第28話 あっさり解決した……よな?

 五影いつかげの見合い相手にして、彼女を気に入っていると言うその男は、俺のよく知る人物だった。もう三年以上会っていなかったが、話し合いの場で先に待っていたそいつを見て、脳内ですぐに山内の名前と顔が一致する。

 気付けばこちらから先に声を掛けていた。

 

「久しぶりだなー山内。元気そうじゃん」

「せ、先輩こそお元気そうで。まさか蓮琉はるさんの恋人が、玖我くが先輩だったなんて……」

「いやー、すまんな。

 そういうわけで諦めてくれ」

「は、はぁ……。末永くお幸せに……」

「えぇ!? もう解決ですか!?」

 

 五影が拍子抜けするのも無理はない。家出まで決意させた悩みが、直接話したらほんの数分でチャラになったのだから。

 相手がこの男と知っていれば、家を出る前からもっと気を抜いていた。

 

「だって蓮琉さん、この人とんでもないですよ? 自分なんかじゃ手も足も出ません」

「玖我さんって、そんなに凄い方なんですか?」

「大学三年でベンチャー企業を立ち上げ、在学中に一流企業にまで成長させた人ですから」

「やめろよ山内。昔の話だ」

「んなことないですって! 今でも大学の仲間内では、先輩の名前が上がりますから!

 さすがあの大企業社長のご子息だって」

「あー、そういうのマジでうるさい」

「すみません……。調子に乗りました」

 

 山内は同じ大学の後輩で、社長の父を持つ者同士、自分らの道についてよく語り合っていた。俺の起業にも強い関心を示し、それについて教えた事も多い。だが過ぎ去った栄光や親の話で、マウントなんか取りたくない。

 

「俺はあくまで大学の先輩として、この子を渡せないと言っている」

「それはもう……。先輩の大切な人を奪うつもりなんて毛頭ないです」

 

 ここまで腰が低いと、少し可哀想になるな。

 

「この見合いは親父さんの為なのか?」

「それもあります。でも自分で希望しました。

 以前社交場で出逢った際に、蓮琉さんの丁寧な物腰と、綺麗な黒髪に惹かれたんです」

 

 しかも、ちゃんと惚れてるじゃないか。

 これは偽物で誤魔化すよりも、本人の意志に委ねたい。隣の少女も、真剣な面持ちで聞いているし。

 

「だそうだ。君はこれでいいのか?」

「……山内さん、申し訳ありません。

 私は本当に彼のことが好きなので、あなたとの縁談はお受け出来ません」

「わかりました。残念ですが身を引きます」

 

 無言で頷いた五影は、強い決意に満ちていた。

 というかさっきの演技はすごかったな。


 注文していたコーヒーだけ飲み干して、その店を後にすると、黒髪少女は若干落ち着きが無いように見える。

 なんかそわそわしてるんだが?

 

「あのー、五影さん? どうした?」

「私のことは蓮琉でいいです」

「え? ま、まぁいいや。

 そんで蓮琉ちゃんどしたの? トイレ?」

「誰かの為に頑張れる人って、素敵ですよね。

 困ってる女の子を放っておけなかったり」

「………えーっと、山内の前では演技してたんだよね?」

「ご想像にお任せします!」

 

 そう言って振り返った彼女は、本当にスッキリした顔をしていた。俺の心の中はモヤモヤでいっぱいなのだが。もう嫌な予感しかしない。

 

「おかえりー! 結構早かったね!」

「ただいま菜摘なつみ。話がすんなりいってな」

「よかったー。揉めたりしないかすげー不安だったし。それよりハルちゃんはどしたの?」

「え!? ううん、なんでもないよ!」

「そーなん? なんか変な顔してるけど」

「本当に、なんでもないの……」

 

 五影と出会ってから気苦労ばかりで、すごく長い時間が経った気がする。まぁ菜摘と同じ布団で寝られたり、関係性が深まるといった、想定外のメリットもあったけど。

 だがこれでお役御免だ。もう黒髪少女に関わらなくて済むと考えると、身体が軽くなったように感じる。それと同時に、若干寂しさも感じている。

 

「良かったな蓮琉ちゃん。

 これで少しは解放されるんじゃないか?」

「はい。きっと父にも話が伝わるかと」

「だな。しばらく見合い話も来ないだろ」

「これも全て玖我さんのおかげです。

 本当にありがとうございました」

 

 深々と頭を下げる少女は、なぜか儚げに見えた。まだ不安が残っているのだろうか。

 

「少し疲れただろ。部屋でゆっくり休むといい。

 親御さんとの折り合いがつくまでは、この家に居ていいからさ」

「何から何まですみません。そういう懐の深いところも、すごく素敵だと思います」

 

 今度は軽い会釈をした後、にっこりと微笑む蓮琉。彼女はそのまま客間へと向かったが、リビングに居る俺は妙な寒気を覚える。

 

「ねぇ、マサくん?」

「どうしたんだよ菜摘?

 無表情過ぎて、可愛い顔が台無しだぞ?」

「ハルちゃんと親しくなり過ぎじゃない?

 恋人のフリしただけなんだよね?」

「あぁ、フリをしただけだぞ」

「じゃあ蓮琉ちゃんって呼んでるのは?」

「あれは、五影が名前で呼べって……」

「あたしは呼び捨てなんだけど」

「菜摘はさ、もっと近くに居るから。

 女子を呼び捨てって中々出来ないし」

 

 能面みたくなってた顔に、ようやく血の気が通い始めた。じっと睨んでた視線も下に逸れて、ギャルは軽く頬を染めている。

 

「そうなんだ。なら仕方ないね」

「そうそう。仕方ないんだよ」

「いや仕方なくないし!!」

「なんで!?」

「ハルちゃんとは距離感を保つこと!」

「それはもちろん」

「マサくんの意思ではどーにもならなくてもだからね?」

 

 なんか難しいこと言ってるんだけど。俺が蓮琉に誘惑でもされるってのか?

 

「要は俺から過度に接するなって事だろ?」

「うーん、なんか違うけどまーいいや。

 ご飯の準備してくる」

 

 いつものスタイルで夕食作りに励むギャルは、何か腑に落ちていないらしい。よく分からなかったが機嫌は直ったし、俺はソファーに転がって、ゆっくりまぶたを閉じた。

 

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