第25話 振り回されそうな予感しかしない
「ほーら、マサくんもおいでー」
「それ、
「そだよー。あたしが寝かしつけたげる!」
「おいギャルちゃん。
男は夜に、獣になるってよく言うんだぞ?」
「あー知ってる知ってる。早く入んなよ」
リビングに戻ると、先に来ていた
菜摘が空けてくれてた隙間に入り込み、仰向けに寝転がると、なんだか右からの視線を意識してしまう。半身でこちらを向く彼女は、俺を観察しているような気がした。
「あのー、菜摘さん?」
「ん? 呼んだ?」
「さすがに凝視し過ぎでは?」
「見てちゃダメ?」
「別にダメじゃないけど、なんでそんなに見つめてるの? マヌケな顔してるから?」
「好きだから」
このギャルを百万で買ってからというもの、それを匂わせる言動は何度も見てきたし、疑ったりもしていない。
しかし直接言葉にされるのは初めてで、声がする方向へと慌てて首を倒した。
薄暗い部屋の中で、目と鼻の先にいるスッピンのギャルは、僅かばかりの光をその潤んだ瞳に集めている。見ていて呼吸が荒くなるほど、普段の数倍は愛おしく思えていた。
「菜摘……また悪ふざけのつもりか?」
「ちゃんと言ってなかったから。
あたし、マサくんのことが好き。大好き」
「……なんでこのタイミングなんだ?」
「怖かったからだよ」
「怖かった? なにが?」
「ハルちゃんの事は助けて欲しいけど、あたしよりも一生懸命になっちゃいそうで」
ようやく彼女の心理が解ってきた。俺が菜摘に対して正面から向き合ったように、
自分を見ていて欲しいけれど、似た苦しみを持つ少女を救ってもらいたい。そんな気持ちがぶつかり合って、変な行動力と不敵な態度が目立っていたのだ。
「俺、言わなかったっけ?
菜摘と居る時間が、一番幸せだって」
「まだハッキリ応えてはくれないの?」
「………俺も好きだよ。前に言った三度目の正直があるなら、君しか考えられないくらい」
言ってしまった。彼女はまだ女子高生なのに、本気で告白してしまった。酔っ払った状態で求婚したのとは、まるでわけが違う。お互い見つめ合ったまま、胸の内をさらけ出してしまったのだ。
一瞬目を丸くした菜摘は、俺に覆い被さる勢いで抱き着いてくる。使い慣れたシャンプーの香りを漂わせる髪が、俺に所有感を錯覚させていた。
もう本当に、俺だけのギャルになったのか?
「このまんまくっついて寝る!」
「寝られんの? その体勢で」
「でも寝るー! 明日も学校あるし!」
昂ってるのか冷静なのか判断しにくい菜摘は、しがみついたまま離れる気配が無い。その細い体を優しく腕で包み込み、俺もゆっくりと目を閉じる。気付けば当初の懸念など消え失せて、安心感に抱かれたまま眠りに落ちていた。
翌朝。何事も無かったかのように、朝食の準備を終えた菜摘に起こされ、長いこと独りで使っていたテーブルには、すでに三人が揃っている。
だらしない
「マサくーん。
なっちゃんのご飯全部食べちゃうよー」
「勘弁して下さい
本気で泣きますよ?」
「わぁー、どんな風に泣くのー?」
「この場で実演しろと?」
朝っぱらから悪戯心満載の、年上女性にからかわれながら、その要求を拒否するように食卓へと着いた。並べられた料理は瞬く間に空になり、菜摘の登校時間がやってくる。
「そんじゃ、いってくる。
ゆうちゃんのことヨロシク!」
「おう、任せておけ。いってらっしゃい」
「いってきー」
普段なら菜摘は通学途中で保育園に寄り、悠太を預けたその足で学校へと向かうのだが、今日は俺が面倒を見る事にした。まぁ、今は二度寝予定の麗奈さんと共に寝室に居るが。
リビングに残った俺は、食卓を離れず考え込む様子の黒髪少女に声を掛けた。
「五影さん、昨日の続きを聞かせてくれる?」
「はい。提案と言うのは、その……
「恋人のフリぃ!?」
咄嗟に声が裏返ったじゃないか。いきなり何を言い出すんだこの子は……
「不躾なのは承知しています。
でもこれしか方法が思い付かなくて」
「あのー……。初日に言ってた、俺に雇われるとかの話はどこいったの?」
「見合いを早められた以上、時間稼ぎはもう通用しません。彼氏がいると先方に伝えて、うちの親との信用を失くしてもらうんです」
なるほど。彼女の身内にではなく、相手方に対して敬遠される口実を作るわけか。悪くない方法だし、最悪嘘がバレても関係は悪化する。でもそれ、俺の存在要らなくね?
「……電話じゃダメなのか?」
「もちろん電話はします。ですがその人は、直接会うまで納得してくれないかと」
結局会って話しをする羽目になるのかぁ。恨みを買うような真似したくないんだけど……。
「わかった。君の親が本格的に動き出す前に、今日中に連絡を入れておいて。そうしたらあとは成り行きに任せるから」
「玖我さん、本当にありがとうございます!
このご恩は一生忘れません」
「礼はこの問題を解決出来たらでいいよ」
「はい!」
昨日までの神妙な面持ちは消え去り、満面の笑みを浮かべた少女。まだ上手くいくかも分からない計画なのに、ひと足早く舞い上がっているみたいだ。
昼過ぎを待ち、相手方に連絡を入れた彼女は、どうやら予定通りに事を運んだらしい。近いうちに、恋人に会わせる約束を結んだと報告された。
再びさらば。俺の平穏な日常………
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