか。俺との関係を喜ばしく思っているなら、拒否する理由も無い。

 てっきり菜摘は怒り出すかと思ったが、冷静な表情でこちらを見ている。別にトゲトゲした感じでもないし、どういう心境なんだ?

 

「知ってたのか? この名目で来たの」

「ううん、初耳ー」

「その割には反応薄いな」

「だってハルちゃんち、そんくらいの理由じゃなきゃ遊びにこれないっしょ?」

「……ずいぶん聞き分けがいいんだな」

 

 余計な追求などしなくていいのに、つい言葉が漏れてしまった。もしかしたら俺の方が、今の状況にモヤモヤしてるのかもしれない。

 

「あれー? もしかして妬いてるぅー?」

「な、なんで俺が妬くんだよ!」

「少しくらい、ヤキモチ妬いてくれてもいいのに。って思ってる顔してたし!」

「自意識過剰だ。そこまで気にしてない」

 

 大人とは、無駄に見栄を張る生き物である。特に相手が十一歳も年下の少女となると、図星を突かれても受け入れにくい。全員が全員そうではないだろうが、少なくとも俺はそんな大人だ。


 ダメな大人の返答を聞いた菜摘は、食材を取り出す手がピタリと止まり、虚ろな目とかすれそうな声でボソッと呟く。

 

「ごめん。なんか変に煽っちゃったね……」

 

 儚げなギャルの姿に、大人の見栄という仮面は脆くも崩れ去った。

 俺は椅子から飛び降り、潰れたカエルのような姿勢で、床に額を擦り付けている。どうせ先日掃除したばかりだ。汚れなんて気にならない。

 気が気でなかったのは、菜摘の気遣いについてだ。彼女が本心を伏せつつ茶化してきたなら、それに対しての俺の態度は、配慮が無さ過ぎる。

 

「ちょっ! マサくん!?

 なんで土下座なんかしてんの!!?」

「悪い事したと思ったから」

「なにが悪い事だったの?」

「見透かされたようで逆ギレしたり、そもそも君の気持ちの裏側を考えていなかった」

 

 数秒間、時の流れが不明瞭になっていた。女子高生二人は無言で物音すら立てないし、俺の視野にはフローリングの木目しか見えない。

 顔を上げるべきか悩んでいると、急に甲高い笑い声が響き、続いてぷッと吹き出す音が聞こえた。何事かと、恐る恐る首から上を持ち上げる。

 

「必死すぎてウケるんですけど!」

「さすが玖我さんです……。変な人です!」

 

 今度は俺だけが凍り付いてしまう。そりゃ必死に謝ってるけど、ウケを狙ったつもりじゃない。本気で申し訳なくなったんだ。

 だが不思議と菜摘の笑顔を見ていたら、心の中がみるみる軽くなっていった。この光景を脳内フォルダに保存したい。

 

「ありがとねマサくん。ビミョーにモヤってたけど、もうスッキリした!」

「機嫌を直してくれて良かった。

 やっぱ笑ってる菜摘を見ていたいからな」

「え、ちょ、そんなマジメに言われると、かなり恥ずいんですけど!」

 

 久々に頬を赤らめたギャルは、慌てて夕食の支度に取り掛かる。しかし隣の黒髪少女は、穏やかな眼差しを向けてくるものの、纏う空気はどこか哀愁漂っていた。

 これは何気に嵐の予感なのでは……?

 

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