第24話 嬉し恥ずかしい、危ない提案

 母と弟を迎えに行くため、菜摘なつみが自宅へと出発し、だいぶ消耗していた五影いつかげは客間へと案内した。このまま客間を彼女に貸し出すとして、残る部屋は俺の寝室と書斎、そしてリビングになる。

 書斎は寝床に使えるスペースが無いし、来客をリビングで寝かせるわけにもいかない。寝室のベッドなら、女性一人と幼児くらいは横になれるから、もう一人は隣に布団を敷いてもらおう。それで布団も使い切ってしまうけど、俺がリビングのソファーで寝れば全て解決だ。


 しかしこれからどうするべきか。五影を一旦匿ったとして、捜索願いでも出されたら何もかも終わってしまう。そうならない為の工夫が必要なのに、現状、その手段はまるで思い付かない。明日にでも五影と相談して、どうすれば親を黙らせられるのか確認するしかないか。


 それにしても、俺はなんでこんなに親身になっているのだろう。まぁ、理由は明白か。これは五影を思っているわけじゃない。単に菜摘を裏切りたくないだけなんだ。五影を見捨てるのは簡単だが、あの思いやりの強いギャルなら、似たような苦しみを持つ少女を放置しない。

 だったら俺はその意志を汲み取る為に、最大限行動してやりたいと思う。

 

「ただいまー!」

「おう、おかえり菜摘」

 

 一人で考え込んでいる間に、気付けば夜の九時を回っている。時間を掛けて支度をしてきた四十崎あいさき一家は、デカい旅行バッグを引っげ、浮かれ気分で俺の家に上がってきた。

 俺はちっとも浮かれる余裕など無いのだが。

 

悠太ゆうたは寝ちゃったのか」

「うん。いつもこのぐらいには爆睡ー」

「じゃあそのまま寝室に寝かせよう。

 菜摘と麗奈れいなさんもそこに泊まってくれ」

「え、マサくんはどこで寝んの?」

「俺にはこのソファーがあるよ。

 布団は元々、二枚しか用意がないからな」

 

 母親に抱えられる悠太は、とても気持ち良さそうに眠っている。

 起こさないよう親子を部屋に案内し、再びリビングに戻ってくると、菜摘は一人不服そうな顔をしていた。

 

「あたしもここで寝る」

「いや、ベッドの横に布団を敷いても余裕あるぞ? リビングに来る必要無いって」

「このソファーじゃ体痛くなるもん」

「ん? そうかも知れないけど、布団が足りないんだから仕方ないだろ?」

「だから、あたしとマサくんでいっこの布団を使うの! そしたら全部解決っしょ?」

 

 なるほど、その手があったか……なんて素直に関心出来るわけがない。年頃の女の子と同じ布団に入るなんて、俺の理性がもたなくなったらどうするつもりだ。

 ましてや相手が菜摘では、ぐっすり眠れる見込みゼロだし。

 

「それはさすがにダメだろ」

「なんで? あたしはマサくんとでいーよ」

「そういう問題ではなくてだな……。

 奥の部屋には母親もいるんだぞ?」

「ママに許可取っちゃえばいっか!」

「へ!? いや、あの……」

 

 人の話も聞かずに、さっさと出て行った彼女は、数秒で嬉しそうに戻ってくる。その顔を見れば、結果なんて聞かなくても分かるわ。麗奈さん、なにあっさり承諾してくれてんだよ……

 

「ママもオッケーだって言ってるよー!」

「俺、眠れる自信ないなぁ……」

「じゃあ子守唄歌ったげよっか?」

「……遠慮しとく」

 

 その後、順次風呂に入り、それぞれの部屋で休ませた。諦めた俺は、リビングの真ん中に布団を敷き、書斎で一人悩んでいる。こんな状況になってしまうなら、まだ五影一人を泊めた方が良かったかもしれない。


 不安に頭を抱えていると、部屋のドアがノックされた。

 

「五影さんか。どうした?」

「今日はご飯やお風呂まで頂き、本当にありがとうございました」

「気にしなくていい。菜摘の意志を尊重しただけだし、飯も彼女が作ったものだ」

「はい、菜摘ちゃんにはすごく感謝してます。

 でもやっぱり、玖我くがさんのおかげです」

「まぁ今日は疲れてるだろうから、ゆっくり休みなよ。明日から対策を立てたいし」

「それについてですが、ひとつ提案が……」

 

 気まずそうにする少女は、こちらにチラチラと視線を配りながらも、続きを口に出そうとしない。

 そんなに言い難い策なのだろうか。

 

「すみません、やっぱり明日お伝えします」

「そうか。じゃあ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」

 

 結局何が言いたいのかは分からなかったが、今は目先の課題に頭がいっぱいで、聞いたところでまともな対応が出来なかったかもしれない。

 菜摘と枕並べて寝るとかなぁ……

 

「おまたせー! 髪めっちゃ乾いた!」

「あぁ、たしかにサラッサラだわ」

「なんて顔してんの?

 あたしと寝るのそんなにイヤだった?」

「嫌とかではないけどさ。

 ……君は緊張しないのか?」

 

 すると急に近付いて来た菜摘は、洗いたての金髪を押し付けるようにして、俺の胸板に聞き耳を立てた。その行動が脈を速めるって。

 

「ホントだー! 心臓の音、マジパない!」

「これが当然の反応だ」

「あたしもしてるよ?

 でも嬉しさが勝ってるんだよねー!」

「少し前まで、すぐ真っ赤になってたのにな」

「今は赤くなってない?」

「ちょっと頬が染まってるくらいだな」

 

 耳を離した菜摘は、真っ直ぐこちらを見て話していたが、またも至近距離まで近付いてくると、俺の耳元で囁き出す。

 

「結構ドキドキしてんだけどねー」

 

 耳にかかる吐息と甘い声が、あまりにくすぐった過ぎて、思わず唾を飲み込んだ。

 最近妙に色気付いてきたなこのギャル。

 

「わかった。すぐそっちに行くよ」

「うん! 添い寝ちょー楽しみ!」

「かなり狭いけど、あとで文句言うなよ?」

「じゃーギリギリまでくっつくし!」

「……それもっと狭いだろ」

「ねー、はやくきてよぉー」

「はいはい」

 

 ご機嫌なギャルに急かされて、今夜の寝床へと向かうが、果たして俺は、無事に睡眠を取ることが出来るのだろうか。

 

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