第28話 あっさり解決した……よな?
気付けばこちらから先に声を掛けていた。
「久しぶりだなー山内。元気そうじゃん」
「せ、先輩こそお元気そうで。まさか
「いやー、すまんな。
そういうわけで諦めてくれ」
「は、はぁ……。末永くお幸せに……」
「えぇ!? もう解決ですか!?」
五影が拍子抜けするのも無理はない。家出まで決意させた悩みが、直接話したらほんの数分でチャラになったのだから。
相手がこの男と知っていれば、家を出る前からもっと気を抜いていた。
「だって蓮琉さん、この人とんでもないですよ? 自分なんかじゃ手も足も出ません」
「玖我さんって、そんなに凄い方なんですか?」
「大学三年でベンチャー企業を立ち上げ、在学中に一流企業にまで成長させた人ですから」
「やめろよ山内。昔の話だ」
「んなことないですって! 今でも大学の仲間内では、先輩の名前が上がりますから!
さすがあの大企業社長のご子息だって」
「あー、そういうのマジでうるさい」
「すみません……。調子に乗りました」
山内は同じ大学の後輩で、社長の父を持つ者同士、自分らの道についてよく語り合っていた。俺の起業にも強い関心を示し、それについて教えた事も多い。だが過ぎ去った栄光や親の話で、マウントなんか取りたくない。
「俺はあくまで大学の先輩として、この子を渡せないと言っている」
「それはもう……。先輩の大切な人を奪うつもりなんて毛頭ないです」
ここまで腰が低いと、少し可哀想になるな。
「この見合いは親父さんの為なのか?」
「それもあります。でも自分で希望しました。
以前社交場で出逢った際に、蓮琉さんの丁寧な物腰と、綺麗な黒髪に惹かれたんです」
しかも、ちゃんと惚れてるじゃないか。
これは偽物で誤魔化すよりも、本人の意志に委ねたい。隣の少女も、真剣な面持ちで聞いているし。
「だそうだ。君はこれでいいのか?」
「……山内さん、申し訳ありません。
私は本当に彼のことが好きなので、あなたとの縁談はお受け出来ません」
「わかりました。残念ですが身を引きます」
無言で頷いた五影は、強い決意に満ちていた。
というかさっきの演技はすごかったな。
注文していたコーヒーだけ飲み干して、その店を後にすると、黒髪少女は若干落ち着きが無いように見える。
なんかそわそわしてるんだが?
「あのー、五影さん? どうした?」
「私のことは蓮琉でいいです」
「え? ま、まぁいいや。
そんで蓮琉ちゃんどしたの? トイレ?」
「誰かの為に頑張れる人って、素敵ですよね。
困ってる女の子を放っておけなかったり」
「………えーっと、山内の前では演技してたんだよね?」
「ご想像にお任せします!」
そう言って振り返った彼女は、本当にスッキリした顔をしていた。俺の心の中はモヤモヤでいっぱいなのだが。もう嫌な予感しかしない。
「おかえりー! 結構早かったね!」
「ただいま
「よかったー。揉めたりしないかすげー不安だったし。それよりハルちゃんはどしたの?」
「え!? ううん、なんでもないよ!」
「そーなん? なんか変な顔してるけど」
「本当に、なんでもないの……」
五影と出会ってから気苦労ばかりで、すごく長い時間が経った気がする。まぁ菜摘と同じ布団で寝られたり、関係性が深まるといった、想定外のメリットもあったけど。
だがこれでお役御免だ。もう黒髪少女に関わらなくて済むと考えると、身体が軽くなったように感じる。それと同時に、若干寂しさも感じている。
「良かったな蓮琉ちゃん。
これで少しは解放されるんじゃないか?」
「はい。きっと父にも話が伝わるかと」
「だな。しばらく見合い話も来ないだろ」
「これも全て玖我さんのおかげです。
本当にありがとうございました」
深々と頭を下げる少女は、なぜか儚げに見えた。まだ不安が残っているのだろうか。
「少し疲れただろ。部屋でゆっくり休むといい。
親御さんとの折り合いがつくまでは、この家に居ていいからさ」
「何から何まですみません。そういう懐の深いところも、すごく素敵だと思います」
今度は軽い会釈をした後、にっこりと微笑む蓮琉。彼女はそのまま客間へと向かったが、リビングに居る俺は妙な寒気を覚える。
「ねぇ、マサくん?」
「どうしたんだよ菜摘?
無表情過ぎて、可愛い顔が台無しだぞ?」
「ハルちゃんと親しくなり過ぎじゃない?
恋人のフリしただけなんだよね?」
「あぁ、フリをしただけだぞ」
「じゃあ蓮琉ちゃんって呼んでるのは?」
「あれは、五影が名前で呼べって……」
「あたしは呼び捨てなんだけど」
「菜摘はさ、もっと近くに居るから。
女子を呼び捨てって中々出来ないし」
能面みたくなってた顔に、ようやく血の気が通い始めた。じっと睨んでた視線も下に逸れて、ギャルは軽く頬を染めている。
「そうなんだ。なら仕方ないね」
「そうそう。仕方ないんだよ」
「いや仕方なくないし!!」
「なんで!?」
「ハルちゃんとは距離感を保つこと!」
「それはもちろん」
「マサくんの意思ではどーにもならなくてもだからね?」
なんか難しいこと言ってるんだけど。俺が蓮琉に誘惑でもされるってのか?
「要は俺から過度に接するなって事だろ?」
「うーん、なんか違うけどまーいいや。
ご飯の準備してくる」
いつものスタイルで夕食作りに励むギャルは、何か腑に落ちていないらしい。よく分からなかったが機嫌は直ったし、俺はソファーに転がって、ゆっくりまぶたを閉じた。
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